セミ=パラチンスク要塞攻防戦⑦
ジェットエンジンに火が灯っている。デカが機転を利かせて始動していたのだ。
「イェディ班、脱落者は居ないか!?」
問題ない、との合図である腕をグルグル回すイェディ。
「メメット中尉、問題ないですか!?」
別働で制圧を行っていたメメット中尉班の方を見る。気ぜわしく何度も頷くメメット。
「ウチの班は大丈夫か?」
写真撮影の為、遅れてきたドブロクに問うと、息を切らせながら頷き返した。
もう敵側の射撃も正確になってきつつあり、艇にも流れ弾が音を立て当たっている。
「チキショーメ、全速離脱しやすぜ!」
ケツから盛大に火を吹いて、ボモンティが宙に浮きつつ急発進した。
若干乗り遅れた兵士が何人か、ダイブしながら必死でしがみ付いている。
定員オーバーなこともあってか、大地をすれすれに飛ぶため、時々敵のテントや通信アンテナ等に当たってしまっている。
それでもお構いなしに要塞の方角へ向かって飛ぶボモンティ。その間にサイドハッチを開けて、イェディとオンが機関銃を据え付け、掃射を開始した。
「わはははは、チョーアゲアゲだし。邪魔すんなし!」
妙にハイテンションなオン二等兵にビビっている、ドブロク。
「少尉、元来たルートで帰還しやすかい?」
コクピットにノラが来た気配を察知して、前方から目を逸らさずにデカが訊いてきた。
「いや……要塞北面に真っ直ぐ向かってくれ、最短ルートだ」
北面はと言えば、敢えて修理もせずに放置していた壊れた壁がある。そこから中に入るという事なのか。
「急げデカ、敵が行軍を開始している気配がある」
ノラに言われて、デカも闇に目を凝らすと、確かに岩陰や木々に交じって人影やエンジンからの排気煙が見える。
敵の司令官、ビンラーディンもただ者では無い、ちゃんと夜襲を予定していたのだ。
「正面に主砲放て、鎧袖一触するぞ!」
「へへ…チキショーメ!」
かひゅううん…と、いつもの気の抜けた音がして、それと裏腹に恐ろしい速さで一発だけの榴弾が行く先で炸裂した。
すると盛大な火花が立ち熾って、前方に居た戦闘車両が数台、お手玉みたいに宙に浮くのが見えた。
とはいえボモンティも、超低空飛行と発射の反動でバランスを失い、突っかかり、スピンし、まるで暴れ牛の如く跳ね回る。
「歯ぁ食いしばれ、舌噛むぞ!」
こんな時でもニヤニヤの止まらないデカがそう叫び、ボモンティの機嫌を取ろうと必死に操縦桿を操作し、何とか軌道修正すると、そのまま燃料の残り残量なんかどうとなれとばかりに、スロットルを全開に吹かした。
「にゃははははは、激ヤバ~!」
この間、ずっと機関銃を掃射し続けて弾倉がカラになってもトリガーを引き続けたオンを見て、スレイマンがボソリと呟いた。
「お前が一番、激ヤバだ……」
そうして敵兵を蹴散らしつつ、北面の壁へとスルッと兵員輸送船が飲み込まれるまで数秒の後、ドカーンと盛大に何かがぶつかる音―――残された自軍の惨状と、奇怪な一団との遭遇に茫然とした『アトゥンの火』の前線にいた部隊長がやっと口に出したのは……
「あいつ等、頭オカシイ……!」
「ノラ少尉、負傷者は10数名ですが、取り残しや戦死者は居ません!」
大破してケチョンケチョンになったボモンティから降り立ったメメット中尉が嬉しそうに報告する。
途端に大歓声が上がった。敵の司令部壊滅、前線部隊に大打撃を与えたのに、こっちの被害が微々たるものだからだ。
「よくやった、皆。コレで敵の包囲は弱体化するだろう! だが悪いが、このまま徹夜して北面の壁補修もしなければならない、やれるか?」
また歓声が上がる。
敵が来るまでの補修には、近隣の村人総出で大規模に大胆に改造できたのだが、もう村人は危ないからと還してしまった。
だから残った兵士だけでやらなければならない。敵の何十分の一しか人員が居ないのなら、その分何倍も動かなければ差異が埋まらない。だから、寝る間を惜しむしかない。
今夜の戦闘でテンションが上がっている今のうちに、出来る事をしなければ……
オンとスレイマンに負傷者の手当てを命じつつ、ノラは迫りくるプレッシャーを押し殺した。