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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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イズミル再建⑤


 安定収入も見込めるようになったので、兵隊とはまた別に軍属の事務員も雇う事となった。大した金額を与える訳では無いのだが、ドブロクが選任した学校の高学年生徒を当て込む。

 要は読み書き、計算の実践も出来るし、成績優秀者が選ばれるので本人のモチベーションも上がり、何より大人になってから「イズミルの駐屯地で軍属事務員をしていました」と言えば、就職にも有利なのだ。

 3方にとって相互利益が確定している、ウィン‐ウィンの関係である。 

 お蔭で手の空いた兵士達が心置きなく町の巡回に向かう事が出来る。今のところ、重大な犯罪も発生していないし、町に於ける我々の評判も良い。初めは思い通りにならないと臍を噛んだものだが、杞憂に過ぎなかったのかもしれない。


 油断は大敵……気持ちを仕切り直そうと、デカの募集してきた新兵の選考に同行することにする。

 

 一人目はオンという名前で20歳。ドブロク以来の女性である(※尤も、ドブロクが女性だと知っているのはノラのみだが)。

 えー……見た感じ、チャラい。髪を金髪にして、シュシュで非対称なポニーテールにしている。胸元がザックリ空いたシャツから豊かな胸の谷間がまろび出ていて、目のやり場に困ってしまう。そしてクチャクチャと何やら…多分ビンロウだと思うのだけど、噛んでいる。

 「オナシャーッス。アチシ、アクサライの町で平場師スリやってた、チンケなスケッス!」

 アピールポイントだと思ったのか、やにわにバタフライナイフを取り出し、チャカチャカとアクロバティックな技を繰り出す。

 「……おい、デカ…いくらなんでもコレは無いんじゃないのかい?」

 机の下でデカの脇腹を小突く。

 「い、いや…じ、じ、事情がありまして……」

 「いやあ~、今まで爺ちゃんの年金でなんとか暮らしてたんスけど~……」

 こっちの様子に気付いたのか、急にナイフを畳んでしんみりするオン。

 「爺ちゃんて?」

 「クルックベシっていう名前なんスけど~」

 おやおや驚いた。あんなドワーフみたいなジジイから、こんなグラマラスな女の子へどういう血の繋がりがあるのか。神の奇跡を見た気がした。 

 「なんかぁ~死んじゃったら~、“ノラ・シアン”て人を頼れって~言われたんでぇ~…」

 「分かった、分かったから! まずそのギャル語止めようか!」

 「じゃぁ~、アチシ入隊って事でOK~!?」

 勿論だ、クルックベシ伍長の恩に報いるには是非もない。ただ…風紀が……

 「やった~、念のために昨日、デカさんと寝といて良かった~!」

 「ああッ、それは言っちゃダメって言っただろ!?」

 ジロリ。

 貞操観念が緩そうだとは思ったけど、下半身も緩そうだな。

 「あ~隊長~。デカさんをそんな睨んじゃダメ~。なんなら今晩、隊長にもサービスしちゃうよ?」

 舌を出しつつエロい動作で、右手を上下運動するオン。

 コイツ…入隊して“全員と兄弟になるのが夢”なんじゃなかろうか。

 「あ、隊長。コイツ、“メディック”希望だそうです」

 渋い顔をしているノラに焦ったデカが変なフォローをかます。

 「“衛生兵メディック”!?」

 確かにウチの分隊には衛生兵が居なかった。そもそもこのユピタルでは医療関連が20世紀まで後退しているとは言うけど……

 「…デカ、お前“夜の看護”を期待しての配置希望じゃないだろうな?」

 「かかか…勘弁してくださいよ! コイツ…あ、いやオンはなんか感が良いんでさぁ。だから、不思議なくらい的確な治療をする事が出来ます」

 デカはこういう事に関しては嘘を言う性質ではない。そもそも我々ははみ出し者の寄せ集めだ。どういう反応になるのか、少し見てみたい気もしないでもない人材、オン。

 ちょっと考えた後、溜息をつく重力で「許可」のハンコを押した。

 

 次の候補者は表情の無いメガネの青年だった。

 「こいつぁ、訳アリですが掘り出し物ですぜ!」

 デカが横で熱弁する。

 「スレイマン……物理学専攻……」

 虚ろな目でボソリと喋るメガネ……なんかデクノボーみたいだ。

 「彼はスレイマン、19歳。大学の物理学に行こうと思ったが、いじめで引きこもりになった…と、言ってます」

 なんで、デカが通訳してるんだ?

 「僕、人の役に立ちたい……」

 「彼は、実は人の役に立つため、ユピタル初のノーベル賞を狙うべく、一番元手の掛らない物理学を専攻したんですけど、本当は医学部に行ってユピタルの医療に貢献したいと思ってました」

 またデカを小突く。

 「オイ、コイツを衛生兵にした方が良いんじゃねえか?」

 「ダメなんス、コイツ……」

 机の下で繰り広げられる、掌同士の代理戦争。

 「血を見ると逆上しちゃって、キレちまうんでさあ!」

 「そんな奴…そもそも兵隊に向いてないだろうが!!」

 「なればこそですよ……!」

 「どういう事だ?」

 「彼奴きゃつは狙撃能力が非常に高いです。そしてこの際だから言います!」

 ここで、バンと机を叩いてデカがこっちを凝視した。

 「我々は狙撃スナイピング小隊を目指すべきでさあ!」

 狙撃スナイピング小隊……とても火薬の少ないユピタルに於いて最も優先されるべき部隊である。

 使う火薬量はとても少なく、それでいて最大限の効果を上げる事も可能な戦闘ドクトリンだ。だが、狙撃能力を持つ者がとても少ない。というのも人間自体が消費するという社会概念の元、人材育成という観念が無いからだ。狙撃小隊を育成するにはノウハウと時間が欠かせない。

 「これだけ猶予がある時間を使わないのは勿体無いですぜ。最小限で最大限の戦果を挙げる狙撃小隊へのクラスチェンジを進言しまさあ!」

 デカの言う事はいつも的を得ている。

 パンジールに今、その専門部隊が居ないのなら、我々がなればこの先イニシアティブも取りやすくなろう。

 「分かった、ではスレイマンは教導下士官として伍長とする。オンは二等兵だ。他の者は下士官は除き、全員昇進させよ!」

 「ヤッサー!」

 上手くタイムスケジュールを調整する事によって、イェディ、セキズ&ドクズにスレイマンの狙撃授業を増やすことに成功した。

 因みにドブロクは通信兵なので狙撃兵からは除外している。学業の育成に貢献してもらう事にしよう。


 とはいえそのしわ寄せは当然、ノラ・シアンに圧し掛かってくるわけで……


  

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