第二次聖都攻略戦(カルメン作戦)2-⑤
「クソ…もう2日も経ってるのに……何がマズイんだ!」
思わず声を荒げたのはノラ・マーヴィ。そう、裏口からの突入は功を奏した。だが、敵は更に地下へと潜ってしまい、反撃も厳しいため攻めあぐねているのだ。
「テクニカル部隊は一体どうした! なぜ連絡が付かない!!」
苛立って新たに任命した副官へと八つ当たりで怒鳴り散らした。
哀れ、若い新任副官は泣きそうな顔で抗弁する。
「あああ…あの、あの、テクニカル部隊に連絡を取ってはいるのですが…応答がなく……」
「フン、だから何でだ!」
「あの、あの……」
副官も、まさかのマーヴィですら、テクニカルが壊滅したとは露にも予想していない。当然だ、そんなことある筈ないのだから。だからいつもここで思考が途切れてしまう。
実はテクニカルに爆弾やランチャー等の重火器が搭載されていたのだ。今ここで通信塔を包囲している歩兵部隊には、軽火器しか装備されていない。
「仕方ない……C兵器を用意しろ」
「はい…あの……”C”とは一体?」
「勉強不足だな。ケミカル…そう毒ガス兵器を用いるから準備せよと言ってるのだ」
「は、はひぃ!? あ、あの……毒ガス兵器は非人道的では!?」
「…この施設をなるべく無傷で開放しなければならないのだ。二度も言わせるなよ?」
「は、はひぃー!」
悲鳴にも近い敬礼をかまして、副官は指揮所から駆け出して行った。
だがマーヴィは知ってる、C兵器もテクニカルに積んだままだという事を。凄いラッキーでもない限り、そこら辺に置いてある筈もない。
ただ言ってみれば、棚からぼた餅、万が一、よしんば…言霊に寄せて不意に出てこないかなと仄かに思ったからだ。それくらい状況はひっ迫している。
「あああ…あの……毒ガス兵器は……」
「フン、無いんだろう?…分かった」
「!?」
てっきり怒鳴られるかと思って身構えた副官は、マーヴィの素っ気ない態度に逆に怯える。
「もういい。外部から中へのインフラを全て止めろ!」
「…え、あ。はい!」
「……出てこないなら燻り出すまでだ……」
そう独り言ち、マーヴィはつまらなそうに端を吐いた。
ばつん!
「マズい…電気と水道が止められましたぜ。チキショーメ!」
真っ暗になった部屋の中で、真っ先にデカの声が響いた。
「まあ、そう来るよな……」
ノラは気構えしていたようで、意外と声が落ち着いている。実はこれを待っていた部分もある。
「た、隊長…大丈夫なんでしょうか?」
寧ろ怯えた素振りを見せたのは、ユルドゥス達シヴァス隊の面々。暗闇には慣れていない様だ。
「心配すんな。水の貯えもある。それに暗闇になった事で逆に敵も侵入しずらくなったってこった!」
ガハハッとメフメドが豪快に代弁してくれたが、シヴァス隊の面々の緊張がほぐれたとは言い難い、沈黙が全てを表していた。
そんなシーンとした空気を不意に、ザリザリとしたスピーカー音が切り裂いた。
<あ~あ~…こちらはアトゥンの火の司令官だ。これから数時間後にそちらへ水を投入して、水没させる作戦に移る>
「…くそ、そう来たか!」
水没させられたら全員溺死は必定、さすがのノラも歯軋りを鳴らす。
勿論、水浸しになったこの通信塔は役には立たない。そういった意味では、大局を見ればこちらの任務は遂行したと言える。だが、シヴァス隊を殺したとなればキュベレイ隊長に申し訳が立たない。
<だが、私は慈悲深い。今から1時間待ってやる。その間に投降するというのなら、命は助けてやる>
フフンと鼻で笑うのが目に見える様な、イヤらしい性格の敵だなあ…とノラは思った。
「隊長、ここは投降しましょう!」
横からズイと顔を近づけて進言した者が居た。ユルドゥスだった。
「…いや、命の保証が出来ない。向こうが必ず約束守るとは言い切れないぞ」
「でも、このままでは全員確実に死にますよ!」
「それよりも君達、シヴァス隊なら分かってるだろう? 投降した女性兵士が戦場でどうなるか…嫌というほど見て来た筈だ」
ノラの懸念はそこにある。特にユルドゥスはそんな地獄から生還してきたから、理解している…そう思った。
「……イザとなれば、敵のチンコ噛み切って道連れにしてやります!」
だが、ユルドゥスの反応は想像を裏切った。
「分かってるのか? 君だけじゃない、ペシャンベやチャーシャンバー、グェンにサリ、チュマも同じ目に遭う可能性があるという事だぞ!?」
特にペシャンベとチャーシャンバー、サリは若いというよりも幼い。12歳にも満たしてないと思う。そんな彼女達をそんな目に遭わせる訳にはいかない。
「…隊長、それが戦争ってもんでしょう。それに少しでも生き残れる可能性に賭ける…私の言ってることに間違いありますか?」
真っ暗で見えないけど、怒りの眦で詰め寄るユルドゥスが想像出来た。
確かにユルドゥスの言ってる事も正しい。
だが、あと数時間持ちこたえたら逆転の可能性もある。しかしそれを今云う訳にもいかない。無駄に変な希望を与えても、間違えた時の落胆が半端ないからだ……ノラは進退窮まって、無言を貫くしか出来なかった。
<おーい、そろそろ1時間経つぞ~。どうするんだ?>
敵の指揮官の声が奇妙なまでに牧歌的に響く。ノラはふと、どこかで聞いた声だなと、韜晦しつつそんな事を思っていた。




