トゥーランドット電撃戦⑨
「言われました通り、履帯を回収やしたぜ!」
ちょっとでも頭を出せば、トーチカから容赦ない機関銃の火が吹く中、デカ軍曹が小器用に戦車の履帯を牽きずって持ってきた。
「いったい何に使うんでさ?」
クルックベシ伍長が怪訝な顔でこっちを見つめる。辺りは真っ暗闇、一寸先は闇。だがクルックベシの口調で何となく窺い知れる。
「ふふふ、こう使うんだよ……!」
「下交長、なんか変なのが来ます!」
アトゥンの火の指揮官は「交長」と呼ばれている。
その下校長がトーチカの隙間から外を覗くと、何やら地を這う細長い存在が見える。
「……なんなんだ、アレは?」
しかし誰も答えることは出来ない。だって誰も想像が付かなかったのだから。
ジリジリとだがそれでも確実に距離を詰めてくる、細長い物体。
半リード(約90m)を切った辺りで、やっと飲み込めた。
「あ…アレは戦車の履帯じゃあないか! 敵か!? とにかく撃て!」
アトゥンの火自慢の重機関銃が唸りを上げて、鉛の弾を虚空へと一斉に放つ。
だがカンカンと小気味良い音を奏でるだけで、履帯を蹴散らす事が出来ない。それどころかアレヨアレと近づく一方だ。
「げ…下交長。正面の弾幕が効かなければ迫撃砲は如何でしょうか?」
機関銃の砲手が狼狽しながら下交長を仰ぎ見る。
「バッカヤロウ、トーチカは迫撃砲や擲弾筒から守るために作られてる簡易要塞だぞ!?」
青筋立てて下交長が怒鳴ったのも無理はない。天井も厚く͡コンクリートで蔽われているため、敵の迫撃砲が効かない代わりに、コッチも撃つ事が出来ないのは自明の理である。
そんな事すら忘れて発言するとは…こいつ、この戦争が終わったら銃殺モンだな……
だが、そんな下交長の計画は無に帰す。
突如、履帯を持ったまま、敵が駆けだしたのだ。
トーチカには何点か弱点がある。飛行機の重爆撃には流石に撃破される事などは勿論だが、根本的な弱点として足下をコンクリで遮蔽しているため、真近くに来られると重機関銃の死角に入ってしまうのだ。だから弾幕を張って近寄らせないのが鉄則なのだが……
「しまっ……!」
下交長が口走って、本能で出口に駆けだした。
だが、それよりも一瞬早く、重機関銃の砲座の隙間から黒い何かの金属が外の連中から投げ込まれた。
ドアに手を掛けていた下交長諸共、ソレ…手榴弾が爆破し、トーチカ内に蓄積していた火薬にも引火して地震を起こすほどの大爆発が起き、敢え無く中にあったモノが全て四散した。
「敵トーチカ、沈黙!」
手榴弾を投げたクルックベシ伍長が安堵の溜息を付いた。
いやっほー!と雄叫びを上げる新兵達。
「しかし、履帯を盾にして匍匐前進だなんて…考えましたな!」
デカも珍しく顔を上気させている。
「こんなにも履帯が頑丈とはな……なんか天啓めいたものが降りたんだよ」
言ってからノラ・シアンは急に恥ずかしくなったものと見え、鼻を擦った。
「それよりもコレ…小さく折りたためるし、ウチの部隊の制式採用にしようか」
課題点はある。こういう夜間浸透強襲ドクトリンには有効だが、それこそ昼間の戦闘に於いては頭上からの多次元攻撃には無効である。TPOによって使い分け出来る様にしないと。
「オヤ?」
デカが何かに躓いた。
「どうしたの?」
「いや…ロングバレルの銃が落ちてました。狙撃用ですかね?」
「ふうん…弾は入ってるのか?」
ガチャリ
「6発入ってます」
戦場の使える代物は全て戦利品だと戦時協定にある。問題は誰に支給するのが一番効果的か。
「クルックベシ伍長。新兵の中で一番射撃成績の良かったのは誰だい?」
「へえ。双子のドクズでさぁ。ですが……」
「?」
「狙撃手には何物にも動じない冷徹さが求められます。その点では兄のセキズの方が適任だと思います」
さすが、戦場の事になると頼もしい事この上ない。クルックベシの言う通り、敵から押収した狙撃銃はセキズに支給する事となった。
トーチカを陥落されたゲリポル高地はもはや無力だった。
「吶喊!」
ノラ・シアンの号令一下、分隊が踊り込むと今までの事がウソみたいに容易に手に堕ちた。元々敵兵の人数が少なかった事もある。
「ドブロク、H.Qに連絡! 『D分隊、ゲリポルを奪取せり!』」
ノラに促され、ドブロクが慌てて本部へと送信する。
「フィデル参謀、ゲリポル高地より通信!……我が軍、奪取に成功したとの事です!」
司令本部がどっと沸く。だが、扇子を開いた優男の目は未だ冷たく光っていた。
「未だだ…寧ろこれからだ。ゲリポル失陥の重要さに気付いた敵が殺到するぞ!」
さあ…英雄、その資質が本物なのか証明して見せよ。
胸中に形容出来ないドグマを抱えつつ、フィデル参謀が声にならない声で呟いた。
実はこれ、203高地の要素も入れてます。




