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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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セミ=パラチンスク要塞攻防戦②


 ユピタルことエウロパの気候は基本、冬と大冬とブリザードと春の四季がある。テラ時間で3.55日…つまり85時間13.7分が一日であり尚且つ一ヵ月なのだが、先人からユピタル人はどうしてもソレに馴染めず、ずっと地球テラ時間に準拠している。

 ユピタルヌス大陸はかつて常に木星側を向いていたので、基本的には昼夜の概念は無いかった。

 それが変化したのは、テラフォーミングで海が活性化してからイオとガニメデとのラプラス共鳴が影響し、少しずつ自転が始まり、テラ時間で一週間おきに“夜”が来るようになったからだ。

 その状態で何世代も営みを繰り返し、もう慣れているので誰もそれに違和感を持つ事は無い。

 それの弊害からか、エウロパの海は大きく汐の波がうねる。潮汐効果が地球の衛星・月よりもはるかに影響が大きいのだ。地に利してるので、潮汐発電や風力発電が盛んでもある。

 だからD分隊がセミ=パラチンスク要塞に到着した時も、テラ時間では昼なのだが小さな太陽が見える“夜”だった。

 

 「やあ、“カーラマン”! お目に描かれて光栄だよ!」

 要塞で出迎えてくれたのは、アナトリア師団所属のメメット中尉。人は良さそうな小市民の顔つきで、しょぼしょぼした目とチョビ髭がトレードマークと言ったところか。

第331小隊を率いる小隊長であり、そこに混成部隊としてD分隊が編入するという形である。

 「はじめまして、メメット中尉。D分隊、ただ今着任しました」

 ノラが敬礼をするとメメットも慌てて敬礼を返す。そんな事よりも伝説の英雄に逢えた事の方が嬉しくて仕方がない様子だ。

 そして気ぜわしく後ろの方を気にするメメット中尉。

 「何か、気になる事でもありますか?」

 「あ。ああ…いや…懲罰部隊シュトラスバットは同行してないのかな…って思って」

 …なるほど。悪名高きシュトラスバットと同じ要塞に籠るのはちょっと気が引けるのね。

 「安心して下さい。シュトラスバットは我々の隷下ではありませんので、別の任地に赴いてます」

  するとあからさまにホッとした様子の中尉。なかなか小心者でいらっしゃる。

 「いや、気を悪くしないで欲しい。ワタシャもうそろそろ定年退職の年齢なんだ。だから晩節に波風を立てたくはないし、自分でもシュトラスバットを使いこなせる程の才能なんか無いって自覚してるンだヨ」

 制帽を脱いで、だいぶ後退しているオデコの汗を拭いつつ、中尉が自嘲した。

 60歳で定年、お情けの昇進で恐らく最終階位が大尉。分かり易いまでの凡庸さである。だがその気取らない態度に、ノラは逆に好感を持った。

 「いえ、メメット中尉。こちらこそ麾下にあって勉強させて頂きます!」

 「いいよいいよ。それよりも要塞の中を一通り紹介するヨ」

 歩幅短く、チョコチョコ先に進みだすメメットがオモチャみたいに見えて、一瞬微笑ましく思えたノラが後に続いた。


 「この城郭は2リーグ足らず(約3㌔)四方の中規模な要塞なんだ―」

 中尉の説明によると、セミ=パラ西部と南部の守備・警護をD分隊が所属する事となる第331小隊が引き受ける範囲との話だ。北部と東部はアブドラ中尉とタラー少尉率いる、第305小隊が受け持っているとの事。

 要塞の北部と西部は、我々『北部同盟』が攻略した際に甚大な破損が生じており、特に北部は主力の吶喊とっかんがあったために大穴が開いているらしい。

 「我々の仕事は警備…とは言っても、実質は西側の城壁修理工事なんだヨ」

 実際に西部地区の壁面を修理する331部隊の工事風景を見ながら、戦争じゃなくて良かったとばかりに、中尉が安堵のため息をついた。

 メメットの部隊らしく331小隊の面々も、武器すら持たず暢気にスコップをふるっている。

 「あの~、ここに住んでいた住民というのは……?」

 「いや、この要塞は小さいからね。大パラみたいに都市と一体化してる訳では無いんだヨ」

 純粋な軍事施設という訳か……しかし良く見れば郊外にちょこちょこと集落や田畑も見受けられる。要塞に付かず離れず、住民達も居る様だ。

 「さて、ここからは北部の城壁だ。見てみたまえヨ……」

 そう言ってメメットが指し示した先には、北部の城壁一面にボッカリと開いた穴が。壁向こうの風景を惜しげも無く見渡す事が出来た。

 セミ=パラの城壁とて、決して薄くは無い。寧ろ、大の大人二人が手を伸ばすくらいの幅がある。つまりはどれだけの激戦地だったのかを明確に現しているともいえる。 

 そして、その損害の酷さのためか、こちらの修復作業は西部以上に遅々として捗っていないように見受けられた。

 「…フム、ここにはアブドラ中尉は居ない様だね。では本部へ行こうか、多分ソッチに居る筈だヨ」

 331小隊でも感じた違和感、305小隊を見た時にノラは確信した。

 「あの…駐留部隊全体的に弛緩しかんしきってませんか?」

 フフフ…と笑うメメット。

 「そりゃあそうだよ。主戦場は大パラだ。ここに居る連中は命が助かったと思って、ダラダラしちゃってるのさ」 

 「でも…敵がコッチに…セミ=パラに来る可能性だってあるんじゃないですか?」

 大パラこそ陽動で、手薄なセミ=パラを敵主力部隊が急襲すれば……北部同盟は敵に囲まれることになる。

 しかしメメット中尉はまさか…と大仰に手を振った。

 「本部のレーダーはまだ生きているヨ。そんな大部隊が急襲する可能性なんて無い無い!」

 

 その時、息せき切りながら真っ青な顔をしたドブロクが、ノラの元へすっ飛んできた。

 「た、大変です!! 『アトゥンの火』の主力部隊がコッチに進撃しています…その数……2個師団!!」


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