オウミ商国⑥
「…カーラマン、軍人は常に時間に厳粛であるべきだと思うが…どう思うかな?」
グレーの軍服を瀟洒に纏い、美脚を惜しげもなく晒す長髪カールの美女が、会うなり嫌味を言ってきたが、コチラにも事情があるのだ。
ドブロクのいつにないゴリ押しを諦めさせようと、説得を続けているうちに約束の時間が過ぎてしまった為だ。しかも最後はドブロクに押し切られてしまった。これから同道の許可をこの目の前に居る参謀本部の将校に願い出ねばならない。
とはいえ、遅刻は遅刻。「すみませんでした!」と誤って敬礼をした。
「改めてよろしく。参謀部のアイシェ少佐である。初めまして」
同じ少佐ではあるが、彼女の方が先任指揮官という事になるか。そんな事を考えつつ敬礼を返す女性がほんの少しほほ笑んだ時、ノラは不意にどこかで見た記憶が走った。
「…初めまして…ですか? 前にどこかでお会いしませんでしたか?」
「フ。こんな所でナンパかね? しかもよくある手だ」
「あ…いいえ! 失礼しました」
上手くはぐらかされ、咄嗟に謝ってしまったが、既視感は拭えない。ノラは人の顔を覚えるのが得意だと自負している。
「ではもう出立だ。時間が惜しい」
尚も窺うように顔を覗き込もうとするノラの視線に対し、踵を返してつかつかと先に進みだすアイシェ。
「あ、あの…補佐官としてウチの隊員を同行させたい……」
「許可する」
「あ、あの…シヴァス隊への挨拶がまだ済んでな……」
「不可だ。もう時間が無い」
「あ、あの…何でオレ…ワタシがオウミに行くことになったのですか?」
それまでどんどん先に進んでいたアイシェ少佐が不意に立ち止まり、凄みのある笑みを浮かべた。
「…軍事機密である。君は知らなくていい」
そうこうしてアイシェを追いかけて話しかけているうちに、いつの間にか空港を通り越して飛行船へのタラップの前に辿り着いている事に今更気付いたノラへ、言い放つ。
「君の言う補佐官をさっさと連れて来たまえ。この船は40秒後には飛び立つぞ」
意外とアイシェ少佐は面倒見が良いようだ。
出航した貨客船の中で、オウミ商国についての説明をノラ達にしてくれた。
―オウミ商国―
始祖=ザヒル・シャー一世が大ユピタルに植民した際、「テラ」から共に来たヤパニスタン人が生来の手先の器用さを以て始めた商売のための土地…それが始まりだという。全く、ヤパニスタン人というのはどこでも有能だな。平たい顔であるという特徴だけでもって見くびると、とんでもないしっぺ返しを食らいそうだ。
重工業から鉱物資源の採掘、お早うからお休みまで暮らしでオウミ商国の息の掛かってないものを見つける方が難しい。かくいうノラも、母と一緒にやっていた戦争商人の商売許可証はオウミ商国から発給されていた。
商国は地図で見ると、中央のユピタルヌス大陸と左のノヴゴロド大陸の接点に位置している。大きさとしては12リーグ四方(約20キロ)の運河に囲まれた、水の都だ。中央にスキージャンプ型の宇宙港と、軽貨物用の細い軌道エレベーターを所有している。
衛星上にあるソーラーミラーをふんだんに駆使し、北部なのに温厚な気候であり、リゾート地としても成功を収めている。何より、ユピタルヌス(木星)がよく観えるのだ。
ご存知の通り、昔あったという「大赤班」が今やない。大赤班に見られていると言って植民初期には心を病んだ人が多かったと聞いているが、今はそんな事も少なくなってきた。とはいえ、存在感を誇示するユピタルヌスをみていると、心がゾワゾワするような、ワクワクするような…不思議な感覚に陥る。
「ノラ隊長、オウミ商国には甘いお菓子もあるって聞いただ。お土産に買っても良いだか?」
説明などそっちのけで、オウミ商国に関するパンフレットを見て矯正を上げるドブロク。やれやれと首を振りながら、ノラが宣言した。
「おやつは300プルまでだからね!」
1プルは現代価値にして約0.015円です。だから300プルは4.5円です。我々の感覚だと300円ていう感じでしょうか。