マルマラ沖海戦ー⑨
今さら起きてきた激しい動悸が、操縦桿を伝って行き先がブレブレになる。どこを飛んでも、正解はいつまでも見えない。真っ暗なのと、敵の中心部なのと……!!
だって……味方は来ないし、弾はもう無い。背中にはこの星最強の艦隊が牙を剥いて襲い掛かってきている。誰だってブルっちまうだろう?
その時、耳元に怒鳴り声がした。デカ伍長の声だ。
「ノラ、落ち着け! 奴等を阻塞気球に誘い込むんだ!」
ハッ!
そうか、阻塞気球があった。空中機雷とも言われる阻塞気球へ誘導すれば、敵も追ってこないだろう。
誘導ルートから少し逸れて、出立したアクサライ基地へと舵を向ける。
すると直ぐに、見分けの付けにくい灰色の細長い丸型のモノがうっすらと見えてきた。
《気を付けろ、コッチが引っ掛かるんじゃないぞ!》
阻塞気球はレーダーに反応しづらい素材で出来ているので、当然こっちのレーダーでも判別が出来ない。だからひたすら暗い中を目を凝らし、目視で切り抜けていく。
昔々の戦闘機は500㌔とか、もっと後世になると音速を超えて倍にもなる速度を運用したらしいが、飛行石のある現在、そんな高速は必要なく、この艇も100㌔ちょっとしか速度を出してない。しかしその低速を以て、敵艦が食いついても来れるのだ。
ややあって、後部から次々と起こる爆発音。
「やったぞ、ドブロク! 敵艦が次々と引っかかってる!」
だが。
好事魔多し。
右の方を併飛行していた筈の、デカ機から火が吹いた。
「デカ伍長!?」
どうやら敵艦の爆散した飛沫が被弾したらしい。
ぎゅるぎゅると煙を上げながら渦を描いて落ちていく、デカ伍長の機体。
「うわああああ!」
ダメだとわかっていても、ドブロクをせっついてしまう。
「救難信号を! 早く本部へ! 救難信号を! デカ伍長が死んでしまう!」
「泣き喚くんじゃねえ、新兵共!」
ハッと気づいた。
さっき、コースを外れた時に逸れた筈のガマガエルこと、ベシ曹長の声がいやに鮮明に聞こえていた。
それもその筈。高速で行違った機体を一瞬、視界に捉えた。
「追ってくる敵は任せろ。お前等は誘導ルートに向かってひたすら飛ぶんだ。良いか、余計な事は考えるな……ただ、ひたすら真っ直ぐ……飛べ!」
数発の気の抜けた発射音。そして、雪崩の様な爆発音に、続く次元の違う爆音が。
「……ノラさん……ベシ先任曹長が……特攻しました」
この閃光と爆発にそぐわない、鈴の様な涼やかな声。驚いて、後ろを振り向くと涙と鼻水とゲロでグチャグチャになった、ドブロクの顔が何ともやりきれない顔をしていた。
「ドブロク……お前…喋れるように……!?」