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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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セミ=パラチンスク要塞攻防戦④

パソコンの故障がございまして、ゴタゴタで投稿が遅れてしまいました。申し訳ございません。

ビン・ラーディンと言う名前は中東ではそこそこよくある名前ですので、日本で言うなら小次郎みたいな感じでしょうか。なので、皆様の思う人物とは似て非なる者です。

深く考えてはいけません。


 近隣の村には軒並み総動員を掛けた。兎に角、時間との勝負だ。

 「普請の速さと正確さで3位までは懸賞が出るぞ~! 皆の衆、けっぱれー!!」

 デカが偵察バイクで駆け抜けながら怒声を張り上げる。

 作業中の数百人からなる村人衆からオオオオと大歓声が上がった。 

 「あの…ノラ少尉、い、良いだべか?」

 ノラの後ろでボードに細かく書き込むドブロクが小さく声を挙げた。

 「彼等に約束した褒賞面の不安点と、情報漏洩の危険性…だろう?」

 機先を制してノラが要件を言う。

 「は、はい。そ、その通りですだ!」

 「資金面に関しては『戦時国債』で対処するしかないだろう。要はこの戦に勝てば、支払いが出来るし、負けて死んでしまえば支払いの免除…という訳だ」

 どこの軍閥も戦時国債(※緊急紙幣)を発行している。詰まる所、借金の前借りだがソレはダイレクトにそれぞれの軍閥への信頼に関わる。

 幸い、パンジール・ウルケーの信頼度はすこぶる高い。だから近隣住民は、ここの防衛に成功した場合の我々への報奨金を見込んでいるのだ。

 まあ、本来ならば我々の懐を潤すはずの報奨金ではあるが……先ずは命あっての物種とも言える。

 そして情報漏えいに関しては……

 ノラには一つの胸算用があった。

 なのでドブロクの疑問には全て応えず、逆に己が疑問をぶつける。

 「対空措置演習は順調か?」

 それに対し、ドブロクも機能的にテキパキと反応した。

 「は。セキズ・ドクズ・スレイマン3名による班のSAM訓練は的確です。ですが……」

 分かってる、それは。実はセミ=パラを総ざらいしてもSAM(対空ミサイル)が3発しかなかったのだ。つまり、敵の強襲揚陸艦3隻と同等だ。

 強襲揚陸艦は硬い。普通であるならば一隻に対し3~5発は欲しい所なのだ。だが、現実には3発しかない。だから強襲揚陸艦の弱点である上甲板、もっといえば敵艦橋を1発で狙うしかないのだ。

 そんな針に糸を通す様な厳しい精密射撃を、スナイパー班を担う3人に任せたのだ。コレが失敗すると、基本大前提が崩れる。

 敵を兎に角、地上戦…ソレも一方向に誘導する必要があるのだ。

 向こうは3万人、コッチは60人。単純に一人で500人以上対処しないといけない計算になる。だからこそ向こうを攪乱して攪乱して…虚実ない交ぜの疑心暗鬼にさせて、足止めをしなければいけない。

 

 一つだけ…たった一つだけ希望がある。それは敵がコッチの人数を把握してない事だ。マサカたった60人とは思うまい。少なくとも10倍以上の1000人クラスが守っていると思うに違いない。だって…それだけの価値があるのだ、このセミ=パラチンスクには。

 まさか60人しかいない……なんて思わない。

 まさか、防御が貧弱……なんて思わない。

 そう、今回の作戦は『まさか』と思う相手の常識に賭けたのだ。

 幸い、各隊員は意気軒昂である。500人近い村民もパンジール・ウルケーに心情は寄っている…というより、『アトゥンの火』の支配が嫌なんだろう。

 もうそこに…その細い可能性に未来を紡ぐしかない。勝算なんて本当は無いのは分かっている。分かりきっている。

 それでも…あの狂信者共に我が身をおいそれと差し出して、小汚く弑逆されて惨めに晒されるのだけはごめんだ。


 ・  ・  ・  ・  ・


  3日経った午前中に、『アトゥンの火』の本隊が到着した。意気軒昂のため、軍楽隊が派手に、ド派手に、煌びやかな衣装と耳をつんざく太鼓と長い笛を鳴り散らかして、強襲揚陸艦のタラップかろ降りてくる。

 続いて虎の子の戦闘車大隊。コレは『アトゥンの火』統合本部から直接派遣された、革命軍ムハンマド・オマル親衛隊だ。つまり、強い! 

 そして大量の歩兵部隊がとめどもなく降りてくるのを確認して、総指揮官ビン・ラーディンは深く頷く。

 それもそのはず。

 先遣隊の威力偵察の成果で、敵要塞の北面が全面補修中だということが分かっているのである。

 住民からのタレコミ情報とも合致している。敵は防御力ゼロの北面を重点的に修理していると。

 何より、マルマラ沖海戦であれだけ有用活用した阻塞気球を、パンジール軍は今回、全然出してない。

 どれだけ敵兵が支えていようと、照準の前の鴨でしかない…そう思ってビン・ラーディンはほくそ笑む。

 ビン・ラーディンは40歳前後の細面に、口と顎に髭を蓄えた司令官である。

 ちょっとタレ目なのが玉に傷だが、兵士間の人気が高い。『アトゥンの火』五虎将軍の一人でもある。大胆な用兵、卓抜した作戦で、味方からは『軍神サヴァシュ・タンリッシュ』と呼ばれ、敵からは『死神アッザイル』と恐れられた存在が不敵に笑うのを見た兵士達は、この要塞の兵士共を血祭りに揚げられることを夢見て、歓喜のあまり、強く地団駄を踏んだ。

 「司令官、ココはセオリー通り空中からの一当てが相当……かと」

 後ろに控えていた、一人だけ制服の違う者が声を掛けた。

 その制服はヴ帝国参謀を意味する。

 「分かっておる、マーク・ミリー中佐。陣容が整い次第、明日にでも強襲揚陸を敢行しよう」

 鷹揚に言って、蝿を払うように手を振るビン・ラーディン。彼等はヴ帝国から来た軍事顧問なのだが、少しはコチラの実力を認めてもらいたいものだ。

 いかにも己が国こそ最高の軍事力だと言いたいのだろうが…お前等、そのパンジール・ウルケーに無敵艦隊を破られ、弱体化しているのではないか。 

 それにお前等が思う前から、セオリー通りにやる手筈だったわ!

 ―どうも、ビン・ラーディン司令官にはコイツ等ヴ帝国がイケ好かない。いつかパンジール・ウルケーを滅ぼしたら、コイツ等の国に攻め込んでやろう。

 だがそんな事はどうでもいい。何より、コイツ等の兵器自体は素晴らしいからな……ホレス・マッコイ級強襲揚陸艦を見上げつつ、ニヤリとビン・ラーディンから笑みが零れた。

 「諸君、明日の明朝に敵を嬲り殺し、我等こそが大ユピタルの覇者である事を証明するのだ!」

 自信を思わせるほどの、地響きのような大歓声。きっと、敵要塞の連中も怖気づいているだろう。

 敵を畏怖させ、脱走兵を増やすのも、味方を消費させない兵法の一つである。

 全ての歯車が上手く廻っている…またビン・ラーディンが堪え切れずに笑った。


 こんなにも人生イージーモードで良いのか?



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