マルマラ沖海戦ー⑧
天地無用。
陰陽進退。
回転木馬。
離散習合。
…前後不覚。
キリモミ状態で、生きてるのか死んでるのかもよく分からない。
猛スピードで艦隊間を駆け抜けなければ、すんなり撃墜されてしまう。とは言え…真っ暗闇の中、見慣れぬ敵艦沿いに、すれすれで飛ぶというのはかなり無茶な要求だ。
「敵、アガサ・クリスティ級弩級戦艦には手を出すな! それよりもジョン・ディクスン・カー級巡洋艦を叩くんだ! ピエール・ヴェリィ級クルーザーと、それとダフネ・デュ・モーリア級駆逐艦も! コイツ等を叩けば追いかけてこないぞ!」
無線の向こうでガマガエルががなっているが、一体何処に何が居るのか分からず、見当違いにメクラ滅法で電磁加速砲を連射しまくる。それでも敵は辺りそこら中、全部である。面白いように的中してそこかしこで火が上がった。
かひゅうんかひゅうん……と気の抜けた音がして、弾が自動装てんされる音のみ、盛大に機内に木霊していていた。
「“飛行石”は、別に『反重力物質』ではない。重力に反作用しているだけだ。だから重力が弱まればその力も弱まる。その他にも、当然重たい物に関してはそれなりに大きな飛行石を必要とする。大きくなればそれなりに敵に狙われやすくなるので、装甲を厚くする必要が出てくる。それに見合った兵装も。そうするともっと大きな石が必要になり、結局、各国ごとに落とし所を見つけなければならなかった……」
目が回って錯乱したのか、ドルト一等兵の問わず語りが滔々と通信機の向こうから、念仏の様に聞こえてくる。
「…だから、高度も自ずと自然に定まって来た。艦船は地上攻撃に特化するため、必然的に艦底部分へと装甲が集中する。だから甲板上部が弱点でもある。そこで敵艦よりも高度を採る対艦攻撃艦が誕生した。しかしそれは飛行石を多く積む事が大前提になり、同時にスリム化も求められた艦でなければならなかった。高い技術力を要した国でなければ、開発は出来なかったのだ……」
《おい、いい加減黙れ! ビン底メガネ!》
デカ伍長の罵声がイヤホンから突き抜けた。通信機越しで全員の罵声を共有してるんだからたまったもんじゃない。
「幸い、ヴ帝国艦隊は我々、パンジール・ウルケーにマトモな戦力など無いと踏んで、高々度攻撃艦のヴァン・ダイン級を配備して来なかった。だから我々は上から狙われることも無い……我々は今、無双状態にあ……!」
急に雑音。
「お…おい。嘘だろドルト一等兵!? 通信機が故障したのか!?」
ノラ・シアンが辺りを見渡すと、敵艦付近で盛大な花火が一つ上がっているのが見えた。
ノラ達の攻撃艇が放つ徹甲弾は、徹甲弾と言えば聞こえは良いが、要は単なる鉄球だ。だが、これを敵艦に打ち込むと敵艦を貫通させるほどの効力は無い。その代り、敵艦の外部装甲に跳ね返され、敵艦内部を無軌道に破壊しつくすのだ。
速攻の破壊力は無いが言葉通り、ボディブローとして敵艦の体力を奪っていく。つまり何が言いたいのかと言うと、敵艦の外で盛大な火花が上がる事はない。よほど当たり所が良くて、敵艦火薬庫に引火した場合は別だが、それでも外に火柱は上がらない。
…つまり。あの火柱は……ドルト一等兵である。
「くそっくそっ! 拙者が仇をとるでござる!」
急反転した一隻の艇が、火柱の上がった敵艦へと突進する。
と言うよりも、もはや辺り一面黒煙と敵味方の放つ砲火で視界も定かではない。レーダーなんて360度敵を知らせる警報音でピーピー五月蠅いだけだ。レーダーに注意されなくたって、そんな事は百も承知だっての。
「デカ伍長…今、ウチュ上等兵が…!」
「他人の心配するよりも、自分の事に集中しろ、バヵ!」
確かにデカ伍長の言う通り。視界の悪さと、爆音と無茶苦茶な操縦で、平衡感覚が全く分からなくなった。下手すると、もう死んでるのかも……という感覚すらよぎる。
カチカチカチカチ……気がつけばトリガーを連打しているのに、弾が発射されない。
「……ああ。弾切れか」
自分の独り言で、やっとのこと残段数0を自分が認識した。
「やべえ、味方基地から退避ビーコンが出てる……各機、めいめいにビーコン地点まで撤退せよ!」
ガマガエルの声が響き、ボンヤリとしていた自分に喝を入れ直し、機首をビーコン地点まで回頭した。その時。
「ヤバいでござる! 敵、エラリィ・クイーン級高速コルベット艦隊が此方に向かって突っ込んで来るぞ! 逃げろ!!」
死んだと思ったウチュ上等兵が生きてることに歓ぶのも束の間、その口から恐ろしい宣告がなされた。
エラリィ・クイーン級。ヴ帝国艦隊の戦法を務める最新鋭艦である。高速機動と上下関係ない厚い装甲。
ミサイルすら装備している、帝国艦隊の露払いで死の道先案内人と呼ばれ、恐れられている存在である。この星で知らぬ者などいない。帝国が本気を出してきたのだ。
ノラの背中の毛が逆立った。
「し、死んじゃう……!」
呟いて、また背筋が凍ったので、慌てて後ろに居るドブロクへと振り向いた。
「ド、ドブロク…、SOSを……!」
叫んで気付いた。
ドブロクはとっくにSOSボタンを泣きながら連打していた。
そんな……増援は来ない!?