トゥーランドット電撃戦⑪
「イヨォーッ! 来たぜ来たぜぇ! 敵が雲霞の如く!」
口笛一擲。
笑って陽気にデカ軍曹が叫んだ。
…嗚呼、これはいよいよダメなんだろう。
そしてデカの声を聴いて、自嘲している自分に驚く。
「どの方角が一番多いんだーッ!?」
敵の弾幕の音で怒鳴らないと、何にも聞こえなくなってきている。とうとうウチ等の命も此処で惨めったらしく散る事になるんだろう。
なればせめて、嗤ってやろう。
オレ等の命を奪いに来た死神に対し「費用対効果が望めない、ブラック仕事をさせて悪かったな」と嗤ってやるんだ。
「へへへ……全方位でさぁーッ!!」
そりゃあそうだ。ゲリポル高地をそのままにしておくのはどっち陣営にとっても良い事は無い。とにかく自陣に戻して一息入れたいのが実情だ。
「着剣済んだかーッ! 方角、7時!…………1…2…3!」
履帯越しに昇ってきた敵に向かって、銃剣を繰り込む。手ごたえは奇妙なまでに薄い。全くリアリティは感じられない…が、銃を通して相手の脈動と、熱い血飛沫だけが薄く感じられた。
「次ーッ、方角2時の方向!」
気丈なまでにクルックベシ伍長の声だけが、リアルと自分の繋がりを保ってくれている。
「…ま、待てッ!」
一瞬、見えた軍旗に違和感を覚え、吶喊を中止する。
「今……2時の方角に見えたのは…アトゥンの軍旗では無かった気がする……」
「分隊長、タイミングを逸したら我々は容易く全滅しちまうんですぜ!?」
まだ、夜明け前。
物事が明確に見えるには少々早すぎる。
「待てよ伍長。よく考えたら2時の方向から敵が来るのはオカシイゼ?」
デカも不審に思ったのか、様子を覗う様にゲリポルの窪みを見渡す。
軍用語で2時の方角とは北東。普通に考えたらアトゥンの火の右翼前線がこっちに全力を傾注したのかと思うが、カイセリー隊や他の部隊が抑えに行っているので、それは考えにくい。そもそも、北東にアトゥンの火の兵はそんなに厚く展開していない。だからこそ、ゲリポル高地がネックだったのだ。
だが目に映るのは、ビビりまくって失禁している新兵達の顔ばかりだ。
「…よし、残段数有る者は援護! オレが観測する!」
頷くデカとクルックベシとで呼吸を合わせ、真後ろである2時の方角に一瞬、ひょっこり顔を覗かせる。
「………っぷはあ!」
「ど、どうだったんですかい?」
「……フ、フクロウ……!!」
そう、ノラ・シアンが見たモノは紅い布地に純白のフクロウの軍旗だった。
勿論、ノラ・シアンは知らない。だが…デカは知っていた。
「そ、それって……悠久の女王の統べる…『ウスキュダル王国』の旗じゃあねえですか!!」
その時、あの移送船で吟遊詩人が語っていた、パンジール・ウルケーに並ぶもう一つの不敗の王国…ウスキュダル王国を不意に思い出した!
だが、コレが敵か味方なのか分からない。
と、その時。スピーカーから怜悧によく通る声が響いた。
『パンジール・ウルケー軍の諸君。私の名前はイシュタル・テスタロッサ…ウスキュダル王国の女王です。我等、義によってパンジール・ウルケーに助太刀します!』
み……
味方だ!!
よく考えれば、北東に居る勢力なんてはなからウスキュダル王国しかいなかったのだ。
すかさず、ドブロクがゲリポル高地にパンジール・ウルケーの軍旗を推し立てた。だが非力なドブロクのために、上手く持ち上がらない。そこで全員が支える。
この瞬間、ガルガンティンの敵勢力は敗走を始めたのだった。