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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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第二次聖都攻略戦(カルメン作戦)2ー⑥


 「ユルドゥス…君は戦争が終わったらどう生きたい?」

 ノラがふと、いつも隊員の皆に訊いている質問を投げかけた。最近じゃイェディが面白がって、真似して新参の兵士に訊いて回ってるとも聞いている。

 「は…え? 今そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! それに前に訊いたじゃない!?」

 「いや、今だからこそ聞いておきたい」

 真っ暗ながらいつになく真剣なノラの声に、ユルドゥスも何かを感じたようだ。

 「……想像も出来ないわ。きっとその頃にはどこかで野垂れ死にしてる事は間違いないけど」

 不意に木霊する笑い声。

 「フフフ…そういうと思ってた」

 ノラの反応に些かムッとするユルドゥス。まあ、こんな真面目に答えたものを茶化されたら誰だって好い気はしないだろう。

 「なら訊くな!」

 「いいや。そういう自暴自棄になってる奴を見過ごすのが嫌なんだ。いいか、ユルドゥス…君の将来は俺と結婚して幸せな家庭を築け!」

 「は!?」

 まさに急転直下。そこに居た誰もがゲシュタルト崩壊を起こして、言語を認識できなくなってしまっていた。

 「はい!?」

 まあ、そんな返答が関の山だろう。

 「チキショーメ、やりやがった!」

 ギヒヒと独りだけ、デカが呵々大笑して口笛を吹いた。

 それを制して、できうる限り静かに応えるノラ。

 これは思い付きではない。人とのつながりは難しく、ましてや相手はペシュメルガだ。背負っているものもひとしおだろう。でも、だからこそ。使命感? いや違う、共感だろうか。恋愛感情? この戦場の真っただ中で?

 昔、ギリシャの偉い人が言っていたと聞いた。『神様は人間を完璧に作ってしまい、そのポテンシャルを恐れて二つに割った。だから人間は失った片割れを求めて出会いを求める。そして見つかった相手は”ベターハーフ”なのだ』という。それが一番近い気がする。

 「今は無理でも一日一日を穏やかに生きて、幸せを実感できるようにしてやる。そして勿論、今からの投降でも君達だけは渡すつもりもない!」

 「……!?」

 意外にまじめな告白だったので、ユルドゥスもどうしていいのか分からず、ただ固まったままの様だ。

 「マジか、投降するのか?!」

 メフメドの吠える様な怒号にウンと頷くノラ。気配は伝わったようで、ゴクリとつばを飲み込む咽喉の音が妙に生々しい。

 「交渉は上手くいかないだろうが、出来るだけ一分一秒でも希望を繋げてみる…だから、自暴自棄になるな!」

 元より、この勝負は初めからノラ・シアンが勝っているんだ。そう言い聞かせて、まばゆい光指す、地上へのハッチを開いた。



 「…兄さん!?」

 第一声がそれだった。明るさに慣れず、眼をしば立たせてやっと見えた者にノラ・シアンは驚愕した。だが、向こうにとっても十分驚愕だったと見えて、ややあってノラ・マーヴィが答える。 

 「…いよぅ、兄弟。まさかお前が指揮官だったとはなあ……」

 チャンスだ。使えるものは何でも使おう。藁よりも頼りないものと知っていても。

 「兄さん…兄弟のよしみだ、武装解除するし俺の命もくれてやる。だから部下の命だけは助けてやってくれ」

 心底可笑しそうに笑いだすマーヴィ。

 「クックック…殊勝なこと言うじゃないか。ふん…なんでそんな約束守る必要がある? 前に言っただろ? 次合うときは容赦しないってな」

 未だだ。藁は千切れていない、そう確信するシアン。

 「…昔の優しかった兄さんは居なくなったのか? アトゥンの火がそうさせたのか!?」

 案の定、今までの鉄面皮から少し表情を戸惑わせるマーヴィを見て、シアンは勝機を見出した。

 「な、なに言ってるんだ…俺は元々こういう性格だったさ!」

 「いや…昔の兄さんはもっと優しさを持っていた、ゲームだって教えてくれたじゃないか」

 「…そうまで言うのなら、それは貧困が原因だな」

 「?」

 意外な答えに今度怯ひるむのは、シアンの方だ。或いは、ノラ・シアンにも心の奥底で共感する何かがあったためか。

 「そうだろ? 俺らは来る日も来る日も戦場の片隅で追い剥ぎまがいの仕事で、空にも困る毎日…そして酷い差別の毎日だったろ?」

 無言は肯定と受け取り、ノラ・マーヴィが滔々(とうとう)と続ける。

 「俺は学んだね。この最下層から抜け出すには人の何倍も努力して、そしてチャンスは見逃さず、どんなものでも掴むとね! その成果がコレさ! 何が悪い!!」

 …これはチャンスだ。あの末っ子で純真無垢なシアンを屈服させるのは今だ!

 「お前はまだ小さかったから知らなかっただろうが、人間はこんなにも他者を虐げる事が出来るのかというくらい、残酷に俺等を扱ったね。だから復讐さ。やられたらやり返す、今度は俺が、差別しまくった高慢ちき共をぶっ殺しまくってやるのさ!」

 声高に叫んだ後、シアンが澄んだ目でこっちを見つめていることに気づいた。…おい、なんだその目は!?

 「…兄さん、それを為して、兄さんに何が残るのさ?」

 カッとした。お前はどんだけ高みに立ってるつもりだ? お前は卑しい、オレの! 弟なんだぞ!!

 「今まで俺らを見下してたやつらを殺すのは気持ちいいじゃねえか! 分かるか? 他者を虐げるって事はとても楽しくて、愉悦なんだよ!」

 「そんなの間違ってるよ……」

 フッと不意に笑うマーヴィ。不意に昔のことを思い出したからだ。

 「…そういやシアン。お前はチェスのゲームをしてても、いつも勝手なルールを作ってこっちを翻弄しまくったな。途中で将棋の駒を持ち出したり、盤をつなぎ合わせたり……お前も虐げてやろうか?」

 コイツはいつだって、自分が勝てないと妙な屁理屈を持ち出して、勝負を無効化しようとする。これもそれに違いない、ふざけるな、いつだって勝者は俺だ!

 「でも、それでもいつも勝ったのは兄さんじゃないか」

 「そうさ、そして今回も俺の勝ちだ!」

 今度こその完全な勝機! コイツを屈服させ、オレの未来は確定する!

 だが、そんなマーヴィをどこまでも醒めたままの瞳で見据えるシアンに対し、一抹の不安を覚えた。

 「…どうかな? マーヴィ兄さん、現実ではチェス盤に将棋の駒を持ち込めた奴が勝てるんだよ?」

 急に動悸が早くなる。いや…まさか…何か地響きがする。きのせいだ。そうであってくれ!

 「…お前、まさか……」

 認めない! 認めたくない! そんなバカなことってあるか!?

 「ゲームオーバーさ、兄貴・・。チェスには時間制限だってあるんだ」


 ドドド…と地響きあげて通信塔に向かってくるのは、数万からなる聖都のパルチザン。先頭にはオスマン・ヌーリとシヴァス隊、そしてその隊長キュベレイの姿であった。

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