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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
19/135

マルマラ沖海戦ー⑪


 ユピタルヌス歴322年。10の月、14日早朝。



 ―戦闘は収着した。



 パンジール・ウルケー島の周囲に、集団自決した鯨の群れの如く、累々と横たわる軍艦の残骸。そこからなんとも嫌な臭いの黒い煙を濛々と噴き上げている。

 

 ふと気が付けば、あの妙に心に突き刺さる……いやさ、キンキンと耳障りな放送は掻き消えていた。

 今まで戦闘が信じられないほどの、神々しいまでの暁に沈黙。木星が太陽代わりになっているが、宇宙圏にある輻射パネルも効果も大きい。地球圏に住む者にとっては弱々しい日の光かもしれないが、ユピタルの人間にとって全てを凍てつかす、渺漠ぼうばくたるユピタルの闇夜に比べたら、この陽はなによりの恩恵なのだ。

 

 「敵艦隊、完全に沈黙! ヴ帝国艦隊の本隊は撤退行動を開始しています!」

 目の下にクマを作ったレーダー官が睡魔を振り払うかのように、大声を出す。

 「…勝ったのか……?」

 オチかけていたサラディナ司令が、レーダー官の声に反応して立ち上がった。

 「捕獲した敵艦、おおよそ100隻! 敵艦撃沈数……おおよそ300隻! これに対し居方の損害は飛行艇が7隻、強襲艦が5隻……これは!」

 レーダー官の声が詰まる。

 「我が軍の完全勝利です!!」

 H.Q(指令室)に歓声が沸き起こる。

 だが、扇子を手に持つフィデル参謀だけは浮かない顔をしていた。

 「何時だ……」

 「は?」

 鬼才である参謀の問いの意味が分からず、レーダー官が訊き返した。

 「あの“タブシャン”部隊の通信が途絶えたのは何時かって訊いてるのだ!」

 「は…ハハッ! だ、大体今から1時間前…スタート地点の『アクサライ基地』の近くですね」

 「…行こう。そこで戦勝の式典を祝おう!」

 サラディナ司令の声に過剰に反応するフィデル参謀。

 「…な、なんでだ!?」

 「君は“英雄”を作りたかったんだろう? 英雄ってのは死んでこそ英雄になれるのさ。釈迦に説法だったかい?」  


 無言で頷きながら、心情はどこか別の回答を欲していた。果たして、彼等は英雄と言えるものに相応しいのか?

 幾万と読んだ本の中には、奴の様な見苦しい英雄は居なかった。それは…英雄足りえるのか? 我らの進む先を照らす道標でなければいけないのに、これで良いのか?

 本は何も教えてくれない。英雄譚は数多くあれど、英雄作成に腐心した人物の物語は無いからだ。

 だが「英雄の死」は尊い。それだけでこの国はあと数年、戦える。




 英雄は死ぬべきだ。




 ―汗と泥に塗れた将兵共が歓声を挙げる。

 陽の光で黄金に満ちた大地へと足を踏み入れた。

 流石、サラディナ司令。王家の血筋に相応しい、堂々たる応答をこなしている。それに比べて私なぞ……後ろめたくて扇子で顔を隠すのが精いっぱいだ。

 だからこういう表舞台に立つのは嫌なんだ。


 その時、陣営の後ろで異変が起こった。幕僚達が慌てている。

 「何があった?」

 ややあって、取り乱した髪を撫でつけながら、制服姿の官僚が耳打ちした。


 「は。全滅したと思われた“タブシャン”部隊に生き残りが確認されました…!」

 


 英雄は死ぬべきだ……


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