第二次聖都攻略戦(カルメン作戦)⑦
同時刻、先行部隊集合地点から2リーグも東にある、名も無き渓谷。
RPGで横っ腹に穴を開けられて、噴煙を上げながら息絶えた老朽艦の姿がそこにあった。
「フン……悪天候に紛れての浸透強襲…こんな作戦が出来ると思われるほど我等は見くびられているのか、北部同盟に」
コートの裾を裁きながらキビキビ歩く姿、アトゥンの火の将校である。恐らく個々の守備部隊の隊長であろう…と、後ろ手に縛られながらサフランボル隊の隊長、アフメッディ・ムワントロス大佐は思った。
顔の半分をスカーフで覆っているので、何者かはよく分からない。
「ブリザードが一瞬止んだ隙があったとはいえ、どうして我々の部隊の動きを察知出来たのだ!?」
ムワントロス大佐が眼光鋭く睨む。
「フン、貴様等がスパイを使っている様に、我々にも内通者が居るのだよ」
実に冷たい目で睨み返すアトゥンの火の隊長。
ムワントロスの後ろでは墜落のショックにもめげず、何とか生きていて外へ這い出たサフランボル隊の兵士を、アトゥンの火の兵達が一網打尽に縛り上げている。
「ノラ・マーヴィ隊長。コイツ等は捕虜として連行しますか?」
隊長の横で副官が訊ねた。そう、コイツの名前はノラ・マーヴィ上校。以前よりも出世している。
「…いや、ちょっと待て」
そうして副官を押し留めると、アフメッディ・ムワントロスをまじまじと観察しだした。
「フン……一部隊だけで我が前線の後方攪乱工作出来るとはさすがに思っても居まい。それにそんな重武装もされてないようだ……」
今度は顎に拳を当て、クマの様にウロウロと歩き回り出した。
「ここ連日の高高度偵察……アレはこの艦ではない。何故毎日、偵察していたのか…我々を馴染ませるため…何のために……先行部隊?」
そうしてハッと気づくノラ・マーヴィ。
「もう第一陣が来ているな! そしてコイツ等は第二陣だった…何をするためか? ……聖都レジスタンスとの共闘か!? マズいぞ!!」
そうしてもう一度アフメッディ・ムワントロスの顔をまじまじと見る。
この極寒なのにムワントロスは額にうっすら汗をかいていた。目も若干泳いでいる。それを見て、マーヴィは確信する。
「フン…副官、もういい。コイツ等は転進移動の邪魔だ、全員射殺せよ」
「た、隊長!? 捕虜の殺害は条約違反になるのでは!?」
「フン、構わん。そもそも墜落の時点で全滅していた……そうだろ?」
マーヴィにこれ以上逆らうと、自分が粛清される…副官は良く知っていた。
兵に号令を掛けて、縛って座らされたサフランボル隊を後ろから順次射殺していく。
「お前らの狂った行いに報いが来るように!!」
最後に残ったアフメッディ・ムワントロス大佐がそう吠えた後、無慈悲な銃声が追随して、彼を冥界へと送った。
「敵部隊、片付け終了しました。サフランボル隊、全320名との事です」
副官が蒼い顔をして報告するのを「フン」と鼻を鳴らして聞き流すと、部下たちに告げる。
「我等はこれより、卑怯にも闇夜に紛れ忍び込んだコウモリ野郎共を掃討するため、聖都に転進する! …野郎共、コレは狩りだ!」
アトゥンの火の兵士達が重低音で雄叫びを上げる。
きっと、先行している北部同盟の部隊にあっという間に追いついて、喉笛を食いちぎる事だろう。
この人は他の将軍とはまた違う、暗い情動で兵士を率いるのが上手いな…副官はそう思ってまた震えた。
2時間後、パンジール・ウルケー、大パラチンスクG.H.Q
「…サフランボル隊の「インジュカヤ」撃墜を確認。強風に流されて間違った方へ出てしまった様です。高度も足りなかったみたいです」
一報を聞いてガタッと思わず椅子から立ち上がるサラーフ・マスーラ司令官。フィデル参謀長は扇子で顔を隠していて表情が読めない。が、心なしか扇子を持つ手が震えている。
「第一陣が敵地に取り残されたぞ…どうする?」
「先ずは、サフランボル隊の冥福を祈りましょう……」
「ふざけるな、第三陣を送らねば! 見殺しにする気か!?」
いつになく語気を強めるサラーフ。カルメン作戦が失敗すれば、持てる兵力での総力戦しか残されていない。北部同盟、アトゥンの火のどっちが勝っても、復興するだけの力はもうないだろう。それを虎視眈々と見つめる、ヴ帝国とJPR社会主義国。そして今度はその二大国が、この中央大陸へ侵攻し、全面戦争をするはずだ。
それではこれまでの繰り返しではないか。ぺんぺん草一つ生えない荒廃した、テラフォーミング前の人が住めない土地になるだけだ。
戦争は如何に余力を残せるか、如何に全面衝突を避けるか、だ。それがフィデル参謀の命題でもある。
「そうですね…第三陣を送り込みます。スグに募集をかけましょう!」
同時刻、集合地点
「ノラ隊長、サフランボル隊は来ません……」
ドブロクのションボリ具合に首をかしげるノラ。
「何でだ…引き返したのか?」
「いえ…敵に発見、撃墜されました」
その時、きらめきにも似た衝撃がノラ・シアンの脳裏に走って、嫌な考えが浮かぶ。
「来る………」
「え?」
「敵がココに来るぞ、全員逃げる準備をしろ!」
「チキショーメ、食事とかどうするんでぇ?」
「バカ、死んだら食う必要なくなるっての! 急げ!!」
手当たり次第に持てる物だけ掻い込んで、一同めいめいにスキー板を履いて雪原に飛び出していった。




