マルマラ沖海戦ー③
妙に臭い。
鼻をスンスン嗅ぐと直ぐに理由が分かった。
「ドブロク。お前……風呂に入ってないだろう?」
チョット何を言っているのか分からない顔をされた。もしかして……コイツ、一辺も風呂に入った事が無い!?
「まあいい。実はオレも全然シャワー浴びてなかったからな。来いよ、あっちに川が在ったぜ」
キョトンとした顔のままのドブロクの手を引っ張り、川まで連れて行った。
「お前は未だ分からねえだろうけど、臭いがキツイのも軍隊じゃイジメの的になっちまう。だからこまめに体を洗って、清潔を保っておくんだぞ?」
そう言いつつ、ノラ・シアンはさっさと全裸になって川に飛び込む。今は初夏とはいえ、この惑星最北端のパンジールの川はまだ冷たい。
物怖じしてるのか、ドブロクは木の陰に隠れてしまった。
「何やってるんだよ、自分で脱ぐくらい出来ねえのか?」
やや苛立ちながら、無理やり服を剥ぎ取って川に引っ張り込んだ。
「!?」
な、無い。
いや正確に言えば、チンチンがあるべき場所には何も無く、胸も僅かだが膨らんで主張をしている。
「…え……ええ!? ドブロク……」
おま、お前……女の子だったの!?
耳まで真っ赤にしながら川の中でしゃがみ込んでしまうドブロク。ヤベ……軍隊内での強姦及び未遂って重罪じゃなかったっけ?
エロい気持ちよりも、その事が先に脳内をノックした。
「ご、ゴメン……ホ、ホラ、石鹸貸してやるから自分で洗えよな!」
慌てて股間を抑えつつ、川から這う這うの体で飛び出した。
「あぅ……?」
石鹸も見た事が無いらしい。ドブロクが齧りそうだったので、またも慌てて石鹸を奪い取り、「仕方ねえ」を連呼しつつ、自分の手拭いにこすり付けて嫌がるドブロクの背中から磨く事にする。
やがて抵抗も収まり、なすがままにされているドブロク。やり方は分かったと思うので、前は手前でやってもらう事にした。
その間、ドブロクを見ない様にする。今度はハッキリとノラの股間に異変が起きていたからだ。
スッと手拭いを渡してくるドブロク。初めて彼女の笑顔を見た。お世辞にも美人とは言えないが、細い目を糸みたいに更に細くして、そばかすまみれの鼻に皺を寄せて笑うしぐさが妙に可愛い。
「お、おう。さっさと服を着ろよ。よく体を拭くんだぞ! 風邪ひくからな!」
自分も顔を真っ赤にしつつ、殊更がさつに体を洗うノラ・シアン。
今日ばかりは川の冷たさが丁度良い。
ユピタルの夜は、太陽が見えたり、数々の月が横切ったりと忙しない。太陽は地球から見た時よりも比べ物にならないほど小さい星だが、それでも煌々と輝いている。
それでも今日は静かな闇夜だ……
そう感じつつ体を拭きつつパンツを履いた時、陰が辺りを暗くした。
「雲か……?」
そう呟いて見上げると、空全面を覆う空中大艦隊がゆっくりだが真っ直ぐ、パンジールウルケーに向かって来るのが見えた。
太陽の光を遮るほどの大艦隊……間違いなく、ヴ帝国の無敵艦隊である。
「て、敵襲…敵襲だ!」
ズボンと格闘しつつ、駆けだしながらドブロクの方を見る。
「デカ伍長を呼べ!」
機械仕掛けのおもちゃが、スイッチの入ったように駆け去っていくドブロクを見て、ノラ・シアンは己がオデコを叩いた。
「アチャー! アイツ喋られないんだった!」