序章ー①
「そりゃあ、この星は悲惨さぁぁ。なんたって、もう何十年も昔から戦争が絶えないものなぁぁ~」
ミシミシと木造の船体が軋む中で、汚い風体のメガネ爺ぃが酒臭い息を吐いて、何やら独り言をつぶやいているのにシアンはちょっと興味を持った。鼠色のツギハギだらけな服をいつも痒そうにどっかしら掻いている蓬髪の少年…それがシアンだった。
「爺さん、何をぶつくさ言ってるんだい?」
「ほぉ、この吟遊詩人の話を聞きたいのかい?……ならば金を出しな」
シアンは大きな荷物に挟まれた空間に座って、目を瞑ったままの老婆然とした母親を見やった。長方形を横長にした様な体形の母…カッファレンギーが、瞑目したまま大きな舌打ちをする。
「……ゴメン、そんな金は無い」
「…ふん、まあいいさ。じゃあ酒のあてに呟くのを盗み聞きしてればエエ……」
その酔っ払いの爺ぃは、初めからシアンの懐など期待してなかったのだろう、おもむろに話し始めた。
「昔々、何百年も昔。地球からここ、木星の衛星『エウロパ』に無人探査機が来た時にスゴイ発見があったのさ」
「あ、それ知ってる。『飛行石』が発見されたんだよね!」
「正確に言えば‟重力の干渉に反発する物質”じゃがね……まあ、それで地球の連中は目の色変えたののさ。ソレがあれば、物流革命が起きるからね」
「物流…?」
「小僧……見た感じ、17~8歳の様じゃが、そんな事も分からんのか?」
「オレ、18だよ。学校行ってないから難しい事分かんねえけど……」
「そうか…まあ、今どき学校行ってる奴の方が珍しいじゃろうか。兎に角、大きな物や重い物にかかっていた運搬コストが格段に安くなったんじゃ。なんたって直線距離で空に浮かべて燃料無しで運べるんじゃからな」
「そういやこの船もそうだね」
「そう。だから『テラフォーミング』と言って、一攫千金狙いの連中が住めるように、星を改造したんじゃ」
「それが『大ユピタル』時代なんだね」
爺ぃがちょっと驚いたような顔をした。
「ほぉ…大ユピタル王国時代を知っておるのか。…そう、開拓団と言う名のゴロツキが大量にこの星に送られてきたんだが、その中で一人、先見の明を持っていた者がリーダーとなり、星ごと独立して‟地球と対等な商売”を始めようとしたのさ」
「“偉大なる始祖王”ザヒル・シャー1世だね!」
よく知っていたなとばかりに、爺ぃがシアンのぼさぼさに伸びた髪をワシワシと撫でた。
「でも、その頃は戦争なんてなかったんでしょう? 何で戦争が起きたの?」
「ああ。その頃はテラフォーミングも順調で、緑がこの星を覆う勢いだったんじゃが……」
船の小窓から見える、薄茶けた裸の大地を見て、シアンは信じられないとばかりに肩をすくめる。
「地球の連中が、ユピタルが生意気だという事で、裏工作して社会主義者の革命を焚きつけたのさ」
「今もユピタルの西にあるよね、JPR社会主義共和国」
「そう。そこがその時に出来た国じゃ。だが昔はてんで弱かったのでシャー王は蹴散らしていたんじゃ。だが、そんな中、王が突然死してしまうんじゃよ」
「…暗殺?」
「さあな。今となってはもう誰も真相は分からぬ。だがこれで、地方豪族の力が強くなって、中央集権から地方分権になっていくのじゃ」
「で、次の王様は?」
「シャー2世は『始祖王』程ではないが、優秀だった。東の新興国であったヴ帝国へと協力を要請し、一気に社会主義国を潰そうと考えたのじゃ。だが……」
一息付いて、酒を煽る爺ぃを急かしたかったが、気分を損ねられて途中で打ち切られるのも嫌なので、シアンはグッと息を止めて待ち構える。
「その社会主義国が暗躍して2世の弟王を誑かしたのさ。その弟王はバカだったからな、まんまと兄がヴ帝国に行った隙を突いて、クーデターを起こし、ユピタルヌス社会主義『王国』などと言う、よく分からん国にしてしまったんじゃよ」
「うわぁ…ナニソレ?」
「お主でもよく分からんじゃろ。当時だって弟王以外誰も理解できんかったわい。それに反発したのが各地の豪族達じゃった」
「それで戦争が星中で起きたんだね」
「ああ、そうじゃ。豪族達はそれぞれ『聖戦士=ムジャヒディン』と英雄視された。そして幸い、弟王の軍は弱かったので、直ぐに戦争は収束するかと思われた……」
「え、でもそれってオカシイよ、だって今でもずっと続いているのは何故?」
「弟王を地球に追い出した後、各聖戦士達は増長しだし、『我等こそが新王だ』と名乗りだしたんじゃ。そして今度は聖戦士同士で戦争を始めたのじゃよ」
「シャー2世を迎えて、今まで通りにやろうという人はいなかったの!?」
「たった一人だけおった……それが今この船が向かっているパンジール峡谷のマスーラ司令だったんじゃ」
パンジール・ウルケー(王国)のマスーラ……その名前を知らぬ者はこの星には居ない。
曰く伝説の勇者。
鬼謀に次ぐ鬼謀で、少数ながら数々の戦いに勝利し、敵からは鬼神の如く恐れられる存在だ。
だが実際に会ってみると高潔で、気取る事の無い、控えめな正確だとも聞く。
「それとシャー2世の帰還まで完全武装中立を堅持しているのが、ウスキュダル王国の女王イシュタルじゃな」
イシュタル女王は眉目秀麗ながら、その目力で男共を焼き殺すと言われている……本当にそんな事出来るのかな?
「十年以上続いたその内戦を終わらせたのは、皮肉にも社会主義国の進攻じゃった」
大ユピタルが十何年も内戦している間に、地力を付けた社会主義国が地球の後押しもあって、急速に発展し、新兵器で進攻してきたのだという。
「そこで聖戦士達がもう一度一致団結し、特にマスーラの活躍でもう十何年もの戦争を続けた結果、社会主義国側が疲弊し、根負けして撤退していったのじゃよ」
「じゃあ、今度こそは……!」
黙って首を振った爺ぃが、また酒を煽った。
「いや。聖戦士達はまたもや、自分達こそ王だと主張して戦争を続けた。ユピタルの住民がどれだけ絶望したか……小僧、分かるまい?」
「・・・・・・・・・・・」
「その絶望の揺籃の中から生まれたのが、新興宗教『アトゥンの火』じゃった」
「!」
アトゥンの火……苛烈な私刑リンチで住民を縛る、西南部に広がる恐怖の宗教国家である。オレ等も奴らから逃げてきたんだった。
「厳しいが公平性を持つ…と当時は信じられたアイツ等を、住民は歓迎し、戦争と賄賂ばかりの聖戦士達を拒否したのだが……やがてその狂気に皆、気付いたのじゃ。」
「だけど、その時にはもう後の祭り……」
「そう。今や大ユピタルの国土の95%は”アトゥンの火”の領地。残る5%は北部のパンジールとウスキュダルだけじゃからな」
船が爺ぃの自嘲に応えて、ガタガタと震えた。
「ふん…戦争、万歳じゃないか。お蔭でアタシは等こうしてオマンマ食えてるんじゃないか。シアン、そんな爺ぃの戯言にマトモに付き合うんじゃないよ!」
不機嫌そうな老婆のようなしゃがれた声が上がった。母さんだ。どうやら目を瞑ってるだけで、寝てる振りしながらちゃんと聞いていたらしい。
「でも……戦争商人なんて火事場泥棒みたいでなんだか……嫌だよ……」
「偉そうなこと言うんじゃないよ。今度のはデカそうなヤマなんだからね! パンジールと、アトゥンの火に焚きつけられたヴ帝国が戦うってうんだから、一儲け出来そうなんだ。ぼんやりしてるとひっぱたくよ!」
「ほ! お前等、戦働きで身銭稼ぐ“卑賎民”じゃったのか、どうりで!」
爺ぃが母さんを見て蔑む。だが、母さんも「へっ! 詩人だなんて言ってるけど、アンタだってキタネエ物乞いじゃねえか。卑賎民とナニが違うんだってんだ?」と舌打ちした。