トゥーランドット電撃戦⑤
ノラ・シアン達の部隊名は「D分隊」となった。単純に突入の順番が4番目だからだ。
「すまんノウ…本当はもっと後回しにしたかったんじゃが……」
巨躯を縮こまらし、恐縮しきるのはドン・ボルゾック中将。
「いいよ、ボルゾックのおっちゃん。意外とここら辺が一番生還率が高い場所なのかもしれないし…さ」
案の定だよ、コンチクショウ。だけど本当に正直言って、どこら辺が正解なのかも分からない。だから力なく笑ったノラを不憫に思ったのか、揉み手をして地図を指し示す。
「そ、その代わり! D分隊はガルガンティンの海岸砂丘を左に進み、ココ…“ゲリポル高地”を奪取して欲しい。どうだ、海岸砂丘沿いなら敵弾を遮蔽してくれるので、比較的安全だと思うのだがなあ!?」
……いや、問題はゲリポル高地に行った後、そこを死守しないといけないという点に尽きるんだが……7人だけで守れると思ってるのか?
いやいやいや…ドンの媚び売るような顔を見てると分かる。恐らく別のポイントはもっと厳しいんだろう。これでも頑張ってくれた方なんだろう。
しかし。V作戦だの、D分隊だの、ゲリポル高地だの、耳慣れない言葉が多用されていて混乱しそうだ。
「オッチャンありがとう。武器弾薬の補充もよろしくね」
「おおう、モチのロンよ! それよりもどうだ、今夜飯でも一緒に食わねえか? お前、顔色が悪いぞ?」
それには答えず、片手をヒラヒラ振って指令室を後にする。そして小粋だと思って捨て台詞を吐いた。
「無事に生き残れたら、そん時は奢ってくれよな……」
確かに今、揃えなければならない書類や作戦会議の雨あられで睡眠不足だし、それに加えての訓練に継ぐ訓練、更に自分の給料切り崩してのこずかいや備品補給で、精神的にも余裕がない。
…いっそ、早く戦争でも始まってくれないだろうか。
ハッ!
いつしか“戦争を望みだしている自分”が心の中で大きなウェイトを占めてきているのに、自分自身が驚く。
出世欲とか、金の為とかだけでなく…生活苦の為に戦争を望むだなど…なんて下らないけど、切ねえ事実なんだ。
「…気を付けろ!」
己の拳で右の頬を殴る。今の思考で戦争に突入したら、仲間の命どころか、自分が真っ先に死ぬぞ!
生きねば。生きて戦争の不実を見極めねば。マルマラ海戦で生き残った者に与えられた課題。
日々に追われて、もう忘れる所だった。
口内に広がった血の味を感じ、まだ生きている事を実感する。もうひと踏ん張り。あとひと踏ん張り。最後まで生き残る事への足掻きを忘れちゃいけない。
作戦決行日まであと、2日。




