マルマラ沖海戦ー⑦
殆ど真っ暗闇の中、管制官の手に持つ管制灯を頼りに離陸準備を行う。
はじめの1時間に簡単なレクチャーを受けて、操縦方法は習った。そもそも簡素なコクピットで、煩雑な操作は何もない。
ガマガエル達は「最新鋭だからスマートだ」なんて浮かれていたが、このコクピットは……スマートというより急ごしらえだなけなんじゃ……?
半重力物質……「飛行石」を擦り合わす作用で機体が奇妙なまでにフワリと浮く。
「………?」
ドブロクが、空中に林立して浮かぶ黒い影を訝し気に指差しているので、得意になって教えてやる。
「ああ、アレは“阻塞気球”さ。空中戦艦が侵入してきたら、仕掛けてある爆雷に当たって敵を撃破するためのモノさ」
阻塞気球。そのまま名前の通り、気球である。視野を阻め、敵の進路を制限させ、尚且つ空中の地雷でもある。
とは言え…と、心の中で呟く。阻塞気球は存在がバレてしまうと、その前に敵艦の一掃射で敢え無く散ってしまうし、レーダーに見つかりにくくするため紙で作られている場合が多いため、強風にも弱い。
だったらその爆薬に使っている火薬を、前線に回してくれよと言いたい。
高度が十分とれた中で、おもむろにジェットエンジンを点火する。自分を除いた6つの排出光が見えた。逆を言えばそれだけだ。 生憎の天気で満天の星々や他の衛星が見えない。
「…オレ等だけなのか!?」
今さらのように驚くデカ伍長。
「アクサライ基地から出撃したのはオレ等だけって話だろう。集合地点まで行けば、もっと味方がいるって事だろうさ」
…そうか。自分達が出撃したあの基地名は『アクサライ』っていうのか。なにしろ、こちとらパンジール・ウルケーに来てから未だ幾日も経っていない。細かい地名なんか分かりもしない。
それにしても…と、ノラ・シアンはひとりごちる。
僚機が居るだなんて話してたかな? デカ伍長があの扇子男に訊いたのかね?
《あー…ヘッドクォーター。全機聞こえるかな?》
音質は悪いが、間違いなくこの気だるげな声は扇子男だ。
《集合地点は各機ナビへトレースしておいた。直ちにそこへ向かいたまえ》
訊きたい事はあるが、通信機はドブロク側に在ってノラには操作できない。
《任せて下せえ、やっちゃりますわ!》
ガマガエルの声が通信機越しに劈く。
そのガマガエルのリーダー機が加速したので、慌てて皆、それに続く。
「…なんだコレは……」
一足先に集合地点に到着したガマガエルの声が、絶句している。
遅れて参着する各機が見たモノ…それは僚機ではなく、さんざめく山々、民族大移動かの如き敵艦隊のど真ん中だった。
数時間前、銃口に怯えながら海を這うように逃げてきた記憶が甦る。
恐怖と、悔しさ。
《くっそー、オレ等が先にやってやらあ!》
デカ伍長機が急加速して砲撃を開始した。
かひゅううううん……と、なんとも気の抜けた音が闇夜に鳴り渡る。それが加速電磁砲の発射音だと分かるのにチョット時間を要してしまった。
だが、効果はてきめん。
超加速された弾丸が敵艦を突き抜けて、動力部を破壊したのか、煙を上げながらゆっくりと沈んでいく。
《よっしゃ、おれ達も!》
各機の銃口が火を噴く。遅ればせながら、ノラ・シアンも砲撃を開始した。
未だ敵はこちらの夜襲に適応できてないのか、面白い様に当たる。
そして大なり小なり爆散したり、重力に抗えずゆっくり下の海へと還っていく。
その時。
赫々(かくかく)とサーチライトが灯された。光の線が継いで何本も交錯する。そして、走査した光の渦が遂に我々戦闘艦群の正体を捉えた。
「ヤバい、敵の反撃が来るぞ!」
急旋回をして光から隠れようとする、ノラ・シアン機。
と、その後ろで爆発音が轟いた。確か、すぐ後ろにはビル上等兵の機体があった筈……
「ノラ・シアン、生きろ」
「は?」
「生きて、この戦争の不実を見届けるんだ……!」
耳越しのイヤホンから聞こえてきビル上等兵とのやりとり、リアル(現実)なのか戦場でのパニックが生み出した幻聴なのか、未だにどっちか分からない。だから確認のためにビル上等兵の機体があった方へ視線を向けた。
…だが、そこにはもうなにも居なかった。
「ウソだろ……?」
先程の恐怖がまた競りあがって来た。だがそんな事はお構いなしに敵艦隊は狂った様に砲撃を開始している。まるで昔図鑑で見たハリセンボンの様だ。
近付く事すら不可能に見えてくる。
「ノラ・シアン、なにボッとしてる! 敵艦同士の間を潜り抜けるんだ。同士討ちになるから攻撃してこない!」
デカ伍長の声が瞳の焦点を元に戻させた。このままでは良い的でしかない。そうだ、ビル上等兵の敵を討たねば。