イズミル再建⑨
翌日。ノラは早速嫌な相手に遭遇し、心中で「げぇっ」と虫を吸い込んだような時の様な声を出した。
「いよぉ~、ノラ特務曹長じゃないかぁ~」
馴れ馴れしく肩に手を回すその人物こそ、懲罰部隊のトルノヴァツ中尉だった。
「お…おはようございます」
敬礼をしようとするも、手を振って取りやめさせる中尉。
「いいっていいって、そんな形式だけのもんは。それより昨日はお世話になったな」
その時、やっとノラは中尉の態度が昨日と全然違う事に気付いた。
オーラというか、気配が柔いでいる。コレが昨日言っていたデカの、『骨抜き作戦』の成果か。
「イイっすか、隊長。」
昨日デカが言っていたセリフが甦る。
「懲罰部隊なんてえ、どこでも爪はじきの厄介者だ。装備も最悪、支給品だって回ってこない。そもそも前線じゃあ弾除け扱いな位だ。だからこそ……」
そう嘯きつつデカが悪い顔で笑う。
「“接待”してやるんでさぁ。酒に女に食い物。これだけでノラ隊長…アンタの評価はうなぎのぼりでさぁ。更に……」
神妙な面持ちで耳打ちする。
「何とか支給品を手配してくだせえ。奴らに糊の利いた良い制服の一つでも与えて、袖を通させれば、言う事聴くようになりますぜぇ」
…なるほど、デカの言う事は理解出来た。だが、ノラの直観がまだ裏があると告げている。
やや考えてから、デカを見据えるノラ。
「それだけではないんだろう? 例えば、シュトラスバットがボロボロの制服のままだと市民が怖がり、治安に影響を与えるとか……」
そう言うノラの顔を見つめて、驚いた表情を浮かべるデカ。コイツ、そういう所まで読めるようになったのか、とでも言いたげな顔だ。
「ま…そう言う事でさ。何とかドン・ボルゾックに掛け合ってでも調達頼みまさぁ」
ウンと力強く頷き、司令部に駆け戻るノラを見送りつつ、デカがボソリと言った一言は彼の耳には届かなかった。
「…シュトラスバットだけじゃなく、指揮官への忠誠が低い部隊は、指揮官を戦闘中に殺すんですぜ……」
トルノヴァツ中尉の頬っぺたをよく見ると、口紅がうっすら付いている。昨日はさんざ楽しめた様だが……これから回されるであろう請求書と、怒り心頭に達するドブロクの顔が容易に想像出来て怖くなり、背筋に悪寒が走った。
「いや良いんです、中尉。それよりも本日は午前10時に両部隊を交えての統合作戦とフォーメーションの確認訓練を行う予定ですので。時間は遅れずに」
その言葉を聞いて不思議そうな顔をするトルノヴァツ。
「は……あ、はい」
「…ん? どうしたんですか?」
「いや…オレ等懲罰部隊なんてやらされる事と言ったら、最前線で塹壕掘るか、敵機甲部隊に特攻させられるかみたいなもんで、武器もまともに持たせてもらえないくらいだったもんで……」
少しいじけた様子で、気恥ずかしそうに告白する中尉の肩をポンと叩いた。そしてにこやかに語りかける。
「歴戦の勇者である、貴方方をそんな勿体無い事に使えやしません。是非、共に戦ってほしいんですよ」
パアッと花が咲いたように、紅潮した顔で敬礼をする中尉。
「ま、任せてくだせえよぉ~!」
その変容振りに内心驚きつつ、更に畳みかけるノラ。
「訓練前に新装備が届くはずです。袖を通しておくように」
「はい!」
…よっし。取り敢えず、これで懸案が一つ解決した。
軽やかな足取りで駐屯地に戻ると、扉の前で鬼の形相をしたドブロクが、請求書の束を待って仁王立ちしていた。
…しまった。こっちの懸案を忘れていた……