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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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セミ=パラチンスク要塞攻防戦⑥


 ガタッ、ガタタッ!

 小さな翼はビクともして実にビクともして、大変不安な気持ちを掻き立てる。

 ガルガンティン司令部から支給された小型輸送船を改装し、人員をギリギリまで詰める様にしつつ、最大戦速でスッ飛ばしてるのだから、そりゃあ乗り心地も悪ければいつ空中分解してもおかしくないのでより一層、気持ちにさざ波が立つ。

 この機体を何故かエラク気に入ったドブロクが、「ボモンティ」と名付けてピカピカにしているところに無理やり、キャパシティ拡充のため砲を一門外したので、ドブロクのむくれる事むくれる事。

 何とかなだめすかして、スグに元通りにするという確約を取り付けられ、小隊62名総員がギュウギュウ詰めになっているのが今の状態である。

 辺りが闇夜である事も関係して、とても心細くもある。それなのにサーチライト一つも付けず、デカの勘に頼った運転に身を預けてもいるのだ。そりゃ誰もが頭オカシクなりそうになる。寧ろ皆、よく発狂しないで堪えてくれている。 


 敵が本日の要塞攻略戦を諦め、撤退する様を見て、そしてウマイ具合に陽光の落ちる時間帯に入ったのを確認し、「撤退」を合図した。

 アブドラ中尉の投降を見ていたので、相手の気持ちが逆によく分かる。

 屹度あいつ等、投降は赦さないだろうけど、手強い要塞の戦力が割けるのは歓迎するであろう。だから……逃亡兵は敢えて見逃す。

 逃亡が成功すれば、それを見た守備隊からドンドン、落伍者が出るからだ。ここで最初に逃亡兵を殺したら、守備兵は逃げ場が無くなるので、死に物狂いで立ち向かうだろうという寸法だ。

 ―そう考える筈。いや、普通はその通りだ。

 だからこそ、乾坤一擲のこの作戦が可能なのだ。

 「撤退」と指示しつつ、兵には全員「着剣」を命じた。

 背嚢などの行動に支障をきたすものは全部置いて来た。

 予備弾薬…それのみ。

 

 最初。真っ直ぐ西の『北部同盟』本部へと、脱兎の如く兵員輸送船を向かわせた。が、先刻急ターンを命じて北に向かわせた。

 スレイマンが日中、ずっと観測していたその場所……敵の司令本部へ。

 ただひたすら真っ直ぐ、矢のように。

 だからスピードが全て。敵レーダーに引っかかろうが対応出来ないくらいの速度。

 「チキショーメ! 敵司令部の夜灯確認んんん!」

 この狭い中なのに、運転しているデカががなり立てる。

 「総員、近接戦闘準備!」

 少しく頷き、ノラも声を張り上げた。

 「敵司令部のテントの吶喊とっかん後、急ターンしつつハッチ全開します…総員対ショック体勢を取れェェェ!」

 デカの咆哮に身を固くする兵士達。

 「敵防衛線突破、敵さんの反応は無し! カウント開始、5…4…3…2…!!」

 物凄い衝撃と共に、艇の基底へ重力がかかる。

 「チェンバーハッチ開くぞ…吶喊!!」

 

 「ムーヴムーヴムーヴッ! ムーヴムーヴムーヴッ……!」

 開かれたハッチ近辺で、腕が千切れんばかりにノラが手を振り回すと、兵隊がドバっと排出された。

 イェディ1等兵が作戦直前で言っていた、「空き巣は3分以内に終わらせますぜ、じゃねえと捕まるリスクが圧倒的に高くなるんでさぁ」という言葉を思い出す。

 イェディは兵隊に上がる前、泥棒もしていたそうだ。褒められたものではないが、この場面ではとても役に立つ。

 そう…強攻奇襲も空き巣と似た様なもんだ。相手の体制が整わない内に引っかき回して、さっさと退散…これに限る。

 何せ守備隊は62名しかいないんだ。一人でも欠ければその分残った者の負担が大きくなる。

 更に言うなら今現在、要塞には誰も残っていない。

 夜間での敵襲は無いと踏んだためだが、もし敵が今、夜間攻撃を仕掛けたらあっという間に陥落するだろう。

 幸い、敵の司令部は大混乱に陥っている。夜目の利くイェディが突撃の先陣を切って、敵の大将を探し出している。オン二等兵は女だてらにナイフ2丁で近接戦闘を行い、文字通り血路を開いている。

 ハッチ付近で制圧射撃を行うのは、暗視スコープも装備したドクズ・セキズの双子とスレイマンの狙撃班。但し射撃は極小に留める事としている。敵兵が発砲音で反応してしまう可能性があるからだ。ノラは簡易の防弾盾を左手に嵌め、イェディに付いていく。

 司令部近辺は元々光源も有ったんだろうが、輸送船「ボモンティ」が暴れたので電線が切れて辺りは真っ暗だ。

 その中でノラを狙ったのか、まぐれか、チカッと光ったかと同時に発砲音。

 ノラの頬を弾が掠った。

 「敵発見、制圧!」

 それと同時に味方が銃剣で刺し殺す。足は止めない、時間が惜しいのだ。

 あと1分半……!

 敵の司令官がまだ見つからない。

 ―と、不意に明るいテントを見つけた。

 ウムを言わず、テントを切り裂くと途端に、蜂の子をつついたような銃撃が沸き起こった。

 何名かは被弾した様だが、全員に持たせた盾が上手く致命傷を避けた様子だ。

 「ええい、味方は何をしているんだ!」

 向こう側に居る髭面の優男が、テントの向こうで怒鳴っている。

 所詮はテントに籠っている相手だ。イェディに目くばせすると、頷いて裏手に回った。

 コチラで敵の弾幕を引き受けているうちに、イェディの一群が裏から同じくテントを切り開いて突入した。

 「チョーやべえし!」

 発言と裏腹に、オンがにこやかに髭の優男にナイフを突き立てる。ノラも無我夢中で、その付近に居た、毛色の違う軍服姿に銃剣を突き立てる。

 「グフッ! わ、私を殺せば…、ヴてい…こ………」

 何か言われてやっと気づいた。コイツの服装、ヴ帝国のだ。

 とっさに襟を掴んで、輸送船まで運ぶことにする。軍事顧問だろうが何だろうが、ヴ帝国は針小棒大で開戦の理由にするだろう。ならば、証拠隠滅かそれとも―

 「隊長、コイツ…多分、司令官のビン・ラーディンですぜ!」

 イェディが、オンの仕留めた髭男を確認して叫んだ。

 「よし、状況写真だけ撮ってスグに撤収だ。イェディ、指揮を執れ!」

 オンに写真を撮らせようとして、コイツ絶対自分の事しか撮らないだろうと思い直し、ドブロクに任せて、ノラはヴ帝国制服男を引っ張る。

 もう残り時間は30秒も無い。流石にこれだけドンパチやったのだ、辺りも騒然としてきた。

 そこかしこから銃声も聞こえ始めている、もう一刻の猶予は無い。


 「撤収!」



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