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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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オウミ商国③


 ユピタルヌス歴323年3の月、1日。

 

 ライラ王女からの呼び出しがあったので、ガルガンティンの総司令部へと赴くノラ。

 日数が大部経っているのでもう健康に問題は無いとは思うが、内心ドギマギしている。なんたってパンジール・ウルケー唯一の後継者なのだ。

 「わはははー快活そのものじゃ! 何なら快食快眠、快便でもあるぞ!」

 …心配して損した。

 王女は血色の良い頬をして、扇子をあおぎながらカラカラと笑っている。

 「尤も、最近はアヘンを摂取する頻度が短くなってきておるのが困りもので……」

 「殿下、幾らなんでも洒落が過ぎますぞ!」

 ライラの後ろに控えていたユズがキッと睨んだ。流石に言い過ぎたと悟ったのか、シュンとしてそれでもヘラヘラ笑う王女。

 全く。食えないお人だ。

 まあ大丈夫だという事は分かったので、いささか気分は和らいだ。この少女はそういう所も配慮して一芝居売った可能性があるのが、なんとも恐ろしい。

 というか、オンの妹のユズは衛生兵というより侍従といった感じに収まってしまった。まあ、幼い子供を戦場に出す訳にはいかないので、この措置の方が気持ちが楽ではある。

 「では。そちらの“事後報告ソンラキ・レポー”と、こちらからの“新規命令イェニ・シパーリシュ”のどちらから始めようかな?」

 王女の顔つきが真剣そのものになるのを察し、ユズが静かに退出した。この部屋にはもはや2人しか居ない。秘密話にはもってこいだ。

 「は、ではこちらの方から――」

 ヘクマティアル将軍勢力が一掃された事により、クンドゥズ州はパンジール・ウルケー直轄領に編成された。より具体的に言うと、ライラ・ベラ・マスーラ領となったのだ。

 メメット中尉の帳簿整理によって財政が顕わになりつつあるが、中々にツラいものがあるらしい。高地という戦略上のメリットの他は何も無いに等しく、唯一の産業がアヘン一辺倒だったという事なのだ。それと人を売り買いする市場である。つまり、人身売買がまかり通っているのだ。

 これに対し、先ずはドブロクの学校を建設する事。それによって、無償で読み書きソロバンを教える一般教養を普及させ、住民自体の質を上げる事を第一目的とした。またモラルや道徳も教える事によって犯罪率を下げ、自主性を促すのだ。

 そしてドクタ・ナカモラによる農業経済に人を補充させ、アヘン栽培を廃棄するのを第二目的とした。今は実験種だが、寒冷地でも成果を得る事が可能な葉物野菜や根菜が何種類か出来ているそうだ。だが大規模灌漑を必要とするので、まだまだマンパワーが足りない。

 「ドクタ・ナカモラか……名前からすると『ヤパニスタン』の出身者か?」

 王女がドクタの名前を聞いて唸った。


 ヤパニスタン。かつて『テラ』にあったという、エイシアの島国の名前である。優秀な技術と高いモラルの人材を多々輩出していたが、人口が減少し、埋没してしまったとか……

 なんだかお伽話の国の様である。残り少ない人々は新天地としてこの大ユピタルに移民したと聞いたことがあるが、どこかに彼ら独自の国や州があるというのは聞いていない。時々、ポッカリ浮かんでくる、そんなイメージだ。そういえば、マルマラ沖海戦で戦死したウチュ上等兵も確か、ヤパニスタン出身だと言っていた気もする。

 

 「彼の者、有用な人材の様じゃな。クンドゥズ州が一段落付いたら、招聘してみようかの」

 パンジール・ウルケーは有能な人材を見逃さない。この貪欲さが故に適材適所をして大躍進の元となったのだと実感する。ただ、ナカモラを招聘されるとクンドゥズ州がたちいかなくなる懸念もある。痛し痒しなのだ。

 「で、進捗状況はどうなんじゃ?」

 「はぁ…一応、オレ…いや私の給料を当てて、色々整備を進めているんですけど、なにぶん慢性的な資金不足でして……」

 貧乏将校でして…と言いかけて、口をつぐんだ。そう、少佐の給料なんてたかが知れている。一応、イズミル市の有力者にも声を掛けてみたが、そもそもイズミル市自体が金を掛けて変化している真っ最中である。なまなか資金は集まらない。

 もっともラバニ市長など何人かは了解して、先行投資してくれたが。

 「ふうむ。わらわの手腕も問われている様じゃな。よかろう、パンジール・ウルケーからも公金を出すように掛け合ってみよう」

 良かった。コレで劇的に物事が進むかもしれない。

 普通ならば公金を出しても現地の本当に必要としている人々の所まで行き届かないのが世の常だが、コチラにはメメット中尉が居る。統括して、上手く配分してくれる事だろう。

 特に人材育成のお金はスグに結果が出ない。十年、二十年後を見据えての中長期的に安定した投資が無ければ結果が見えてこない。

 「ご厚意、有り難く思います。ではさっき言っていた新規の命令の方を教えて頂けますか?」

 恭しく一礼した後、ノラは王女の顔を覗き込んだ。

 最近はどこの戦線も落ち着いてきていると聞いている。北部同盟は国力充足の為に、アトゥンの火は後退した戦線の立て直しと、不足している兵の補充に戦争どころではない様なのだ。

 それとも何か大きな作戦でもあるのだろうか?

 

 「うむ。ノラ・シアン少佐。お主にオウミ商国との密約締結の目付役を命じる。コレはイズミル隊ではなく、お主個人に充てた命令である。参謀本部からの指名だ」

 

 ふぇッ…!?


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