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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
30/135

トゥーランドット電撃戦⑩


 「五時方向一斉正射ーッ3パァーッツ!! スグに退避して弾着後、残段数確認ンンンーッ!!」


 ゲリポル高地は今や地獄の様相を呈していた。

 ここを抑えられると敵味方、陣容が一目瞭然なのだ。

 だからこそパンジール・ウルケーは目標第一に要望していたし、アトゥンの火は最大防衛拠点としていた。

 だが、強襲揚陸艦「アララト」の無謀な突入による中央司令部の混乱と、D分隊の奇妙奇天烈な作戦によって図らずも敢え無くスグに陥落。ここまで早い陥落はおそらく誰も意図していなかったのだろう。


 だからこそ。


 だからこそお互いに間隙が生まれた。

 パンジールは増援を送れず、アトゥンは無為無策で包囲戦を敷いたのだ。

 

 そこに生ずる結果。無駄に多くの死屍累々が急ピッチで生産される事となった。

 クルックベシ伍長の戦場把握能力は素晴らしく、ジリジリと攻寄る敵兵に対しD分隊は、効果的な一撃を与え続けている。


 「分隊7名、依然意気軒昂…ですぜ!」

 息を切らしながら頭をかがめてデカ軍曹が報告に来る。

 「い~ちッ! に~ッ! さ~んッ!」

 新兵達が呼称しながら弾込めを開始している。

 「手当てが必要な者、怪我した者は直ぐに申請報告してくだせえ!」

  ドブロクのか細い声に誰も反応しない。信じられないが、誰も怪我をしていないのだ。

 「方角7時、一斉正射2ハァーッツ!! 構えーッ!」

 轟く銃声。また向こうで誰かが倒れる音がする。

 「隊長! このままではジリ貧ですぜ!! 敵が数に物言わせたら押しつぶされます!」

 また弾込めしている間に、クルックベシ伍長が至極当然な抗議を出す。

 とはいえ、自分にこの状況を打破できる権限もアイデアも無い。ひたすら守り抜くしかないのだ。だって、指令がそうなのだから。

 

 その時、敵前線を閃光と轟音が支配した。

 みれば味方の機甲戦車が敵前線を蹂躙している。

 先頭の戦車に見慣れたチョビ髭が居た。

 「いよお、英雄カーラマン! ピンチと聞いて駆け付けたぜ!」

 機甲中隊のカイセリー隊…アダム中尉だ。

 「ああ、コッチは多少の負傷者だけだ。そっちは?」

 「ウチは大忙しで、アッチコッチと引っ張りだこよ! すまねえ、このまま先に抜けるぜ!」

 …まあ、戦線が分断されているのであまりワガママも言ってられない。

 全員に暫しの休憩を言い渡し、一息入れる。水筒の水を飲もうとしたら、弾が貫通していて中身は空っぽだった。

 「やりますかい?」

 デカ軍曹の差し出した煙草を遠慮し、ドブロクへと声を掛けた。

 「…大丈夫か?」

 「ええ……ただ…………」

 「ただ…なんだ?」

 「司令部より再三、部隊旗を占領地に掲揚するようにと文句言ってますだ……」

 チッ!

 占領したら旗を揚げる事……それくらいは分かっている。

 だが今までやってこなかったのは、その旗を目印に敵が蝟集するのを恐れていたからだ。取りあえずどっちの旗も立てなければ、どっちの陣地というのも分からない。しかしこれだけの重要地点だ、もし掲揚すれば今以上に敵が押し寄せるだろう。というよりも…ここに敵を集中させて、敵の目を何か別のモノから逸らしたい……あの扇子野郎だったらそうする筈!

 確信めいた何か…を脳裏で感じ取った。とはいえ、ニッチもサッチもいかないのが現状である。

 「ヘッ、ウチの司令部は我々を客寄せパンダにしたいようですぜ、チクショーめ!」

 鼻で笑いながら、どこか面白そうにデカ軍曹が吐き捨てる。

 「…クルックベシ伍長、残段数はいくら残ってる?」

 「は、後は約5回分の斉射が可能です。その先は塹壕戦になろうかと思います!」

 「聴いたか、諸君」

 今度は全員の顔を見渡す。もう最期かも知れない。

 「4時から7時にかけて、履帯を配備しておけ。合図とともに着剣、塹壕戦に移行する!」

 そうして声を一際上げる。

 「ドブロク!」

 「ひゃ、ひゃい!」

 「お前は部隊旗を掲揚、無装備で臨め!  もし全員死ぬ時があった時は素直に投降しろ!!」

 「………」

 「返事はぁ!?」

 「……!!」

 「抗名するな、頷け、馬鹿!」

 涙で顔をグシャグシャにしたドブロクが、頷き、おもむろ部隊旗を掲げた。


 未だ、陽の光にその深紅の旗が晒されてはいない。 



   

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