トゥーランドット電撃戦⑦
先程から暴風雨域に入った様で、船が揺れる。船体の揺れに慣れない奴等がそこかしこで吐瀉っている。幸い、D分隊の連中は船酔いには慣れている様なので、あの饐えた臭いを吸い込まなくて済みそうだ。
暴風雨は普段なら忌むべき状態だが、強襲揚陸作戦にはうってつけだ。相手の注意が分散されるからだ。
この日を選んだのはイカスケないあの男…“フィデル”「ソーズリュック(辞書)」。奴は天候すらも操るのか?
天気予報はこの惑星では発展しなかった。天候衛星を飛ばすことを地球連邦が許可しなかったから。その中で季候に沿った作戦を指示するとは……正に「ソーズリュック」の名に相応しい。
若しくは運を“持ってる”のか?
アララトは沿岸に低空浸透速度を採っている。だから窓を開けていると時々、海の潮が飛び込んだりさえする。
かつて、強襲揚陸作戦は簡単で単純だった。街のど真ん中に空中戦艦で乗り上げて部隊ごとパラシュート投下すれば良かったからだ。だが、ソレを防ぐために対艦ミサイルが発展し、そのミサイルをも凌駕する厚底の揚陸艦が誕生した。だが、過当競争の末に折れたのは揚陸艦の方だった。装甲が厚すぎて、ただでさえ鈍亀な船の速度が更に遅くなってしまったからだ。
歴史は繰り返す。
最近の作戦は専ら、町の近郊や防衛線の緩い場所に揚陸するという…幾世紀も前の作戦に立ち戻っていた。
ガルガンティン市街の沿岸は、長上な数百リーグに及ぶ北部海岸である。だからこそ敵軍の防衛ラインも薄い筈である。
更に言えば、今回の敵対勢力「アトゥンの火」は独立国家を名乗っているが、寄せ集めのテロ組織である。そこまで統率の取れた防衛戦を持っているとは思えなかった。
「海岸見えた! エンジン回せ!!」
掛け声に合わせて装甲機動車やタンク、それと“ファントム”と呼ばれる半人型機動車のエンジンが次々と始動し、空気がビリビリと振動するのが伝わった。
この中にきっとカイセリー隊も居るのだろう。
「チェンバー開けぇぇぇ!」
ごうんごうん…と分厚いハッチが開く。下は未だ海原。勢い余って波がザバリと突入してきた。アララトの速度は未だ落ちず。
無機質なブザーと無慈悲なる赤色灯が同時に目と耳を襲い、続いて機動車が貧相なパラシュートをひらつかせて次々とまだ海なんじゃないかと思う様な海岸へと落ちて行った。
「…先ずは機甲部隊による強襲制圧……」
作戦本部「HQ」で、虚空を見上げつつ扇子越しに呟く男が一人。
「ワン隊、シヴァス隊、カイセリー隊、いずれも定位置に配備されました。損害究めて軽微! 繰り返します……」
「一週間の即席部隊にしては、中々やる……」扇子の男がまた呟いた。
「…だが、ここからだ」
ウウウウウー!
地響きの様な恐ろしい唸り声。敵防衛戦の敵襲を報せる警報のサイレン音だ。
サーチライトが一斉に幾筋も流れる。
その動きから敵の防衛線が“ヤワ”じゃない事を物語っていた。
「き、機甲部隊はどうだ?」
窓を恐る恐るノラ・シアンが覗き込んだ。
「ちきしょーめ!」
デカのこの「ちきしょーめ」は芳しくない事を意味している。
「敵のトーチカや、防御金網がが歪に入り組んで…コイツァ骨ですぜ!」
「やらせるかよお!」
艦橋で吠えたのは、マルマラ海の悪魔、ドン・ボルゾック。
「艦首下げろ! 目指すは全面中央要塞!」
「し、しかし…それでは我が艦が、砂浜に突き刺さってしまいます!」
真っ青な顔で止めたのはデイル副官。
「うるっせえ、デイル! 海の男だったら何で勝負するんだ!?」
「……ら、ラムショット(衝角攻撃)ですが……」
愚かにもデイルは言ってからようやく気付いた。この馬鹿、要塞にラミングする気だ。
「俯角取れ! 上部全砲門開け! 」
「ド…ドン! 無茶苦茶だああ!」
しかしデイルの声は届かない。
「全砲門発射! 祭りの開催を報せてやれ!」
スピードは依然緩めず。数百トンもの爆撃にも耐えうる敵要塞は、空から突っ込んできた数万トンの塊にいとも容易く粉々になった。
続いて発射される砲弾が、辺り一面を火の海に変える。
「…な何だ今の衝撃は!?」
揚陸部隊の兵士が軒並み前方の壁にへばり付いていた。
「…さあねえ、ドン・ボルゾックの親分がやらかしたんじゃないんですかい?」
デカがたんこぶを摩りながら起き上がった。
その時、無慈悲なる赤色灯が再度光る。
「ムーヴムーヴムーヴムーヴムーヴムーヴ!!!」
ハッチ担当司令がヨタヨタしながらも、大声で怒鳴った。
「A分隊、B分隊、C分隊! 一陣を飾れ!!」
ブンブン振り回す腕に誘われるように数十人がわらわらと駆け出していく。
かふっ、ひゅうっ……
声にならない声がして、途端に数十の死体が出来上がった。
「D分隊、E分隊、F分隊! 続いて投入しろ!!」
来た。いよいよ自分達の番だ。
どくん。どくん。気持ち悪いくらい自分の心拍数が耳にこだまする。コレ絶対死ぬヤツだ………
周りのみんなも完全に委縮して唇を震わせている。あのデカですら口元が笑っているのか引きつってるのか……
「があーははははっはっはっは!」
さっきの機甲部隊のエンジン始動音よりもデカい大音声が頭上で響き渡る。
「おい、ろくでないども! 笑え! 笑って目の前の血の池に飛び込め! 足掻いて足掻いて死ね! それでも死にきれなったヤツはロクデナシだ!」
鬼の形相で顔の半分くらい口を開けて笑う男…クルックベシ伍長だった。
「こんな所でも死にきれないロクデナシは仕方ねえ……“英雄”が地獄まで導いて下さるわい! だから笑って死にに行くぞ!」
ふふっ…誰かが鼻で笑った。皆の肩の力が落ちたのか…!?
「ちげえねえ、地獄の案内、ヨロシクおなしゃーす!」
「行くぞッD分隊! 盾を深く構えろ!」
そうして転げ落ちる様に、戦場へと第一歩を踏み出した。
基本的に、ノルマンディー上陸作戦と、硫黄島上陸作戦だと思って頂けましたら理解しやすいかと思います。




