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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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イズミル再建①


 27日。

 勲章を授けに現れたのは、あの扇子男だった。

 「…部下の命を預かる気分というのはどうだ? 少しは私の気持ちが理解出来たかね?」

 パシャパシャパシャ…!

 たくさんのフラッシュが瞬く中、にこやかに笑みを浮かべながら扇子男が、ノラにだけ聞こえるような声で囁いた。

 「…アンタほど幻滅もしてなきゃ、冷徹にもなれねえよ。今まで通りやるまでさ」

 このフラッシュは、奇跡的な勝利と勇敢だった我らがD分隊の号外の為の報道のためだった。だからノラ・シアンも完璧な笑顔を張り付かせながら悪態を突く。笑顔で罵詈雑言……かつて「地球テラ」にそういうコメディアンが居たらしいが、全く笑えない状況だ。

 「フッ…まあいい。次は部下の責任を負うがいいさ」

 「?」

 「こっちに笑顔お願いしまーす」

 新人記者に乞われるがまま、ガッチリ握手しながら声のした方へ笑顔を振りまく両人。

 「ガルガンティン市の一角の警備を命じる。上手く治める事が出来たならば、そこはお前の領地にして良い」

 自分の領地! 

 長く流浪の身として各地を回っていたが、帰る場所が出来るというのは実に素晴らしい響きだ。

 ―ただし、この意地悪な男の事だ、きっとロクでもない地なんだろう。

 一瞬喜びかけた気持ちを引き締め、敬礼をしてその場を去った。



 28日。


 「…場所ですと、ここなんですけどねぇ……」

 地図を片手に、デカが頭を掻く。

 ガルガンティン市10号埋め立て地。名前の通り、パンジール・ウルケー南部とガルガンティンの間に横たわる広大なマルマラ海を埋め立てた、人工地である。

 だが、吹きすさぶ海風を隔てるものが何もない。つまり、建築物が何もないのだ。この時期の潮風は沁みる。

 「…チキショーメ、人なんて居ねーじゃないですか!」

 面積はおおよそ1.5リーグ(約2.5㌔)四方。申し訳ない程度に踏み固めた道路が何本か走っているのみだ。潮風に充てられて土煙が吹き上がる。

 怒りに任せて、左の「アシュケリ・ポリス(※憲兵)」と書かれた腕章を大地に叩き付けるデカ。

 「そうムクれるなよ、デカ。逆を言えば何しても良い土地がこんなにあるって事だろ? 少しずつ、オレ等の町を作っていこうぜ」

 「ヘッ、チキショーメ!」

 スンッと鼻を親指で擦る仕草は、デカが何か思いついた時だ。

 「ドブロクに言って、図面を製作してくれ。彼女、そういうの器用だから」

 「へ? いま“彼女”って言いませんでした?」

 …おっと。ドブロクが女の子だというのは、2人だけの秘密だった。適当に誤魔化して、散歩がてら外縁を散策する。

 …うーん、潮風が厳しいので、防潮壁は必要かもしれない。それと砂浜の浅瀬部分は海浜公園にして、高価だけど木を購入しよう。ユピタルで木があれば憩いの地になるに違いない。

 それと海側は住宅地にして、家でも風を遮る様にもしよう。中ほどに耕作地を設けて農産品で自活できるようにしよう。更にガルガンティン市へ続く橋の周辺に我々の駐屯地と、更に農産品の加工場も作れば潤うだろう。

 ワクワクしながら、夢の中を歩くような足取りで何周もした。


 29日。


 「お金も人もまるで足らねえだべ!」

 ドブロクから突き付けられた現実にたじろぐノラ。

 「どっちも? まるで??」

 上目遣いに可愛らしく言えば何とかなると思って、ノラ・シアンが試みる。

 「へい、全く!」

 いつにない剣幕のドブロクを見て、さては昨日、うっかりデカに女の子だと言ったのがバレてしまったのかと勘繰りをして、首を竦めた。

 だが、単純にドブロクはこういう事に関してキッチリやるタイプだったようだ。

 「まず、壁。荒唐無稽ですら。それと、木…ふざけてるんだべか?」

 バンと書類で机を叩いた。

 「更に、下水道の下工事って…オラ達D分隊だけでやったら、何年経っても完成なんてする訳ねえべさ!」

 あんまりにガミガミ言われて涙目になってしまったノラを見て、バツが悪くなったのか、急にいつものトーンに戻ったドブロクがフォローする。

 「…ま、まあ。この連絡橋の近くに駐屯地を置くちゅうのは素晴らしいアイデアだと思いますけんども……」

 「ほ、本当かい?」

 「んだべ、これだけだったらカイセリー隊に手伝ってもらえりゃー5日間で完成すると思うべさ。それに少しはお釣りも出るっぺ……」

 そうして思わせぶりに笑うドブロクを見て、ノラが閃いた。

 「ドブロク…何か妙案があるんだな?」

 「任せてけれ、部落民には部落民の町の作り方があるんだべさ…したっけど……」

 そうして悪戯っぽく、今度はドブロクが上目遣いになった。まだ幼いからちょっと小動物が餌をねだる仕草に似てて可愛い。

 「…出来るのはスラムですけんども」

 数日前、扇子越しに見た内臓が腐るかのような笑顔を思い出し、こっちの笑顔は何て綺麗なんだろうと思った。

 都市計画を粛々と進めた「計画近未来都市」か、それとも「チャプマック(スラム街)」か……

 儚い夢だったなぁ~……

 自嘲が自然と出た。

 大きく息を吸い込み、そして吐いた。

 「…任せた。我々には我々の歩みがある…そうだよな、ドブロク?」

  良い笑顔が頷くのが見えたのが、今回の報酬かも知れない。

長らくお待たせしました。イズミルの章が始まります。

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