トゥーランドット電撃戦⑩
「五時方向一斉正射ーッ3パァーッツ!! スグに退避して弾着後、残段数確認ンンンーッ!!」
ゲリポル高地は今や地獄の様相を呈していた。
ここを抑えられると敵味方、陣容が一目瞭然なのだ。
だからこそパンジール・ウルケーは目標第一に要望していたし、アトゥンの火は最大防衛拠点としていた。
だが、強襲揚陸艦「アララト」の無謀な突入による中央司令部の混乱と、D分隊の奇妙奇天烈な作戦によって図らずも敢え無くスグに陥落。ここまで早い陥落はおそらく誰も意図していなかったのだろう。
だからこそ。
だからこそお互いに間隙が生まれた。
パンジールは増援を送れず、アトゥンは無為無策で包囲戦を敷いたのだ。
そこに生ずる結果。無駄に多くの死屍累々が急ピッチで生産される事となった。
クルックベシ伍長の戦場把握能力は素晴らしく、ジリジリと攻寄る敵兵に対しD分隊は、効果的な一撃を与え続けている。
「分隊7名、依然意気軒昂…ですぜ!」
息を切らしながら頭をかがめてデカ軍曹が報告に来る。
「い~ちッ! に~ッ! さ~んッ!」
新兵達が呼称しながら弾込めを開始している。
「手当てが必要な者、怪我した者は直ぐに申請報告してくだせえ!」
ドブロクのか細い声に誰も反応しない。信じられないが、誰も怪我をしていないのだ。
「方角7時、一斉正射2ハァーッツ!! 構えーッ!」
轟く銃声。また向こうで誰かが倒れる音がする。
「隊長! このままではジリ貧ですぜ!! 敵が数に物言わせたら押しつぶされます!」
また弾込めしている間に、クルックベシ伍長が至極当然な抗議を出す。
とはいえ、自分にこの状況を打破できる権限もアイデアも無い。ひたすら守り抜くしかないのだ。だって、指令がそうなのだから。
その時、敵前線を閃光と轟音が支配した。
みれば味方の機甲戦車が敵前線を蹂躙している。
先頭の戦車に見慣れたチョビ髭が居た。
「いよお、英雄! ピンチと聞いて駆け付けたぜ!」
機甲中隊のカイセリー隊…アダム中尉だ。
「ああ、コッチは多少の負傷者だけだ。そっちは?」
「ウチは大忙しで、アッチコッチと引っ張りだこよ! すまねえ、このまま先に抜けるぜ!」
…まあ、戦線が分断されているのであまりワガママも言ってられない。
全員に暫しの休憩を言い渡し、一息入れる。水筒の水を飲もうとしたら、弾が貫通していて中身は空っぽだった。
「やりますかい?」
デカ軍曹の差し出した煙草を遠慮し、ドブロクへと声を掛けた。
「…大丈夫か?」
「ええ……ただ…………」
「ただ…なんだ?」
「司令部より再三、部隊旗を占領地に掲揚するようにと文句言ってますだ……」
チッ!
占領したら旗を揚げる事……それくらいは分かっている。
だが今までやってこなかったのは、その旗を目印に敵が蝟集するのを恐れていたからだ。取りあえずどっちの旗も立てなければ、どっちの陣地というのも分からない。しかしこれだけの重要地点だ、もし掲揚すれば今以上に敵が押し寄せるだろう。というよりも…ここに敵を集中させて、敵の目を何か別のモノから逸らしたい……あの扇子野郎だったらそうする筈!
確信めいた何か…を脳裏で感じ取った。とはいえ、ニッチもサッチもいかないのが現状である。
「ヘッ、ウチの司令部は我々を客寄せパンダにしたいようですぜ、チクショーめ!」
鼻で笑いながら、どこか面白そうにデカ軍曹が吐き捨てる。
「…クルックベシ伍長、残段数はいくら残ってる?」
「は、後は約5回分の斉射が可能です。その先は塹壕戦になろうかと思います!」
「聴いたか、諸君」
今度は全員の顔を見渡す。もう最期かも知れない。
「4時から7時にかけて、履帯を配備しておけ。合図とともに着剣、塹壕戦に移行する!」
そうして声を一際上げる。
「ドブロク!」
「ひゃ、ひゃい!」
「お前は部隊旗を掲揚、無装備で臨め! もし全員死ぬ時があった時は素直に投降しろ!!」
「………」
「返事はぁ!?」
「……!!」
「抗名するな、頷け、馬鹿!」
涙で顔をグシャグシャにしたドブロクが、頷き、おもむろ部隊旗を掲げた。
未だ、陽の光にその深紅の旗が晒されてはいない。