イズミル再建⑪
ユピタルヌス歴322年 11の月、19日の深夜。
ぐっすり眠っているノラを叩き起こしたのは、デカの軍靴がドアを蹴破る音だった。
「隊長、大変だ!」
「……え?」
頭が未だ働かない。そんなノラにひときわ大きくデカが怒鳴る。
「火事だ!!」
慌てふためきつつガバッと跳ね起き、窓のカーテンを引きちぎらんばかりに引っ張った。
すると真夜中なのに煌々と揺らぐ紅蓮の炎が、町を舐めている光景が飛び込んできた。
「…え!?」
まだ頭がハッキリしないノラの肩を掴んで、ガクガク揺らすデカ軍曹。
「しっかりしろ…早く命令をッ! 下さないと!」
「町が……消える……?」
デカの今までに無い取り乱しようで、ノラの瞳にもやっと理知の輝きが戻ってきた。
「…隊員を非常呼集しろ! そして住民の避難に努めるんだ!」
制服を着つつ、少しずつやるべき事を脳内で組み立てる。
「シュトラスバットには、消火活動の要請を!」
最後に帽子を被って飛び出しつつ、最後の指令を加える。
「それと、オンにはマーガレット少将への避難指示と護衛を!」
外に出ると、火の勢いが凄い事が肌で感じられる。風が熱いのだ。それと天を焦がすかの様な黒い煤煙。
そして直感する。
「コレは、失火ではない…放火だ!」
火の回りがあまりにも早く、そして四方を町を包囲する様に上がっている事を考えても間違いないだろう。だが今はそんな事よりも兎に角、一人でも多くの住民を助ける事に傾注しなければ。
そこに子供達を誘導しているドブロクが見えた。
「ドブロク、大丈夫だったか!」
「た、隊長……何人か子供が未だ奥の方に残ってるだ!」
「分かった、お前達は早くゲートに向かって行け。街の外に出るんだ」
そうして火勢の強い方へと駆け出していく。
誰か居るか、と大声を上げながら進むと、泣き叫ぶ子供の反応があった。
「よし、もう平気だ。一緒に避難しよう」
数人の子供を負ぶったり手を引いて今来た道へと戻ろうとした時、そこはもう崩れた瓦礫と火で進む事が出来ない状態になっていた。万事休すか……
「隊長、こっちでさあ!」
その時、思わぬ方向からセキズとドクズの双子が斧を片手に、火壁を切り払って手招きしているのが見えた。
ええい、と子供を抱きかかえて炎の先に居る2人の元へとダイブ。髪の毛のチリチリ燃える嫌な臭いがしたものの、なんとか窮地から脱する事が出来たようで、ホッとする。
「隊長、町の対岸にトルノヴァツ中尉とデカ軍曹が臨時本部を立ち上げてまさぁ。そっちに向かって下せぇ!」
子供達を双子に任せて対岸へと駆け出すと、バケツで消火活動をしているスレイマンが見えた。
「な、何をしてるんだスレイマン伍長。そんな事しても気休めにしかならないだろうが!」
「し、しかし…デカ軍曹殿から消火活動を仰せつかりまして……」
「他に、何か消火活動は無いのか!?」
「は、はい……」
ああ、そうか。
消防設備とか組織がこの街には無かった。
スレイマンに一緒に来るように言いながら、“次”が許されるのなら真っ先に消防組織を作ろうと固く誓って、脳内メモに書き加える。
だが、そこでハタと気付く。
“次”なんてあるのだろうかと。軍組織は今回の責任を追及するだろうし、町の住民だってノラを信任するとは限らない。
「くそっ!」
失ったモノと、失いつつあるモノの大きさに心が押しつぶされそうになりながら、それ以上は考えない様にして全力で走った。
「遅ぇぞバカヤロウ! 責任者のくせに前線に行くんじゃねえ!」
対策本部に駆け込んだ瞬間、デカに一喝された。
「す、すまん。それよりどういう状況だ?」
ノラの問いに対し、ラバニ師が地図を指し示しながら報告を始めた。
「風の勢いが強い東部地区を火元として燃え広がり、北部とゲートのある南部地域が燃えています。駐屯地のある西部地区は比較的被害が少ないですな」
「避難はどれくらい出来ている?」
それにはデカが応じる。
「西部と南部地区は完全に避難完了、東部も比較的早くから逃げ出しているので概ね避難出来ていると思いますぜ。だが……」
一瞬言い淀んで、だが言葉を繋ぐデカ。
「北部はゲートがある南部から一番遠く、幹線道路が無いため道に迷っているせいもあって、救助活動もままならず……絶望的です」
「消火活動はどれくらい進んでいる?」
今度はトルノヴァツ中尉が答えた。
「は。消火は早々に諦め、類焼を防ぐために燃えそうな家を先に破壊し、避難経路を確保しつつあります」
それだ。ピンときてラバニ師に手の空いた住民を、シュトラスバットへの手伝いに回すよう要請する。
そしてドブロクには地図を片手に、北部への一番効率の良い脱出路を指示させる。
やれることはこれくらいなモノか……
タイタン杉は燃え辛いとはいえ、燃えない訳ではない。モルタルだって鉄骨だって普通は燃えない。しかし現実に火事は起こるのだ。例のメタン燃料があちこちで爆発し、新たな火元となってもいる。
「…そういえば、オン二等兵は?」
訊けば、隣の救護テントでやけどやケガをした者へ救助活動をしているというので、顔を出した。
すると、そこに驚愕の光景が待ち受けていた。
「ま…マーガレット少将!?」
なんとオンが捕虜将校のマーガレット少将を看護をさせて、顎で扱き使っていたのだ。
「あ、隊長チィーッス。コイツ中々見どころありですし!」
「おま……おまままm…お前バカか! なんで敵とはいえ将軍を使ってるんだ!」
だがいつになく真面目な顔つきでオンが反論する。
「隊長、今はそーゆー建前抜きで人手が足りないンスよ。誰でも使える奴は使うのが筋じゃねえッスか!」
突如、脇で聞いていたマーガレット少将が笑い出した。
「ふはははは! 良いじゃないかノラ隊長。彼女の言う事は尤もだ、私も人道的な立場から、肩書抜きで救助を惜しむものではない。ここだけは無礼講で行こうではないか!」
「は。少将がそう言うのでしたら、ご協力感謝します!」
空が明るくなってきた頃、やっと鎮火にこぎ着けた。
見渡す限り焼けズミのこびり付いた地平線。約一月前の真っ新な状態に戻ってしまっていた。
駐屯地だけは幸い災禍を免れた様だ。なにしろ火薬庫だってあるから、もし駐屯地まで灼けていたらもっと被害が増していた筈だ。とはいえ、火薬庫があるお蔭で防火対応してお蔭で燃えなかった訳だが。
死者、行方不明者が200人近く出た。
ノラは全てを失った。
これは京アニの事件の何年も前からプロットが決まっていて、色々別の形も模索したんですが、結局こういう話になりました。
意図してのモノではありませんが、もし読んで嫌な気分になられた方がおりましたら、申し訳なく思います。
ああいう暴力に創作で立ち向かうのが、唯一の解決方法ではないかと思いますので、どうかご容赦願います。




