転移7
「うわっ、重てぇー」
清々しく起きたのは良かったが、その後に来たメイド勢に囲まれ、鎧を着付けてもらっている。
上半身部は胴体を前後から挟むように取り付ける、全てが鉄で出来ているにしては軽いが、ずっしりとした重量感は何か特殊な金属で出来ているのだろう。
なされるがままに棒立ちにしているだけで、メイド達は手慣れた手付きで鎧を組んでいく。
「勇者様、キツくありませんか?」
「あ、はい」
異世界転移したとはいえ何のスキルも無し、力が強い訳でも無し。はたまた魔法など論外だ。
恐らくこの世界に来た時に見た死んでいたあの男が、本物の勇者だったのだろう。
このまま自分は勇者だと嘘を突き通せれば、アイドルのような姫を嫁にして何不自由無い生活ができることは間違いない。異世界バンザイだ――
しかし問題はマリジューレだ。彼女は俺を疑っている、というよりも既にバレている。だが所詮メイドの身、旅には同行しないだろう、だとすればこの場、この城内だけ勇者だと言い通せばいい。
旅立ちさえすれば、後はレベルを上げて魔王を倒す。これはゲームやアニメの教科書通り。レベル九十九に上げれば絶対ボスには勝てる。俺にもヤレない事はない。
幸いマリジューレ以外は誰も俺を疑っていない。俺はこの世界でやり直すんだ。今までのクソ人生に終止符を打つのだ。
着付けが終わった、大きな鏡を前に自分の姿を見る。
「ご立派です、勇者様」
「本当に?」
***
大きな観音扉が開く、大きなホールには大勢の兵士や聖職者、メイドと、この城全員が集合しているように見えた。
綺麗に整列された人々の先に王と王妃が並ぶ。
足を出す度にガシガシと膝や太もも部分が歩きにくい、それにこの肩に背負う剣だ、やたらに重い。人一倍非力な俺の力では片手で振り回す事は困難だ、一度抜いてみたが、剣に振り回される始末だ。
砂袋を両肩に下げているようだった。兵士達は本当にこの鎧を着て戦うことができるのだろうか、数メートル先にたどり着くまでに息が上がりそうになりながら進む。
「おはよう、勇者殿」
「お、おはよう、ございます」
若干息が上がるが、何とかたどり着いた。兜がズレて前が見えなくなるのを必死で戻す。
「ご立派っですわね」
王妃がニコリと微笑む。俺も愛想笑いを浮かべる。
「そうかしら、お母様」
隣のドアから出てきたのは軽装備のエリザだった。
腰には細い剣を指しているだけで、後は膝上丈の紺色チェック柄のプリーツスカートに胸には大きなえんじ色のリボン、黒い太ももまであるタイツは白い肌を引き立てた。
「おはよ、エージ様」
「ああ、おはよう」
まさにアイドルではないかと思った。まさかその服が戦闘服ということなのか、だとすれば防御力が高いとは思えない。ただの可愛い服だ。
鎧に着られている俺を見てエリザは含み笑いを浮かべて、
「お父様、エージ様には鎧なんていりませんわ、だって無敵なのですから」
そう言うと王は俺を見て眉をひそめる。
「念には念をと思ったのだが、それはとんだ無礼を」
「あ、いや、ははは」
「それはそれは勇者様、気がつかずに申し訳ありませんでした」
最前列にいたマリジューレが一歩前へ出ると俺を見る。
これには驚いた。昨日まで普通の白黒メイド服だった彼女が、なんと水色を基調とした戦闘服風にあしらったミニスカメイド服を着ているではないか、更にその手には背丈程在ろう槍を持っている。
俺がこの場で誤解を解かなければこの槍で殺す。というような目をしている。
「ま、マリジューレ、あの俺は」
「ハイ、分かっています」
「違うんだ、実は俺は本当の」
「勇者様、ですよね」
カツカツと槍を杖のようにつけながら俺の前、エリザの隣に立った。
「おお、マリジューレ、久々に風の衣装よく似合っておるぞ」
「姫様、ありがとうございます」
聖職者が一斉に杖を掲げると、光が迸る。
「さあ、今一度旅立ちだ!」
「「勇者様御一行に、神のご加護があらん事を」」
「いや、ちょっと、えっ? マリジューレも行くの?」
「悪いのか?」