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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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セミ=パラチンスク要塞攻防戦⑤


 着陣してから翌日の15日早朝。

 空気の振動が、要塞に籠る兵の心臓を止めんばかりの大音量で、『アトゥンの火』軍楽隊の太鼓や笛のが轟いた。

 

 どんどんどんどん、ぷわーん


 『アトゥンの火』名物、パシュテューン行進曲である。

 この音を聴いた者は膝に力が入らなくなり、怖気づいて戦意を無くす…と言われている。まあ実際、大ユピタルをあっという間に席巻したのは『アトゥンの火』なのだ。効果は抜群なのだろう。

 ―敵になって味わってみないと、分からぬ境地よ…と、ビン・ラーディンが鼻で嗤う。

 戦にも定法がある。

 敵の弱い部分に味方の最も有効な部隊を適宜投入。しかも陸空の二面同時作戦である。 

 それがセオリー。その前の戦意喪失行為…つまり、パシュテューン行進曲。

 完璧である。

 “赤子の手を捻る”ようなモノだと思いつつ、気だるげにゴーサインを出した。

 そうして“赤子の手を捻る”という発想した、先人のグロテスクさを考えてぞっとする。


 ムハンマド・オマル親衛隊の機甲師団が黒煙と爆音を上げて、要塞のある北面の丘を駆けあがる。

 そこにはあたかも修復しましたって感じの、雑な仕事の後が痛々しく残る城壁が待っていた。

 続いて兵士を腹にワンサカ乗せた強襲揚陸艦がそれぞれ浮上していく。

 3隻のうち1隻が強攻偵察型で、ガンシップとして対地砲撃しつつ敵情視察をし、揚陸ポイントを残りの二隻に教えるという手筈だ。

 その隙に機甲師団が城壁を突破、後続の歩兵部隊が鎮圧…という、半日も掛からないであろうイージーさだ。

 「どこへ行くのです?」

 若手ながら怜悧な落ち着きを持つ、マーク中佐が声を掛けた。

 「いや…もう別にオレ様がやる事無いでしょ。だから昼寝してくんの」

 ヴ帝国の奴は鼻持ちならねえ…と思いつつテントに引っ込もうとした時、してマーク中佐が引き止めた。

 「油断は禁物ですぞ、将軍。それに…何か……」

 物憂げに振り向いたビン・ラーディンは、マークの貌色が変わったのに気付き、スグに察した。そこ等辺の機微を見るのはさすが、将軍に成り上がっただけある。

 テントを飛び出すと、強硬偵察型の強襲揚陸艦が大爆発を起こしつつ、大地へと還って逝く様が目に飛び込んできた。

 「ば、馬鹿な…! 対空砲撃にも耐えうるのが強襲揚陸艦たる所以だぞ…それを、一撃で……!!」

 「御注進します、敵方に対空ミサイル部隊が居るようです…それもかなり強力なヤツです!」

 言われなくても今、自分の目で見ている。そして遅れながら撃沈した船の衝撃が此方にも来た。ユピタルの重力はルナと大体同じの、地球テラの6分の1。だから津波のような衝撃波はない。

 とは言え、パシュテューン行進曲を掻き消してなお余りある、大きな衝撃音である。

 『飛行石』が生きていたためか、重力へのダイレクトアタックでは無かったのが幸いだ。船が墜ちれば地上に居る我々への被害も尋常ではない。

 せめて…敵要塞の方に落ちろよと、人外な呪詛を、墜ちた味方艦に向かって発する将軍。

 続いて、第二射のミサイルが後続の揚陸艦を襲う。

 2艦目は被弾中破、後続の3艦目は引き返したので無事であったが……

 

 「見て下さい、機甲師団も何だか変です!」

 北面の丘を見れば、自慢の機甲師団の戦闘車がボコボコと落とし穴に落ちている。

 いや…高汎用のサスを持っている戦闘車である。アレくらいの落とし穴には待つほどではない筈である……そうしてハッと気づいた。

 近習の双眼鏡を奪い取ってより真直に視てそうして…理解する。

 「片薬研堀の障子掘り!!」

 戦車や戦闘車というのは、堀くらいなら簡単に走破出来る様に設計されているのだ。だが堀が初めなだらかで、そこから急に急峻な崖になると流石に登れず、というよりも砲塔がそこにめり込んでしまう。「二ホン」という国がかつて地球テラに在ったらしいが、そこの文字のカタカナの「レ」がイメージとして似合っている。

 更にワッフル状になった堀の配置は、戦車のバランスがとり辛い。そうしてぬかるみに突っ込んだり、障子掘りにハマって横転する戦闘車が多くて、進軍速度が鈍っているのだ。

 戦車や戦闘車でそうなのだから、後続の歩兵部隊は更にヒドイ。しかもご丁寧に障子掘りの中は泥が敷き詰められており、歩兵が途端にゾンビの如き動作になって進軍が鈍る。

 しかも泥が銃口から入った銃は、故障しやすいのでメンテナンスしなくてはならない。

 その間にも、横転した戦車を引き起こそうとする所を狙撃され、障子掘りを這い上がろうとしては狙撃されて散々な有り様である。

 「敵要塞、擲弾筒斉射しました!」

 双眼鏡から目を離すと、綺麗に北面の向こうからロケット弾が一斉に躍り出て、堀で身動きの取れない我が友軍に無慈悲に降り注ぐ。

 爆炎と共に、まるで人形の様に兵士が飛び散っていく。

 「将軍、ムハンマド・オマル隊より入電!『我が隊の損害率50%に達しており、撤退の許可を』…とのこと!」

 グッ…と喉の奥が鳴る。

 撤退…撤退だと!? 

 もしこれが、自分の直属部隊なら突撃を敢行したであろう。だが、虎の子の親衛隊をこれ以上損耗する訳にはいかない。

 「…許可する」

 言葉を押し殺しつつ、やっとの思いで吐いた。

 さっきまでのイージーモードで楽観的だった自分を絞め殺してやりたい。

 そうして全軍撤退の指令を発した。



 「―将軍、未だ、捨てたもんではないですぞ」

 ブツブツ独り言を続けるビン・ラーディンを憐れに思ったのか、先程とは打って変わった口調でマーク中佐が声を掛けた。

 見て下さいと促され、手にした双眼鏡を覗くと――

 要塞の西部から脱兎の如く逃げ出す小型輸送艦が一隻。

 「敵も余裕はないんですよ。だからこうして少しずつ離反者が出てきているのです。聴けば数日前にも、先遣隊へ投降しようとした小隊が居たそうではないですか」

 ―そうか…コチラが辛い時は、敵も辛いのだ。

 そこでやっとニヤリと笑う将軍。

 「パシュテューン行進曲が効いたのか、弾薬や食料が乏しいのか……今日の作戦は無駄ではなかった。フフフ…勝てば良かろうなのだ!」

 西部に逃げるという事は、きっと大パラチンスクに居る北部同盟へ合流するつもりなのだろう。

 後追いするよりも、明日にでも要塞を落とし、今度は我々が北部同盟からの攻撃に備えねば。

 司令官は色々やらねならぬ…大変なものよ、ともう一度ビン・ラーディンは笑った。



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