第二次聖都攻略戦(カルメン作戦)⑥
大地はビュービューと耳をつんざくブリザードの嵐。ちょっとの先立って見えやしない。
迂闊に大声を上げようものなら、敵に気付かれてしまう。
だらしなく萎びたパラシュートを引き寄せ、持ってきたカバンにしまい込むノラ。そして改めて辺りを見渡した。
すぐ近くに人影があり、モソモソ動いている。敵ではなさそうだと判断したノラが近寄ってみると、果たして影の主はドブロクだった。
「はぇぇぇ~……た、隊長だでしたか。オラ、オシッコ漏らすかと思っただ!」
肩を叩くと、小動物の様に飛び上がったドブロクが泣き喚いた。
「悪かった、だがもうここは敵地だ。あまり大声を出すんじゃない」
「よぉ、おめえさん方はそこに居たんけ!」
ドブロクの声を察知したのか、更にデカイ怒鳴り声でメフメドが手を振って近づいてきた。
「メフメド曹長、大きな声を……!」
「チキショーメ、声を聴いてやっと分かったぜ! 全くヒデエ天候だぜ!」
諫めるよりも早く、デカが駆け寄ってきた。…まあ、多少は大声を出しても良いのかもしれない。
やがてセキズとイェディも合流を果たし、全員の無事を確認出来た。
「作戦によれば、この近くに避難小屋があるらしい。そこでブリザードが止むのを待とう!」
防寒着を着ているというのに、早くも足の先が悴んでブルブル震えて来たので、足踏みしながら指示を出す。
「あった、ありやした!」
目の良いセキズが半リード(約90m)程にある光をいち早く発見し指さしたので、一同一目散に走り出した。
一応敵が待ち伏せいしている可能性もあるので、銃を構え、迎撃態勢を取りながら慎重に扉を開ける。
「やあ、お待ちしてました。私は北部同盟のスパイ、オスマン・ヌーリです」
そこには穏やかな髭面の中年男性が、暖炉に火をくべて待っていた。
「初めまして。イズミル隊のノラ・シアン中佐です」
「やあ、貴方がカーラマンですか。伝説はいろいろ聞いているので、初めて会ったような気がしないなあ!」
まんざらでもないので、照れくさくはにかんでから状況を聞いた。
「状況は最悪ですね……」
一転して暗い面持ちになるヌーリ。その間も隊員達が防寒着を脱いで寛ぎ始めている。
「聖都ではスパイ狩りと称して、無辜の市民がドンドン断頭台に上げられています。資材や財産は根こそぎ徴収され、市民は塹壕掘りに駆り出せている始末です」
「…酷いな。徹底抗戦の腹積もりか。それにしても、ヌーリ。貴方は大丈夫なんですか?」
「私だっていつ首を吊るされるか分かったものではありません。ですが、市長が庇ってくれてますので……それに」
少し唇を噛んで、何かを堪えるヌーリ。
「こんな横暴、許さる訳ないじゃないですか。市民を救うためなら、たとえ私の命くらい…!」
そう。銃を持たずとも、命がけで立ち向かう人々だって居るのだ。ヌーリの背中にサンダリエ将軍の面影が重なって見えた。
「分かりました。我々はこれから第二陣が到着するための準備を始めますが、貴方はどうしますか?」
「私はまた聖都に戻ります。今居なくなっては、市長に迷惑がかかる…レジスタンスとの連絡も任せて下さい。食料は数日間分を小屋にストックしておきました」
ノラとヌーリは黙って固い握手を交わし、今度はヌーリが防寒着を着て外へと出て行った。
「ノラ隊長、第二陣がもう既に発った様ですだ!」
無線機で無事を報告していたドブロクが叫ぶ。
「第二陣は確か……サフランボル隊か」
サフランボル隊は古参の精鋭部隊だ。大丈夫だとは思うが、何せこの猛吹雪である。それに古参だけあって、サフランボル隊の揚陸艦「インジュカヤ」は「アララト」に比べ旧式で鈍重、おまけにレーダーも覚束ない。だからこそ敵のレーダー網を潜り抜け、ブリザードを超えて来れるのか心配の種が尽きない。
まああの扇子男の事だ、何か勝算あってこの布陣にしたのだろう。
とはいえ、想定よりも多く大きめに集合地点の発煙筒を焚いた方が良いかもしれない。
「諸君、暖が取れたら発煙筒の準備。サフランボル隊を盛大に出迎えよう!」
全員から笑みがこぼれて、それぞれ身支度を済ませた。
2時間後
「オカシイ……まだ来ないのか?」
うんともすんとも何も変わらぬ風景。雪原に大きく発煙筒が並び、幻想的ですらある。
2時間も経てば、如何な鈍重な「インジュカヤ」とてこちらに来る筈である。なのに姿かたちすら見えやしない。
ドブロクを見やっても黙って首を振るばかり。無線では何の音沙汰も無いようだ。
この寒空だというのに、背中に冷や汗が出て来た。
まさか…あまり悪い事は口にするものではないが、最悪な事態になっているのではないか?
ノラが嫌な予感を募らせていると、外が真っ暗闇になった。
発煙筒の耐用効果が斬れたのだ。予備も使い果たしている。
終わった…第二陣は、来ない。