アレッポ高原にて⑨
スミマセン、明日用事があるので一日早く投稿します。予約機能が今一歩信じられないので……前に何度かやったんですけど、うまく投稿できなかったものですから。
ドクタ・ナカモラの話は衝撃的だった。こんな僻地では、貨幣が価値を持たず、物々交換が基本なのだという。
そんな中で一番価値の高いモノは武器と食糧。次いで麻薬=アヘンの順番だそうだ。
「子供? 一番価値が低いのよ」
自嘲するドクタ。
だがアヘンの怖さは、依存度の高さだ。今は拮抗しているが、そのうち武器や食料よりも値上がりするだろう。そしてアヘン・シンジケートを牛耳っているのがヘクマティアル一族という話だ。
つまり、ヘクマティアルは自国をアヘンで汚染し、敵味方関係なく沈めようとしているのだ。究極の平和主義? 違う、彼等だけが儲かればいいのだ。
なのでアトゥンの火とも大々的に取引し、その一部分は社会主義国にも流出しているとのこと。
彼等が勝っている物は武器と一時の平和。そのうち放っておけば勝手に自滅するからだ。
「では、何故我々が呼ばれたのだ?」
ノラが呻いた。このままじゃとんだ道化師じゃないか。
「国際的に認知される事と、アンタ等が死に、その遺志を継いでアトゥンの火を倒せば、発言力も増すだろう。アンタ等が死ぬことも“既定路線”なんだろう」
面白くもなさそうにドクタが言い捨てた。
「ドクタ…何でアンタそこまで話してくれるンでェ?」
イェディが胡乱げな目でナカモラを見た。銃にさりげなく手を掛けている。
だがそれを一瞥して唾を吐くと、ドクタはノラの腕を掴む。
「フン…アンタ等の方がマシじゃと思ったまでよ。ワシはアレッポ高原を一大開拓地にしたいと思っておる」
そうして寒風吹きすさぶ高原をアチコチ指さして歩く。
聞けば、ケシ畑の前に見た野菜畑の殆どは、ドクタ・ナカモラとその同士が開拓した賜物だという。
「高原故に、ただでさえ寒い他のユピタルの地よりも数度寒い。だが、この寒風をマルチプルタイタン杉で四方防ぐ事が出来れば……」
そうしてノラの方を見つめるドクタ。その瞳は厳しくもキラキラと輝いている。
「ここは一大農業地帯になりうる。石を避けて石垣を作り、水路を確保すれば麦も米も育つのは実証済みだ。だからこそ、そのためには沢山の人出が居る!」
ノラはこの小さな老人の中に、イズミル市のラバニ師の様な情熱を感じた。イズミルだって何もない埋立地だったのに、今は都市になりつつある。少年兵をどう教育するのか分からないが、この老人はなんかやってくれそうだ。
「…確かにアヘンが流通する社会などオカシイ。それに大ユピタルは食料自給率が異常に低い。もしかしたら活路はあるかもれない。イズミルは流通拠点を目指してただろ、イェディ」
銃を構えかけていたイェディが、急に振られたので慌てて答える。
「え、あ…ああ。そ、そうですね!」
「ドクタ、いいか?」
そうして今度はナカモラを見つめた。
「個人で何かするのには限界がある。だから“農協”を作るんだ。そして少年兵を開拓団としてココを必死で耕せ。資金面はイズミル市と提携して融資を得るように手配する。その代わり、イズミルはここの農作物を独占契約出来るようにしてくれ…どうだ、悪くないだろ?」
ノラの迫力に、今度はドクタの方がたじろぐ番だ。だが一拍の後、力強く頷いたのを見てノラは一安心する。
「よし、イェディ。ギリム技官だけじゃなく、財務担当のメメット中尉と教育担当のドブロク軍曹も招聘する様に連絡だ。忙しくなるぞ!」
「…驚いた。アンタ、戦場で商売を扱うのか!」
度肝を抜かれた感じのドクタ・ナカモラの声にニッカリ応えるノラ。
「人間、欲得無しじゃ付いてこねえのさ、ドクタ。皆で美味い汁吸って、皆で幸せになろうぜ!」
一旦情報を共有するために、全部隊がナザーウ・ボンジューに戻って来る時間。
しっかりドクタ・ナカモラから少年兵キャンプの場所を訊き出したノラは、王女様に褒めてもらえるかともうと嬉しくて、頬が自然と緩んでしまう。
だが、ブリーフィングルームに現れたライラ王女は明らかに調子が悪そうだった。
「お…王女。顔色が悪いですが……」
「む。長い駐屯生活で健康を害したやも知れぬかもな…それより、各班の成果を訊こう」
報告書を手渡ししようとして、王女の周りから慣れぬ香りを嗅ぎ取った。コレは…ノラだって“戦争屋”をやっていたから知らない訳ではない。『アヘン』を焚いた臭いだ。
「王女、何か“アロマ”か何かを焚いたりしておりませんでしたか?」
「うん? 確か、ユズが町で流行っているという香を焚いてくれたのがあるが……」
そう言いながら立ちくらみしたのか、ぐらりと倒れ込む王女。咄嗟に抱き留め、ノラが叫んだ。
「メディーック!!」