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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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セミ=パラチンスク要塞攻防戦①

永らくお待たせしました。

未だこの章の最後まで書いてないので見切り発車ですが、このままだと忘れらてしまうという恐怖に勝てず、投稿開始です。

近況ですが…火事に遭いました。停電も経験しました。生きるってツライ…


 ユピタルヌス歴322年13の月、朔(1)日。

 

 ガルガンティン市を電撃的に急襲し、成功したパンジール・ウルケーの元にはウスキュダル王国を始めとして、トラブゾン、ディヤルバクル、ガジアンテップ、クンドゥズ…等の近隣王国が参集し、日々軍容が強大化しつつあった。

 彼等は十数年前の『聖戦士ムジャヒディン内戦』ではパンジ-ル・ウルケーの政敵であったが、『アトゥンの火』によってちりぢりになっていたのだ。

 こうしてパンジールとウスキュダルを盟主とした彼等は、『北部同盟』を結成する。


 そうして勢いを得た彼等は、ある都市への進撃を渇望する。



 その名は聖都『A→Hアルトゥーンフーン』。


 全ての始まりであり、終着を意味する。ユピタルヌスの顔とも言える首都でもある。

 何より、木星植民の足掛かりとなったシャー王朝の都なのだ。

 ここには唯一、軌道エレベーターが備わっており、宇宙港を持っている。

 なのでここを獲るという事は、ユピタルの…この星の代表になるという事を意味する。

 それだけではなく、地球からの交易物資を優先的に入手出来る。それと同時に交易で得た利益をも獲得できるのだ。

 (※蛇足ではあるが、スキージャンプ型の宇宙港が西のJPR・社会主義国家との間に位置するオウミ商国、並びにヴ帝国の二か所に存在する。但し空中からロケットで打ち上げるので、効率が悪い)


 これに対し、パンジール首脳陣は国力の回復こそが先だという慎重論を採っていた。

 これまでの連戦で、思った以上に国力は疲弊しきっていたのだ。軍の立て直しが喫緊問題だった。

 しかし同盟内での対立が起こり、せっかくの同盟が分裂の危機すら迫るほどにまでに発展しつつあったので……それを悪手とみたフィデル・マスーラ参謀長が独断という形を取り、同盟軍の大攻勢が発表された。


 しかしながら、其の前に立ちはだかる最大の難関があった。それは初代シャー王が心血注いで造った、王都を守るための難攻不落の要塞「大パラチンスク」を攻略する必要がある。

 

 だが……!


 「大パラチンスク」には唯一、弱点があった。硬い岩盤の山頂に建っているため、水の補給が貧弱なのだ。その為にわざわざ、水脈のある場所から水道を引いてこなければならなかったのだ。

 その給水地点も要塞化され、「大パラチンスク」程ではないものの、それなりに堅牢で名が知られていた。


 そこを「セミ=パラチンスク要塞」という。


 ここを攻略すれば、水の補給が断たれた「大パラチンスク」は容易に陥落する筈……!!


 ―こうして全軍に「セミ=パラチンスク」攻略戦が発布された。


 フィデル参謀率いる同盟軍は、想像以上に多大な犠牲を払いつつ、この「セミ=パラチンスク」を奪取する事に成功する……!


 この時、我等がノラ・シアン率いるD分隊は参戦していない。

 イズミル再建の申請が認められたのと、ドン・ボルゾック将軍の「もう最前線には出さない」という強い決意による意見具申もあって、後方待機となっていたのだ。

 

 その後、いよいよ「大パラチンスク」を陥落せんがため、同盟軍本隊は大パラへと西方進撃を開始する。

 北部タルコール市街に司令部のアナトリア師団。そして機動力の高いカイセリー隊とシヴァス隊が、大パラの西の側面を突くため、別動隊として浸透戦術を開始した。

 

 そして―もぬけの殻となった「セミ・パラチンスク」の留守役として命じられたのが、2個小隊である。

 その中に居たのが……ノラ・シアンのD分隊であった。


 ―その日、久々にガルガンティン市街の総司令部(G.H.Q)に呼ばれたノラ・シアンは、未だ工事の足組が組まれたホールを歩きながら「ココ、一生直らないんじゃないんだろうか…」とぼんやりと考えていた。

 「おめでとう、君は昇進だ」

 参謀司令部の扉を開けた瞬間、扇子越しに祝いの言葉を浴びせられ、何の事か分からずポカンと口をあけっぱなしになってしまうノラ。

 「…もっと素直に喜べないのかね?」

 想像していたのと違ったのが不快なのか、扇子男ことフィデル・マスーラ参謀長が怪訝な顔をする。

 「…は。受領はしますが、何の功績か正直分かりません」

 敬礼を改めてしつつ、何かの罠ではないかと疑心暗鬼なノラの表情は硬い。

 「いやなに。イズミル再建……あれはコチラが思っているよりもはるかに良い成績だったのだ。その功績でもある」

 「それは部下と市民の功績であります。自分だけでは為し得ませんでした」

 「全員に大判振る舞いする訳にも行かんのだよ、司令部は。代表して君を表彰するのだ。不満なら君のポケットマネーで部下を慰労してやれ」

 フィデル参謀の言う事も尤もだ。少々意固地になり過ぎてたか…と、思い直して黙しながら、もう一度敬礼をする。

 「…ま、君はなんだか毎月の借金返済があるようだから、そうそう奢る事も出来まいか?」

 フンッと鼻で嗤われたので、やはりコイツは赦せぬ…とノラは心の中で緊張感を締め直す。それよりも、ドブロクから給料天引きされている事を知っているという事実に内心、驚愕している。

 「とはいえ、君は特別に士官学校でもないのに士官の初め……つまり少尉になるのだ。言動や身だしなみはそれなりに気を付けたまえ」

 そして参謀が扇子を置いて、机の上に札束を放り投げた。

 「コレは将校用のサーベルの費用に充てたまえ。なあに、公費だ。感謝しろとは言わんよ」

 「はっ、それでは頂戴します」

 内心なんだか悔しい…が、金が無いのも事実。見栄で喰える訳でも無し、赤面しながら札束を受け取り、その金を持って購買部へと移動した。

 将校用のサーベルは儀礼的な意味合いが強いので、別に名刀である必要も無く、こうして司令部の購買でも売っているのがありがたい。そのついでに証明書を提示して少尉の徽章も購入し、付け替えてもらった。

 馬子にも衣裳とはいうが……鏡の前で、やはり少し心浮かれてしまっているノラが居た。

 それらの代金を差し引いても、多少の金額が残った。つまり、コレで部下に奢れという事か。つくづく頭の切れる扇子男に得も言えぬ戦慄を覚えるノラ。

 遅れてきたウキウキ感に心躍らせながらエントランスを抜けると、一人の女性士官がノラを呼び止めた。

 「ノラ少尉。参謀本部から指令が降りてます。こちらを参照してください」

 そうして書類を渡した。

 「ああ、ありがとうございます。……!?」

 「どうかしましたか?」

 「いえ、どこかで会いましたか?」

 意味深な笑みを浮かべつつ、その女性士官はそそくさと戻ってしまった。

 マズいなぁ…ナンパかと思われたかな?

 ボンヤリしながら書類を開くと、依頼していた武器の類の配備完了の承認書と拠点移動命令だった。

 場所は……南部・セミ=パラチンスク要塞。3日後までに到着せよとの指令。

 そして外には懐かしい兵器が待機していた。

 マルマラ沖海戦で乗った特殊攻撃艇。それを大型改修し、兵員輸送を可能としている。勿論兵装も以前のまま使えそうである。

 確かにこれなら1日半もあれば移動が可能だ。

 つまり、今日の夜に駐屯地で皆とドンチャン騒ぎして、明日の昼前には出発せよという時間配分も見え隠れしている。

 「何から何まで、あの扇子男の思った通りかよ……」

 今はまだ雌伏の時である。もっとあの男に対抗できるだけの力を蓄えながら…とか思いつつ、新型兵員輸送船の性能を試したくて、足取り軽く艇へと駆けて行った。


 「若いね……」

 その様子を窓の遮光カーテン越しに覗きながら、扇子男が呟いた。


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