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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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イズミル再建⑫


 20日、明朝。


 対策本部を駐屯地に移し、そのまま救急本部と報告委員会へと名前を変わった。

 「200人……か」

 ノラが呟いた数は、無くなった人の数。

 人口は約5000人程だったとドブロクが急きょ作った報告書にあるから、単純に考えれば4%の損失ではある。だが200人分の人生と可能性が失われてしまった事の責任で、頭が真っ白になる。

 臨席しているラバニ師をそっと見ると、じっと腕組みをして瞑目したまま微動だにしていない。もし遺族年金や補償金とか言い出したら、この街自体が崩壊してしまう。

 「あー、ちょっといいかな?」

 重苦しい雰囲気の中、医療室から戻ってきたマーガレット少将が声を挙げた。

 「は、はい。なんでもどうぞ」

 「…報告書を見る限り、この火事は放火だと言わざるを得ないが……犯人の目星はついているのかね?」

 少将の鋭い目つきに位負けして、ノラが思わず目を逸らす。

 「あ、いや……ある様な、無い様な……」

 「キミがそういう態度だから、こういう事態を引き起こしたんじゃないのかね?…例えば、懲罰部隊による失火…とか?」

 挑発的な感じで顎を向けられ、トルノヴァツ中尉が憤然と立ち上がった。

 「いよぉ…ふざけんじゃねえぞ。ウチの部隊にそんな不届きな連中は居ねえぜ!」

 「どうだか…元々犯罪集団なのであろ?」

 「いよぉ、やたら絡むじゃねえか。だが、ウチ等が居た場所と出火地点は合ってねえぞ」

 「そんなの、どうとでも細工出来るのではないのか? 前線では工兵紛いの事もするのであろ?」

 もう止めないか…と、言いかけたノラをデカが押し留めた。膿は一気に出した方が良いという事なのだろうか。 

 「ウチがやる訳ねえだろ、だいたい動機が先ず無ぇや。いよぉ~…動機の点でいやぁアンタこそ混乱に紛れて逃げるつもりだったんじゃねえのかい?」

 今度はマーガレット少将が憤然とした顔をしだす。

 「捕虜協定は熟知している積もりだ。そんなツマラン事はせん!」

 「……若しくは敵後方の攪乱、妨害活動ていう考え方もあらぁな。アンタ等こそ、昨日何してたんだい?」

 すると、ヒョッコリ顔を出したオン二等兵が、悪びれもせず顛末を語った。

 「あ~サーセン。アチシらで呑み女子会やってて、超盛り上がっちゃたし。今もチョーグデングデンでやべーし」

 おい。そりゃ確かにチョーやべーじゃないか。何してんだ、このお気楽女子!

 内心で悪態吐きつつ、ニコニコ笑いながらオンに後で話があるとジェスチャーで伝えると、「やべーし」と言いながら慌ててオンが引っ込んでいく。

 一方で会議室はと眺めてみると、マーガレット少将とトルノヴァツ中尉が今にもキスせん勢いで睨み合ってる。総合格闘技のルール説明している時の選手達みたいだ。

 町だけの事じゃない。下手すれば監督不行き届きで、自分が懲罰房行きにもなりかねない。それどころか銃殺だって……

 冗談じゃない…もうこうなったら、全員の頭を空っぽにさせなければ…そうしてバンと机を叩く。 

 「え~、今回の事は多分に自分の都市計画の無さと、何者かは分からないがソイツに付け入る隙を与えてしまったオレ…ノラ・シアンの責任です」

 突然ガバッと地に伏して土下座するノラに、一瞬、一同の度肝が抜かれた。

 その一瞬を見逃さず、ノラが畳みかける様に一気呵成に喋りまくる。

 「しかし今回の放火犯はどちらでもありません。何故なら『グッ』と来ないから。腑に落ちるってヤツが無いんですよ、お二人共に。ですので犯人はウチの部隊が捜査を続けて、いつか必ず白日の下に晒し出します。だからもう、お二人とも矛を収めて下さい!」

 ポカンとした顔で「あ、ああ……」と頷く2人。

 「だが……」

 それでもまだ何か言いたげなマーガレット少将の声よりもデカく、怒鳴るかのように被せる。

 「今回の失火・・もあって、マーガレット少将を収容できる余裕は無くなりました。本日中に別の駐屯地へご案内しますので、どうか後始末は我々にお任せ下さい!」

 「あ、ああ。そ、そうだな……」

 気勢を削がれ、髪をもてあそびながら引き下がる少将を確認し、取りあえず凌いだ…と呟いた。

 昔、兄に聞いた事がある。油田の火事を消すにはダイナマイトを爆発させて消すしか方法が無い、と。怒りも似た様なもんかもしれない。


 「くぁっはっは! 大きく出たノウ、小僧!」

 突如、今までずっと黙っていたラバニ師が大声をあげて笑い出したので、ビクッとなるノラ。

 「なるほど、『グッ』と来ないか。確かに身内を疑いあっても前には進まぬわな。では、これからどういう都市計画を立てる?」

 そう問いかけるラバニ師の言葉の意味を知って、驚く。ラバニ師はもう一度やり直すつもりなんだ。

 「ほ、補償金とか、ですか……?」

 「馬鹿者! 我々は元々何も無かったバタヤだ、お前等の微々たる補償金なんぞ当てにはしておらん」

 お金がかからない事、そして力強いラバニ師の言質にホッとするノラ。そして少しだけ、お金を考えてしまった己に後悔と嫌悪感が募る。

 「じゃあ先ずは都市計画の見直しです。今度は色々な人と話し合って大通りを設置します」

 ウム、と頷くラバニ師。

 「それから消防団の創設をお願いしたいです。町内ごとに責任ある若者達を訓練して、消防に努めます。これは税金で賄いたいと思います」

 ウンウン、と頷くラバニ師。

 「それとこれは直ぐには無理ですが、医院や病院などもいつか誘致出来る様に、上と掛け合いたいです」

 「よし、良く言ったノラ・シアン」

 ウンウン頷いていたラバニ師が、初めてノラを『小僧』呼ばわりを止めてフルネームで呼んだ。

 「では決まったら早急にこの街を再建してやるわい。前よりももっと早く、もっとスゴク……下らない悪意に負けぬ、素晴らしい町にしてやるぞ!」

 そしてニカリと笑う。

 「我々、被差別部落民が今まで受けてきた差別や虐待に比べれば、こんな事でへこたれていられるか。踏まれても踏まれても何度でも立ち上がるのが雑草根性よ!」

 少将やトルノヴァツ中尉、そしてラバニ師の退出姿を見送ると、そっとデカが耳打ちしてきた。

 「…とは言え犯人を見つけなければ、鬱憤がいつか積もっていきますぜ?」

 今回はラバニ師が、ノラの顔を立ててくれた。それでも亡くなった者の遺族達がどう思っているのかは別だ。そこ等辺に関しても対応策が必要になるだろう。

 「嗚呼、そうだな。ウチの部隊にさりげなく捜査を進める様に言っておいてくれ」

 だが、なんとなくではあるがノラには今回の首謀者が誰かぼんやりと見えていた。 

 ワザと新人の部隊に懲罰部隊と捕虜を一緒くたにして、科学実験を行い、爆発反応を愉しむかの様に出来た人物なんて、扇子男…アイツしかいない。

 とはいえ証拠も無いし、相手はG.H.Qだ。ノラみたいな小粒がキャンキャン噛みついたとしても一蹴されるに違いない。

 だから……いつか。それまで、この胸の内に燃える復讐心を隠して生きていこう。

 

 

 「そうか。激高して互いにバトル・ロワイヤル、とまではいかなかったか…………」

 ガルガンティン要塞の一室で、扇子をパタンと閉じた男が呟いた。

 対面に居て報告をしていたのは、娼館一の美女と言われたアイシェ。イズミルの名簿には行方不明という事になっている。

 しかし部屋は薄暗く、彼女は敬礼したままで下を向いているので、素顔が見えない。

 「は。思いのほか機転が利いて、町が崩壊するようなことも無く、再建に向けて始動しております」

 その報告を聞いて鼻で嗤う扇子男。

 この男の青写真は、有能な敵国の将軍を自軍の出来損ないで自分に歯向かう愚か者が、誤って殺してしまう……というものであった。そのために何重にも罠を張ったつもりであった…のだが。

 「案外、本当に英雄“カーラマン”なのかもしれないな……」

 そして二の句を継ぐ。

 「ふむ。ならば、それなりの処遇と運用を考えてみるか……」

 次の戦争はもうじきだ。窓の外を眺めやりながらアイシェに声を掛けた。

 「ご苦労。君達の功績と実力も認めよう。情報機関の設立、認めようではないか」

 


 後日、マーガレット少将が別の場所に移し替えられた後、イズミルの町に小さな石碑が建った。

 ノラ・シアン他、隊員達やイズミルの町民がこの事件を風化させない様にと、今回の放火事件の顛末を刻んだのだ。

 下には余白が残っている。全ての顛末が分かった時のため用だ。

 

 全てを彫れる日は来るのだろうか。


イズミル再建のお話はこれでお終いです。

これからまた1~2か月お休み頂きまして、その間に次のお話を書き貯めたいと思います。

あ、でも大相撲があるから少し遅れるかも……

次回は大要塞の攻防戦です。

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