トゥーランドット電撃戦①
ユピタルヌス歴322年、10の月、15日。その日、ユピタル全土に激震が走った。
「ヴ王無敵艦隊壊滅!」
その衝撃は瞬く間に世界中へと広まっていった。
ある者は恐れ慄き、又ある者はフェイクニュースと笑ってまともに取り合わなかった。
何故ならその被害の示す、尋常でない数値が現実感を霧散させていたからだ。それに何よりも、あの無敵艦隊を斃したのが弱小国のパンジール・ウルケーだった事も、非現実性を増した。
だがそれでも日が経つにつれ、いや増しに入って来る追加情報によって現実味を増すと、各国の首脳陣はパンジール・ウルケーへの新たな戦略の見直しをせざるを得なくなっていった。
だが、それよりも早く。早く…或いはそれをも見越して……あの男が動いた。
「今こそ…今だからこそ、パンジール領の対岸にある最大都市『ガルガンティン』をアトゥンの火から奪い返すチャンスです!」
扇子をぱちりと閉じながら、稀代の軍師が吠えた。
フィデル・マスーラ。他国からは“ソーズリュック(生き字引)”と恐れられている参謀である。
だが、会議室の雰囲気は重苦しい。
「…フィデル。この間の戦争。奇跡的にも我々が勝てたが、もう余力が残っていないのが現状なんだよ」
場を代表して、サラーフ・マスーラ司令が口を開いた。
「いや、未だ予備戦力を残してるじゃないか」
「! アレは…防衛のために必要な火薬だぞ!」
「防衛? 何を言ってるんだね、君は」
扇子をはらりと広げ、野良犬に殴られた頬の痕を隠す参謀。まだ蒼くうっすらと残っているのが癪に障る。
「ガルガンティンを抑えれば、近隣諸国は我等パンジール・ウルケーを旗頭として、大同盟を結ぶでしょう。だから他国が侵攻するなど考える必要はないのですよ。それに大反攻の為の橋頭保としても、ガルガンティンを見逃す手は無いんです!」
「なんで言い切れるんだね?」
将軍の1人が納得いかないと口を開いた。
「我々は、大ユピタル復興のために義挙した…いわば“正義の国”であります。それに対し、アトゥンの火が起こす、残虐な暴政に人々は倦んでいます。どちらの味方をするのか、1から言わないといけないのですかね?」
「…確かに、他の国の軍閥の首領『聖戦士』達は、軍閥故に人気商売だ。人気の無い事をすれば自領が瓦解する事を弁えているであろう」
むぅ…と呟くサラーフ司令に、我が意を得たりと扇子を向ける参謀。
「次の一戦…ココにこそ我が国の興廃が決定する戦争があります!」
そしてムフフとイヤラシイ笑いを浮かべた。
「アトゥンの火側も、我々の勝利を予期してなかったらしく、ガルガンティン市の防衛は整っていない様です。つまり……準備が万全ではないのは我々だけではなく、向こうも一緒だという事なのですよ」
最後に机をバンと叩いた。そして声を涸らして振り絞る。
「戦争は常に相手を驚かした方が有利となる! 浮足立ってるのは向こうも同じ…なれば士気の高い我々が有利なのは間違いない! 勝てる戦をドブに捨てるつもりなら、何のための軍人だ!?」
この挑発に陣営は乗った。こうして持てる全勢力を総動員する大上陸作戦…秘匿名・「V作戦」、正式名称は「希望」と「血潮」を期して「トゥーランドット作戦」と名付けられた。
ヴ帝国から接収した空中揚陸艦数十隻で海岸に接近。
海岸沿いの要塞を順次破壊、並びに占拠。後発の空中戦艦隊による艦砲射撃で弾幕を張り、ガルガンティン市街を包囲し、開放を迫るという内容である。
主力空中揚陸艦隊総督はドン・ボルゾック。正式にパンジール・ウルケー麾下となって、今は中将という肩書を持つ。艦隊名は「スカルパント隊」。後発戦艦部隊はサラーフ司令直々のアナトリア近衛師団が担う。
決行は1週間後の26日深夜01時。