イズミル再建⑩
ドブロクからミッチリしごかれ、結局昨日のどんちゃん騒ぎはノラの給料から差っ引かれることになってしまった。
到底数か月分では賄えないらしく、1年間の月賦が掛かるという。その間の金利はなんと、駐屯地の方で負担してくれるらしい。どこぞの通信販売会社かよとも思うが……なんにせよ、ケツの毛まで抜かれて鼻血も出ない。
明日から借金持ちの兵隊かよ……チェッ
因みに、途中で自分が戦死した場合はどうなるのか訊いてみた。
「大丈夫ずら。隊長にはもう既に保険が掛かってるずら。だからそれで補填されるずらよ」
何とも味気無い答えが返ってきた。ため息付きつつ、また司令部に向かうバスに乗ろうとすると後ろからドブロクがにこやかに大声で叫んだ。
「それに隊長は絶対に死なないから、大丈夫だべさ!」
…なんつう根拠の無い話だよ……とはいえ、その気休めに手をヒラヒラ振りつつ、丁度来たバスに乗り込む。
司令部に呼ばれるのは何度目か。
今の所、そうそう目を付けられるような失点は犯してないという自負はある。
ただ、シュトラスバットへの支給品が異様に早かった、というのが気がかりではあるが……
「やあ、お早いお着きだね、ノラ・シアン特務曹長」
扉を開けると、妙に機嫌の良さげな扇子男ことフィデル参謀と、申し訳ないとばかりに巨躯を縮こませているドン・ボルゾック中将の姿があった。
……嗚呼、やはり支給品の件か。
「諸君がシュトラスバットの扱いに苦心している事は知っている。ソレの解決方法も実に斬新だと言える」
勿体ぶって扇子をぱちりと開け閉めするフィデル参謀。
「だが、超法規的に支給品を優先させるのは如何なものか。正規部隊ですら支給品が行き渡らず、改善要求が示されているというのに……!」
キラリと扇子男の目がそこで光る。
「この話、こちらの条件を呑むのなら不問にしても良いんだが……」
来た! 結局これが言いたいのだろう。そんで断れないに決まっている。
何かを得ようとする代わりに、何かの負債を追っていく。その負債を無くそうとする度にドンドン負債が大きくなっていく…借金を返すために借金を重ねていく、そんな気分だ。
「なに、そんなに気構えるな。ヴ帝国の捕虜士官を数名、そちらで丁重に迎えてもらいたい、それだけだ」
一応士官とは言え、今度は捕虜収容施設をも兼任するのか!
頭がクラクラしつつ、それでもこれだけは断らなければ……! と、眦を屹度上げた時、必死の顔芸で「それだけはやめろ!」とジェスチャーを寄こしてくるドン・ボルゾック。
そのあまりの必死さになんだか緊張の糸が切れて、思わず笑ってしまった。
「む?」
怪訝な顔をするフィデル参謀に対し、慌てて体裁を繕って敬礼をして叫んだ。
「あ…いぇ。イズミル駐屯地責任者ノラ・シアン特務曹長、確かに受任いたしました!」
そして扉を閉めて退室してから呟く。
「…くそー、笑っちゃあこっちの負けだよな……それにしても」
ドン・ボルゾックの必死で真っ赤な形相のクソ面白かった事!
また腹を抱えて、廊下で笑いを独り堪えるノラであった。
「君が私が収容される施設の責任者のノラ君か?」
司令部を出た時、アナトリア師団の近衛兵に囲まれたヴ帝国の将校が声を掛けてきた。
女性でありながらノラよりも身長が高い。そしてカールの掛かった綺麗な金髪。
制服も洗練された着こなしをしており、胸のモールがオシャレに踊っている。
「よろしく。私はヴ帝国海軍少将、マーガレット・フィンチレイだ」
「は、はじめまして、光栄です! オレ…いえ、私はパンジール・ウルケー特務曹長、ノラ・シアンです」
握手をしながら、恐ろしく階級の違う相手にドギマギした。しかも相手は数々の戦役で名を馳せた勇将でもある。手の汗が凄く気になった。
しかし当然というか、なるべくしてなるというか少将はご機嫌斜めである。
「…パンジールは人材が少ないと言われていたが、まさか将軍の収容施設長が軍曹どまりとは……!」
ああ。やりやがったな…扇子男のヤツ。コレが狙いか。
「…触媒は揃えた。沸点も高まっている。さて、どんな化学反応を示すのか…お手並み拝見」
誰も居なくなった執務室で、明後日の方を見つめながらフィデル・マスーラがゆっくりとお茶を飲む。
流石に敵とは言え一軍の将なので、G.H.Qから高級車が支給された。…勿論、フィンチレイ少将専用の車なので、ノラ達が勝手に使うことは出来ない。
そして駐屯地に着いてハタと気付く。
部屋が無い。それ以上に目付の兵隊が居ない!
部屋はシュトラスバットに無理言って移ってもらうとして、問題はお付きの兵隊だ。
女性なのが好ましいが、我が部隊に居る女性はドブロクとオンだけ。しかもドブロクは激務であり、こう言っちゃなんだがエレガントとはとても言い難い。
オンだってそう…場合に寄っちゃそれ以上だが、かといってもう他に人材も居ない。本当にこんな難題、どうしろってんだ!
心中で扇子男に悪態を突きつつ、諦めにも似た無我の境地で、近所の悪ガキ共とタバコふかしてトランプで博奕打ってるオンを呼集した。
「え~、アチシが面倒みるんすか~?」
案の定、面倒くさいオーラを出すオン。
「頼む。もうお前しかいないんだ(※人材不足で)! 何とか向こうの意向に沿いつつ、怒らせる事の無いように、それでいて脱走の気配など無いか、それとなく見張る様に。向こうの要求品はなるべく揃えるから、ちゃんと聞いておいてくれよ!」
「フーン…ま、ノラっちの頼みじゃ仕方ねーし。まあ上手くやってみるし。まかせろし!」
オリジナリティあふれる敬礼をしてニパと笑うオンを見て、余計に不安になるノラ。
コレが責任者になるという事なのか………
「失礼します、閣下。身の回りの世話をする兵士を連れて参りました!」
ウムという声を聞いて、おもむろに入室する。
「ちーっす、アチシ、オン二等兵ッス。怒らせる事の無いように、そんで脱走しないかそれとなく見張りますンでよろしくオナシャーッス!」
アチャー……いきなりかっ飛ばしてくれやがって!!
顔を手で覆い、ややあって薄目をそっと開けると、閣下の刺すような視線で射殺されそうになる。
息も絶え絶えにオンを部屋に残し、今度は不満でブーブー言うシュトラスバットの面々に謝り倒しつつ、デカが手配してくれた近所のパブ=インへと移動してもらった。
なんとか無理やり収めたが、明日以降色んな所で不満が噴き出すぞ……
暗澹たる気持ちで足を引きずりながら、自分の部屋へと戻るノラ。
だが、事件はその日の深夜に起こった。
ギャル語難しーし!




