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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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マルマラ沖海戦ー⑫


 戦勝会場はアクサライ空軍基地。空軍基地とは言っても、だだっ広い芝生が一面を支配する、裏寂しい場所である。

 そこには歓喜の顔を浮かべるパンジール・ウルケーの兵士達。中にはもう早くも酒を呷ってる連中も居る。

 「生き残りは……タブシャン部隊の生き残りはどうした?」

 独り、戦勝ムードとは言えない…青白く、幽鬼の様な顔立ちの男が扇子越しに側近へと語りかける。

 名はフィデル・マスーラ参謀。

 勝利とは何なのか…? そんな哲学的な問いが、天才の脳裏を駆け巡っている。

 そんな腹心の参謀を、心配げに見つめる男、サラーフ・マスーラ司令も居る。

 「は、今担架で運ばれている男がソレであります!」

 見ると、担架からはみ出るほどの大男。フィデル参謀が一瞬、ホッとしたような、寂しいような顔をしたような……サラーフ司令は長年の付き合いで、それを感じ取った。

 「片足骨折で済んでおります。恐ろしいほどの強運です!」

 看護兵が感心したように、嘆息した。

 「管制名は?」

 近場の側近に尋ねる。

 「は、認識票にはデカ伍長とあります!」

 「うむ…では、一階級特進して軍曹に任命せよ」

 「ハッ!」

 


 高台がある。

 あたかも朝日が昇る時間と合わせており、夜明けの暁と共にサラーフ司令が鷹揚に高台へ上がった。

 戦いはまだこれからだ。寧ろこれからが始まりと云っても良い。

 数万の歓喜に満ちたパンジールの兵士が固唾を呑んで参謀の一声を待っている。

「あ~…諸君は素晴らしい戦いをした……しかし、コレは健気な犠牲の上に成り立っている事を忘れてはいけない」

 そう言ってからサラーフ司令がウィンクをした。

  それを見た私が扇子越しに舌打ちした。

『場に慣れろ』って? こちらも長年の付き合いで、向こうのお節介精神はよく知っている。ちょっとでも自分を表に出して、認知させようという浅はかな作戦に違いない。

 「今日こうして、我々が奇跡的な勝利を収める事が出来たのは、7人の決死隊による尊い犠牲の上になっているからである。諸君、7軍神に向かって敬礼!」

 …まあ、一人は生き残ったわけだが。美辞麗句、犠牲的献身に人々は酔うのだ。この際、その一人の生き残りくらい、後で幾らでも抹殺できる。

 その時、違和感が胸をざわつかせた。

 

 墜落し黒煙を上げ、朽ちて真っ黒になった戦闘艇が微妙に動いた気がしたのだ。

 ……いや、自分だけの違和感ではない。付近の何人かが明らかにざわつき出した。

 ややあって、戦闘艇のハッチが強引に蹴破られ、これまた真っ黒な塊が転げだした。

 それが、二人だという事が判るまでに大分時間が掛った。

 着ている服など火傷と煤で真っ黒だが、妙にギラつく眼が4つ……

 息も絶え絶えに、ズルズルとサラーフ司令の高台の真下まで歩み寄るが、全員呆気にとられて、というよりも息を吸える者がおらず、辺り一面が金縛りにあったかのようだ。

 …だが、高台に居るサラーフ司令では無く、扇子で顔を隠した私に、黒い塊がいきなり飛びついた。

 「…てめえか、よくも見殺しにしたな!」


 黒い塊の一人が、いきなり飛びかかって私の左頬を殴りつけた!


 もう……もう何が何だか…意外な事が起きすぎてその黒い塊以外、誰もがその場に凍り付いてしまった。

 「…な、なんで生きてる!?」

 我が咽喉から絞り出す様な声は何とも間抜けだった。

 「元から死んでねえ! 敵の追撃が酷くてココ、アクサライに戻った時に思いついたんだ……」

 もう一人の黒い塊が、杖代わりにしていた棒をニョッキリと出す。

 「…通信用アンテナを引きちぎってフック代わりにして、阻塞気球を引っ掛けて敵にぶつけたんだべさ!」 

 なるほど…夜明けの最後の通信消滅は、撃墜したのではなく、持てる最後の力を振り絞った結果という訳か。

 残敵を阻塞気球まで引き付け、機動力を活かし、阻塞気球に誘導するのではなく、ダイレクトアタックを敢行したした…という事か!

 

 「なんで助けに来てくれなかった!!! もう少し早く来てくれたらウチの部隊は皆…死ななくても良かったのに!」

 驚いた…泣いてやがる。なんという、純粋さ。戦場に似つかわしくない。だが……

 だからこそ、「私」が望んだ“英雄”が誕生するのかもしれない。

 胸ぐらを掴まれたまま、努めて冷静に問答を繰り広げる。

 「…仕方なかろう。司令部はいつも、数人の犠牲と数千人の犠牲を天秤にかけ、より犠牲の少ない方を選ぶ義務があるのだ」

 「大義名分の為には、少々の犠牲はやむを得ないっていうのか!?」

 「…君の名前は?」

 「…ノラ・シアン上等兵だ!」

 「…ふむ、では君ならどっちを選ぶんだね? 君の言っている事は感情論だ。それとも何かね? 犠牲無しに戦争を完全勝利しようとでも思ってるのかね? それが可能だとも?」

 「そうじゃない! そうじゃないけども…もっと他に何か、別の方法があったかもしれない…それを考えるのもトップの責任じゃないのか!」

 場の空気は完全に、2人のやり取りに固唾を呑んで聞いている。

 「…分かった。君の様な一兵卒には僭越な内容だったのかもしれない……」

 こいつをしょっ引け…と、胸ぐらを掴む力の無くなったノラ・シアンの腕を取り上げた時、息を呑んで見守っていた兵隊達からぽつぽつと、「カーラマン(英雄)だ…!」という声が聞こえたかと思うと、「海峡のカーラマン(英雄)だ!」「カーラマンだ!」

 といううねりが、地響きの様に轟き出した。

 丁度、暁が上がってきてこの高台に上がっている者全て、一心にスポットライトが上がっているようだった。なんという舞台演出…尤もこれは無二の親友である、サラーフ司令の為の選出だった筈だが……!?

 ポンポンと胸ぐらを掴んだ拳を諫める。すると、事態の重さに気付いたのか拳を緩め、軟体動物の如く舞台に、私は投げ出された。

 「…君の負けだ。彼は民衆に認められた。君も私もが望んだ形ではないが、本当のカーラマン(英雄)の誕生だ……介添えしてやりなよ」

 したり顔でサラーフ指令が頷いた。

 殴られた左頬が妙にズキズキする。

 だが、指令の言う通りだ。ここは祝福の道しか無いだろう。この先、戦っていくためにはせいぜいコイツを利用しつくしてやるがな………

 忌々しさを笑顔でまぶして、しょっ引こうとした腕を勝利者の様に高々と上げる。

 「君も、言葉の重みを知れ。命の重みも知れ。だから…3階級特進させよう!」

 「!?!?」

 「ノラ・シアン“曹長”。君はこれから6人の部隊を率いるんだ。指揮官として自分の理念を遂行して見せろ。命の重みと任務遂行の重みの天秤を君も背負うんだ!」


 カーラマン! カーラマン! カーラマン!


 辺り一面大合唱で、フィデル参謀の呪いの様な小声は、ノラ・シアンにしか聞こえて無かった。 

 

 「ふう…カッファレンギーよ、お前の息子をなんとか表舞台に上げたぞ」

 遠くで溜息をつきつつ、両腕のゴツイ隻眼の老将が呟いた。何を隠そう、この老将こそが一番初めに「カーラマン(英雄)」と声を挙げだしたのだ。

 「全く…もう、これで貸し借りは無しだからな!」

 

 「お互い、生き残っちまいましたなあ……」

 美味そうにシケモクを吸う大男。デカ伍長、いや、今はデカ軍曹か。

 「ビル上等兵が言ってた…『生き残って、この戦争の不実を見届けろ』って……自分は本当にコレで良かったんでしょうかね?」

 項垂れるノラ・シアンの背中を豪快にデカが叩く。

 「ノラさんはもう上官だ。敬語は止めて下さいよ! それに生きて不実を見届けろって言われたんでしょ? ひたすら生きて、見届けましょうや」

 ふ~、と長い紫煙を吐いた後、シケモクをネジリ潰して、今度は優しく肩を叩く。

 「今は生きている事を純粋の喜びましょうや!」

 朝日の向こうから、顔だけは洗ったドブロクが駆け寄ってくる。

 その向こうから英雄にあやかろうと多くの有象無象も駆け寄ってきた。

 今日と明日は二日酔いを覚悟しなければ…若き英雄は腹をくくった。


これはアルマダの海戦がモチーフです。

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