オウミ商国②
昏い一室。紫煙がプロジェクターの光を遮っている、淀んだ空気。時代錯誤も甚だしい。
だが、そこはまごう事無く査察機関ドンドルマ団の会議室だった。
トントントントン…小刻みに机を叩く指の音。反対の手にはシガーを手挟んでいる。
「どういう事だね、スィベル・ジャン少尉…いや中尉か」
しわがれた嫌味たっぷりなその声は、ドンドルマ団統括部長トビー・トリー大尉らしさを象徴している。それと黒のベストとドクロの付いた黒い軍帽もドンドルマ団であることを強調する。
「は。今回の遠征では然したる軍律違反も無く、イズミル隊に目立った不正は無いかと思われます……」
「そう言う事を言ってるんじゃないんだよ!」
バン、と突如机を叩くトビー・トリー。反射的に敬礼をするスィベル。
「良いか、我々の表向きはあくまで査察機関だ。だが然して実態は……あの生意気なノラ・シアンを引き吊り下す為にあると言っても過言ではない!」
表情一つ変えず、だがスィベルは目前の男を心底軽蔑した。
「今回の遠征だって奴の評価を上げただけじゃないか。それどころかお前は中尉に昇格だよ、奴に買収されたのか、ん?」
「いえ、そう言った事は無く……」
買収…というか、共犯者という感じか。クンドゥズ州での成果はスィベルのアイデアを注進した結果である。後ろめたさは無いが、ドンドルマ団という機関の性質としての資質を問われれば若干の疚しさを感じなくもない。
「私はねぇ…兎に角才能を感じさせる奴が大っ嫌いなんだよ!」
トビートリーが受け口を開いて突然、スゴイ事を言い始めた。
「才気走った奴が嫌いだ、賢い奴が嫌いだ、自分より若い奴が嫌いだ、能ある爪を隠す有能な奴が嫌いだ、そのくせその才能をひけらかすこともなく謙遜する奴が嫌いだ! そういうヤツを見ると足を引っ張りたくなる。自分より前に行くんじゃない、だから愚鈍なヤツを見ると優越感に浸れて嬉しくなる!」
コイツ……こんなのが組織に居ると、碌な事にならないんじゃないのか。上層部、特にあの参謀本部の人。一体何を考えてこんな男を採用したのだろう?
スィベルは軍規を重んじ、良くも悪くも杓子定規な性格である。軍規の乱れは国の乱れだ。軍規の乱れた軍隊なぞ、蛮族と何ら変わりはない。
だがイズミル隊に入って現場の目線を得てから、軍規だけでは片づけられない現場の判断が求められることを知った。或る意味、軍規は柔軟に運用するべきなのではという考え方が芽生えて来た。
目の前に居る、シミの浮き上がった肌と、異常に小さい目が忙しなく動くこの男は、そのベクトルに真っ向から反対の立場にある。寧ろ軍規を捻じ曲げてでも難癖つけて、相手を引き吊り下したいだけなのだ。
「…ま、君には期待しているよ。君の幼馴染のギリム技官だったかね? 彼女のしでかした数々の無謀な実験を不問としているのは私なんだからね?」
厭な奴。人を脅しでしか従えさせる事が出来ないとは。一瞬不快感が顔に出かかり、改めて敬礼をし直すスィベル。
「は。鋭意善処して参ります!」
一応、何かの役には立つかもしれないと、胸ポケットに忍ばせた録音機の終了をボタンを押しながら「失礼します」と退出の意向を示す。
そうして退出したスィベルの残像に向かってトビー・トリーは悪態を付いた。
「…フン。だから若くて有能な奴は嫌いなんだよ」