セミ=パラチンスク要塞攻防戦③
「はひゃああ!」と腰が砕けた中尉を見棄てて、ノラがドブロクに報告の先を促した。
「何で2個師団だと分かるのか?」
「は、はいッ。高速移動する輸送船団が3隻来るからです。スピードから察するにヴ帝国のホレス・マッコイ級強襲揚陸艦だと思います。その収容人数が……!」
「…1隻1万で、3万人=2個師団という訳か」
ココから分かる事。『アトゥンの火』の後ろ盾にヴ帝国が付いているという事と、ノラの読みが当たってコッチが大本命だという事か。
『アトゥンの火』の軍単位は少し独特で、基本的に大ユピタルでは1師団=約2万人なのだが、アトゥンの火だけは1師団を1万5千として数える。
コレは人数の慢性的な不足に対し、ハリボテ…とまでは言わないが、嵩上げして多く見せているのだろう。
「順調にいけば、敵はあと何日で到着するんだ?」
目まぐるしく脳内の情報を掻き集めつつ、ノラが顎に手を当てた。
「恐らく…3日後には到着、一気に強襲しない場合は布陣で更に1日消費するでしょう」
「タルコールにあるHQには増援の救難連絡は済ませたか?」
「はい。ですが……」
そこで言い淀み、ドブロクが視線を下げる。
「大パラ攻勢に全勢力を向けている以上、支援の当てがないそうです。大パラが陥落するまで、持ちこたえよ…と」
「ははははっ!」
あんまりに腹立たしくて、思わず笑ってしまった。
こんな穴ぼこまみれのポンコツ要塞を、2個小隊…つまり120人ちょっとで3万人の敵から守れと言うのか!
まさか…扇子男の野郎、コレを見越してオレをここに差し向けたんじゃなかろうな……いや、それにしてはリスクが高すぎる。
―という事は、扇子男のくせに裏を掛かれたという事なのか?
いや、そんな事を考えている場合じゃない。自ら両手で頬を張って、ノラは気持ちを切り替える。
「中尉、セミ=パラの先任将校は誰になるんですか?」
眦を上げたノラが急に声を掛けたので、メメットはもう少しで失禁しそうになった。
「ヒッ! せ、先任はワタシャですヨ……」
「なら良かった。ではアブドラ中尉とタラー少尉を呼集して、緊急会議を開きましょう!」
そうして手を差し伸べる。なんとかメメットが立ち上がった時、今度はデカ軍曹が猛ダッシュでこっちにやってきた。
「た、大変でさぁ!」
もう何が来ても驚かない。これ以上最悪な事なんかないからな…そう思いながらデカに何があったのか尋ねる。
「さ、305小隊の連中が…東部からトンズラ扱きやがりました! 奴等、敵に投降するつもりのようですぜ!」
……まだ最悪な事があったのか!
思わず天を仰いで、ノラは神に罵倒した。だが無慈悲な木星の神は、その大赤班でノラを見降ろしたまま何にも応えなんかしない。
「じゃあ、残ったのはオレ等含めて…331小隊の62人だけか……」
それを聞いて、又も中尉の腰が砕けた。今度はしっかり失禁もしている。
「もお…もうダメじゃ~! ワタシ等全員、惨たらしく殺されるんじゃ~!」
「接敵方角は分かるか?」
メメット中尉を無視して、ノラがデカに話を振った。
「ま、普通に考えれば西部か南部ですやね……」
デカが言い終えるよりも早く、今度はドクズが駈け込んで来た。
「た、大変です! 敵の先遣隊が4次の方角に来てます! そんで……」
そこで一息入れて呼吸を整える、ドクズ。
「アブドル中尉とタラー少尉の分隊が、そっちへ向かってます!」
デカの見立ては間違ってなかった。先遣隊が西部に来たとするなら、当然本隊も同じ方向から来るんだろう。
その時、一縷の望みながらノラにあるアイデアが閃いた。正に天啓とも呼べるような…かなり綱渡りな作戦ではあるが。
「先遣隊の様子を観よう」
言いながら駆け出すノラ。「チキショーめ」とぼやきつつ、メメットを抱き起しながらデカ達が後に続いた。
北部の壁面に居たので10分もかからずに西部へと到着した。そこで双眼鏡を覗き込むと、アブドラ中尉の分隊を乗せた兵員輸送車が3台、敵先遣隊へと向かっているのが見えた。
「アレって、投降じゃなくて迎撃に向かっておるんじゃないのかね?」
デカに負ぶわれたまま、メメットが呟くと、盛大にデカが舌打ちした。
「いえ…迎撃にしては一直線に向かっています。余程の戦争を知らない馬鹿でもなければ、そんな事はない筈です」
そう言ってからこのセリフは、遠回しにメメット中尉をもディスっている事に気付き、ノラが微妙に唇を噛んだ。
次の瞬間……
ロケット弾が次々に発射され、兵員輸送車が3台諸共に火柱を上げた。
「……『アトゥンの火』は、投降者を生かして捕虜にするつもりはない、という事みたいですぜ?」
言ってからデカが「チキショーメ……」と呻く。
「…若しくは、アブドラ中尉が凄まじく戦争下手かのどっちか、かな……」
これで、投降するという道も断たれた訳だ。まだ下には最悪な事があるのか、メメット中尉程ではないにしろ、ノラも軽く立ちくらみがした。
「諸君、傾注せよ!」
デカが大声を張り上げると、60人程の分隊の兵士がブリーフィングルームの壇上へと、一斉に視線を向ける。
「やあ、諸君。先ほどメメット中尉が過労で倒れた為、先任指揮官となったノラ少尉だ、よろしく」
壇上に立つその人物、ノラが軽く手を振るとヒソヒソ声で「英雄…」「英雄だ…」と囁きが漏れた。
「諸君も大体知っての通り、『アトゥンの火』が此方に向かって進軍している。その数、約3万!」
おおぉ~とドヨメキが上がる。まだ皆が動揺しているのか、高揚しているのか分からない。
「それに対し、我々は60人少々だな。残りの60人は既に『アトゥンの火』によってケシズミになって大地へ還ってしまった」
今度はあからさまに意気消沈したドヨメキが起こる。
「なーんだ、いつも通りの状態じゃん!」
すかさずオンが暢気そうに笑った。そう、オンに前もってサクラを仕込んでおいたのだ。
「ちげえねえ!」
デカも膝を打って笑う。
そうか、「英雄」の部隊にとってこんなのは日常茶飯事なのか。そうして彼等は生き残ってきた……だったら俺らも!
光明が見えてきて兵士たちがリラックスし、やがて全体が笑いに包まれた。
「ようこそ諸君。誰もが思いつかない、辛くて気の滅入るような地獄へ!」
ノラが意地の悪い笑みを壇上で浮かべると、今まで笑っていた兵士達が空気に呑みこまれて、押し黙った。
「そして、この地獄に相手も引きずり込んでやるのだ!」
兵士達の目に不屈の闘志が灯ったのを確認して、一人大きく頷くノラ。
これから不眠不休で働かなければ。




