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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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マルマラ沖海戦ー⑥


「なに? 一部隊だけアンカラ島から逃げ戻った部隊が居るだと?」

 パチンと顔を覆っていた扇子を閉じて、フィデル司令が振り向いた。

 伝令兵は短く肯定の返事をする。

 「ふむ。この部隊のデータを見れば、概ね卑賎民で構成された者達の様であるな……」

 「ハッ!」

 「ふぅむ……都合が良い。後腐れも無い……」

 何故かニヤリと嗤う、フィデル・マスーラ参謀。

 「彼等を“タブシャン”部隊に任命するとしよう!」


 「も、もうワタクシ…こんなおっかねえ思いするのは嫌だ…!」

 オンボロの帆船を巧みに操り、闇夜の海を走破している間、ずっと制空権は帝国に握られっぱなしだった。向こうも弾が惜しかったと見えて、一発も放っては来なかったが、常に砲門が此方を捉えたままで、生きた心地はしなかった。

 なんとか本島に辿り着いた後、付近の詰め所に押し込められ、夜露と汐に濡れた体をカサカサのタオルで拭っていた時のことだった、ドルト一等兵がずり落ちるメガネもそのままに叫んだのは。

 「オイオイ、ドルト。なに臆病風に吹かれてんだよぉぉぉ?」

 凄みを増した顔のガマガエルがドルト一等兵の首に腕を回した。

 「わ、ワタクシには家で待ってる女房子供も、い、いるんです!」

 きっと今までこうしてガマガエルが脅し、ドルト一等兵を屈服させてきたのだろう。だが、生存本能という爆発作用が今日のドルト一等兵を別人に仕立て上げた訳だ。

 「も、元々…! わ、ワタクシは君等と違って卑賎民じゃない! 公証役人だったんだ。それを半ば無理やり…ら、拉致するかのように コ、ココに連れてきたんじゃないか!」

 多少は後ろめたい気持ちが幾らか残っているのか、デカ伍長がそっぽを向き、ベシ先任曹長も首に掛けていた腕を解いた。

 「嗚呼…今月は我が息子の誕生日なんだ。こんな恐ろしい所からさっさと逃げ出して息子に誕生日プレゼントを渡してやりたいんだ…!」

 叫ぶだけ叫ぶと、今度は悲壮な鳴き声で床に突っ伏してしまった。

 「オレも故郷に可愛い彼女が待ってるんだ。そうだよな…ぐずぐずしてないで、さっさと結婚を申し込めばよかったぜ……」

 見れば、イキ一等兵も壁に向かって何やら呟いている。

 コレは……ドルト一等兵の影響を受けて、隊全体の気持ちが落ち込んでいる。

 こんな時…どうすればいいんだ? 頼りになりそうなデカ伍長は虚空を一点に見つめている。彼なりにベシ先任曹長へ責任を押し付けているのだろう。

 そのガマガエルは自棄になってイェニ・ラクを呷っている。

 地獄か!


 「君等の『敵前逃亡罪』は償われる!」


 突如現れた人間に対し、全員が知覚過敏の歯に冷水が触れたかの様に跳ね上がった。

 「おめでとう、君等は栄えある特殊部隊に選出された! 付いて来たまえ!」

 扇子を持つ、ナヨナヨした青年将校の周りを4人の衛兵が囲んで通路を先行する。コイツ……この間あったヤツか?

 言われるがまま、あまりに突如の事で思考を奪われて追従する我々、高射砲部隊の面々。

 やがて大きな格納庫に先導される。

 スポットライトに映し出されたのは、何とも奇妙な、長方形の物体。

 前方に縦二門の砲台を備えられて、後ろに申し訳程度の尾翼が付いている。何よりも奇異に感じたのが後方にジェットノズルがある事。

 「コレは……ジェット推進!?」

 ビル上等兵が呻くように呟いた。

 「そうだ。現段階で時速80リーグ(約140㌔)を5秒以内に加速出来る、謂わば“贅沢な”造りである」

 扇子の男は、さも自分の手柄が如く話をする。

 「コレで敵艦隊を攪乱、殲滅しつつ我等が手中に誘き寄せるのが諸君の使命である!」

 間髪入れず、扇子男が甘い声を出す。

 「コレが終われば諸君の望むまま、退官しようと昇級しようと望みのままにすることを約束しよう…!」

 「兵装は?」

 デカ伍長が言葉少なに重要な質問をする。

 「最新鋭の電磁加速砲を以て、大切な火薬を使う事無く、搭載した砲弾を余すことなく撃ち尽くすまで戦闘が可能である! その数、なんと25発!」

 戦闘艦と言うのは昔からあった。謂わば戦闘機と爆撃機を掛け合わせたものか。

 兎に角、空中戦艦を自領に侵入させればその攻撃能力はとても計り知れない。

 なので、一時的に推進力の高い戦闘艦で迎撃するのである。しかし、推力を多く必要とする=エネルギー問題に直結し、数が多く出せない、推力の低い=攻撃能力の低い戦闘艦になっているのが、この世界の現状であった。

 しかし、毎時140㌔というのは、この世界ではとても早い部類に属する。それも、通常10発程度しかない徹甲弾を25発も予備に持っているというのは、正しくこれこそパンジール・ウルケーの秘密兵器と言うのにふさわしいかもしれない。

 「…で、用意された艦船数は?」

 「7隻!」

 …ん?

 7隻×25発は175発。1000隻以上もあるヴ帝国艦隊にその数だけでどう太刀打ちできるのか?

 ノラシアンは商家出身なため、脳内で算盤を瞬時に弾けた。しかし、他の者はそうでもなかった様子で「やったるぞおおお!」「撃っ殺してやるうう!!」

 …等と、目が血走っている。さっきのテンションが落ち込んだ時から、この流れるような誘導的な万能感。危険すぎる!

 …しかし。 

 「任せて下せえ! 我が部隊が見事先陣を飾ってご覧に入れましょう!」

 鼻息荒くガマガエルが安請け合いしてしまった。

 「うむ、頼もしいぞ。攻撃ポイントには友軍機も“増援”として来るから心配しないでいい。誘導ルートは全て無線誘導するので、誰か一人、通信兵として同乗する様に」

 「ノラぁ! おめえ、新兵同士なんだ。ソイツの面倒を最後までみてやんな!」

 ガマガエルの声が響き渡る。

 「諸君、もう時間が無い。直ちに出撃せよ!」

 「うおおおお、やったらあああ!」

 「こんちきしょおおお、ぶっつぶしてやんぜぇぇぇ!」

 テンションがやたら高くなった同輩達を見て、妙に背筋が寒くなるノラ。だが、怯えて袖をつかむドブロクを見て、変に大人ぶった対応をしてしまった。

 「大丈夫だ、お前をこの戦争で死なせたりなんかしないよ…!」 


  これも、皆のテンションに左右されての事か。

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