アレッポ高原にて⑧
24日。起床ラッパが鳴ったが、まだスィベルは出てこない。
心配になって呼びに行こうとするノラの肩をデカが掴んだ。
「大丈夫でさあ。ちょっとくらい出て来なくたって構やしませんぜ。ウチは正規軍じゃねえ、“イズミル隊”なんですからね」
それでも納得のいかない顔つきをしているノラに追い打ちをかける。
「アンタァ、何でもかんでも自分で背負い過ぎなんだよ。もっと部下を信じろ。任せる事が出来るのが良い指揮官てもんさ」
そういうものか…思えば自分が好き勝手やってこれたのも、ドン・ボルゾックが放任してくれていたお蔭かもしれない。ならば、自分もそうしなければ……
「分かった、デカ。でも何かあったらスグに報告させるように」
三号艇のツボルグの指揮官を誰にするかで、打ち合わせた結果、イェディにやってもらう事にした。将校は連絡役のユルドゥス中尉がいるが、基本的にこちらの所属ではない事と、情緒が不安定なので万が一指揮官にして何かあったら分隊全体の士気に関わるという理由で、選択肢から除外した。
イェディは曹長なので分隊指揮権はある。タフさでは隊中随一だから問題ないだろう。
そうしてまた出発しようとした時、息せき切って何者かが転がり込んできた。
「ノラ隊長、対策を講じて来た…だから今日の出撃を取りやめるんだ!」
目の下にくっきりとクマを作っているスィベル・ジャンだった。
「バカヤロウ、そんな好き勝手許されると思ってるのか! 軍規違反を取り締まるのがお前の役目だろう!」
先と真逆の事を言って罵倒するデカ。だが、真っ直ぐにこちらを見つめるスィベルにノラは何かを感じた。
「無駄な出撃を繰り返しても消耗するだけだ。それこそ査問ものですよ、ノラ!」
「良いだろう。一旦出撃取りやめ、待機する。それと…上官には敬意を払う様に」
一同のホッとした空気を感じ取ったノラ、やはり皆どこかで重荷に感じていたのだろうと慮った。
「ツァッ…! で、対策ってどんなだ?」
威勢よく唾を吐いたデカが気持ちをすぐ切り替え、スィベルの持っている紙を覗き込んだ。
「我が友人のギリム技官を招聘するんだ。彼女ならば自爆兵の対応が出来るハズ。そして少年兵についてだが……」
「待った、ココでの立ち話も何だからブリーフィングルームに行こう。デカは王女を呼んでくれ」
出撃中止を聞かされたライラ王女は随分と御立腹だった。
「どういう事じゃ、ノラ! これでヘクマティアル将軍に貸しを一つ作ってしまったではないか!」
よっぽどヘクマティアル将軍の事が嫌いなのだろう。ココは敢えて無視して、スィベルと事前に打ち合わせした通り、概要を案内する。
「先ず少年兵ですが、彼等は調達や運用が安価な分、大規模なベースキャンプや訓練施設が必至となっております」
そして机に広げた地図を指す。
「大きいとはいえ、アレッポ高原のどこかにある筈です。コレを現地住民の聞き込みとドローンでの探査の2方面作戦で特定し、破壊します」
「ドローンかぁ…ううん……」
何故かドローンに難色を示す王女。
「ドローンはヘクマティアルに言えば調達できると思うがの…なんせユピタルヌスに持ち込まれたドローンは旧式のポンコツじゃ。距離やカメラの精度、バッテリーにモーター出力…全てが信用出来ぬぞ。ならばいっそ、『ナザーウ・ボンジュー』で……」
「王女様。幾ら何でもいきなり爆撃はリスクが多すぎます。敵が先に我々を発見して逃げてしまえば、この作戦は意味を成しません。一回逃げられたら次に尻尾を出すのはいつになるか……」
「確かにそうじゃが……」
「ドローンの貧弱さは王女様の懸念通りだと思います。なので、ギリム・スダック少尉をイズミルから招聘しましょう。彼女ならタフに改造するのも可能かと思います……余計な事さえしなければ」
良かった。最後のボソッと言った部分は、ライラには聞こえていなかった様だ。
「フン、分かった。で自爆兵についてはどう対処するつもりじゃ?」
「は。自爆兵は無線で自爆装置が付けられてます」
そうして先日の撮影した写真を見せる。未だ殺す前の、こちらに向かっている男の姿が映っていた。
「ですので無線を何らかの方法でジャミングすれば、彼等は自爆する事無くその間に爆弾を取り外して開放する事が可能です」
だが、腕組みをしたまま王女は浮かない顔をしている。
「…問題が二つある。一つ目は爆弾を外す時にも自爆装置がある可能性と、二つ目はその中に純粋な攻撃意思を持った敵兵が居る可能性についてだ」
「一応、今ン所はそういう装置は見当たらなかったですぜ」
壁に凭れて聞いていたデカが発言を添えてきた。
「うむ。じゃが、これから無いとは限らぬ。それについてはどうする?」
「隊長権限でギリム技官を前線に派遣して、そういった場合には解除出来る様にしましょう」
スィベルが自分の所有物の様にギリムを扱う事にやや引っかかるが、この場では流すことにしよう。
「また敵兵が居る場合に備える事も大切ですので、近接戦闘の巧者も一人近くに置くべきです」
近接戦闘の上手い奴で、しかも衛生兵ならば一人適任者が居たな……
「これらの手配が終わるまでは、部隊の消耗が激しい割に費用対効果が低いので、出撃は取りやめるべきです」
「…準備が出来るまで、何日必要じゃ?」
王女が頭の中でソロバンを弾きだした様だ。という事は、ゴーサインだな。
「は。二日以内にならなんとか」
「…では、たった今からクンドゥズ市内に全部隊で聞き込みを開始せよ。わらわは将軍を言いくるめてこようぞ」
敬礼をしてスィベルに目配せする。彼女はそっぽを向いて見なかったことにした様だ。
隊員は敵に急襲された場合に備え、二人一組にする。威圧感を持たせるといけないので、拳銃とナイフのみの携帯とした。防弾着も必着とする。
本当はデカと組みたいのだが、将校が揃って襲撃されると部隊が動させなくなるので分散し、ノラはイェディ曹長と組んだ。
「隊長、いきなりヒットですぜ!」
訪れた先は診療所。食事と医療は少年兵キャンプでは必須であろう。だからこの2点に絞って市場と診療所に聞き込みを開始したのだった。
「…アンタ等、信用していいのかね?」
口髭に痩せて小柄だが、ギョロ目の医師がギロリと睨んだ。名前はドクタ・ナカモラという。
「ああ。なんたって“カーラマン”の部隊だぜ?」
ヘヘンとイェディが鼻を擦った。
「そういう事を聞いているのではない。少年兵キャンプを襲うのは良い。だがその後どうするのかね? 少年兵を皆殺しにするのか?」
う……正直、そこまで考えて無かった。そうだった。ベースキャンプを潰せばそれでお終いな訳じゃないんだ。
「ドクタ、貴方は何か思う事があるのですか?」
分からなければ素直に教えを請おう。だが、ドクタ・ナカモラも首を振るばかりだった。
「…彼等は少年兵を辞めたからと言ってもう社会復帰できない。無法集団に成り果てるだけじゃ」
「厚生施設は出来ないんですかねえ?」
「誰もカネは出さないじゃろ! 一文の得にもならないからな!」
ドクタ・ナカモラの言い方に何か含みがある。ソコを掘り下げてみる事にした。
「…金があれば何とかできる…と、言う事ですか?」
「全員とは言わんが…クスリを抜いて、教育を施せばもしかしたら真っ当になるやも知れない。元々、彼等とてやりたくてやってる訳では無いのだからな」
クスリ……
そう呟いたノラの顔を不思議そうに見上げるドクタ・ナカモラ。
「なんじゃ、少年兵の洗脳なんてクスリと1セットに決まっておろうが。ホレ、見よ」
そう言ってドクタは外に連れ出した。そこは辺り一面の綺麗な花畑。
「? 何を言っておるんじゃ。コレは全部、ヘクマティアル一族所有の『ケシ畑』だぞ!」
アフガン内戦を下敷きにする以上、避けては通れない問題です。ドクタ・ナカモラのモデルは、惜しくも亡くなってしまった中村哲医師です。