転移4
尻を叩かれたようにシャワー室へと飛び込んだ。中には小さな着替えるスペースがあり、ガラス張りのドアの中にはシャワーと鏡がある、石張りの壁や床はまるで高級ホテルのようだ。
ドアがしっかりと閉まっていることを確認してネクタイを緩めた、泥や埃でスーツはボロボロになっている、おまけにジャケットはエリザが羽織ったままだ。
快適な温度と水圧、シャワーはこの世界でも同じだった。額から浴びる暖かいお湯が気持ち良かった、そして異世界に来たということを改めて実感する。
「あー、これであのクソ会社ともおさらばできるー」
口を開けるとシャワーの水が入ってくる、口に含みながら思わず独り言を呟いてしまう。
「こっちの世界でのスキルは無敵、更に移動と回復魔法も備わっているとなれば、王道スキル。俺Tueeeeeeeだ、本当にあるんだな、こんな事っ」
思わず顔がニヤける。髪の毛にお湯を当てると顔を伝う、首筋から肩、背中へと流れる。なんだか久しぶりにシャワーを浴びた、そんな気になってしまう。
至福を感じた瞬間、背中に毛虫のような物が当たる感触があり目を開けた。
「んー? どこにあるんだ?」
不思議そうな声と毛虫と思えた感触は、鏡に映る先程のメイドと、その髪の毛だった。俺の背中に覆い被さるように首筋を舐めるように見ている。
「うぅわぁあーー」
その場に倒れ込んだ俺は真っ裸を彼女に見られてしまった。思わず両手で男子の象徴部分だけでも隠す。
「ねぇ、痣は? 勇者の痣、どこにあんのよ」
「いいいやあ、とととりあえず、出てくれるかな」
服のままでシャワー室に入っているものだから、メイド服は濡れて肌に密着しているのが分かる、こうして見ると、胸の膨らみがエリザよりもかなり大きい。腰のラインや腕、脚の細さも彼女の方が上、グラビアモデルのような体型だった。
「あぁ、男の裸は見慣れてるから大丈夫大丈夫」
淡々とした口調と無表情の彼女。焦っているのは俺の方だった。
「いや、そういう問題じゃなくて、その」
「何がぁ? 分かったわよ、ったく」
ポタポタと雫を垂らしながらメイドは外へ出る。口が何かを喋ったと思うと、風が彼女を取り巻いた。大きなドライヤーで足元から風を出したような感じだ。俺はふわりとめくれ上がるスカートに目を奪われる「おお」と、前のめりに顔を出し、目を見開いた瞬間、大量のシャンプーが目の中に入った。
「痛ってーーー!」
「服、置いときますから」
メイドの声が聞こえる。手探りでシャワーを見つけて直接目に当てる、しばらくすると痛みが和らぎ、視界が元に戻ると、綺麗に畳まれた異世界の服が置かれてあった。
「あぁ、なんだったんださっきの」
俺はすぐに洗い流して、ゲームやアニメなどでお馴染みな感じの服を着た。
「着れましたかー?」
外からメイドの声が聞こえる。今更確認する意味はあるのかと呆れながらノブに手を掛ける。
「はいは......」
ドアが開き、部屋の景色が目に入った瞬間、首元に刃物のような物が当たる。金縛りのように動きが取れない。
「貴様、勇者では無いな、何者だ......」
今までと声のトーンが違う、しかしそれはメイドの声だ。いつの間に俺の後ろに回り込んだのか、喉に何かが当てられている、肩の後ろから聞こえるこの感じは......殺意――
「バインド魔法で貴様の動きを止めている、今すぐ何者かを喋らねば、この風の刃が喉を掻っ切るぞ」
萌えの要素が全く無くなったメイドは殺気に満ち溢れ、本気で俺を殺そうとしているのが分かる......
「......だが、断る!」
喉に刃を突き付けられようが、人生で一番のドヤ顔で断ってやった。調子に乗るのもいい加減にしろよ、という感じだ。
「フッ、何故なら俺のスキルは、無敵だからよぉ!」
「......そうか」
真空状態の刃が喉に食い込む、かまいたちというやつだろうか、そんなもの俺には通用――
「痛っっってーーーー!!」
喉が切れて血が滲み出す、何故、何故ダメージを受けている。何故だ、灼熱の炎には耐えられたのに。
「た、助けて! なんで? あの時は無敵だったのに」
「アレは姫様に内緒で私と大神官様でかけた光神の加護だ、姫様にもしもの事があった場合、一定時間無敵にして傷を回復、そしてこの地に帰って来れるようになっていたのだ」
「えっ!?」
「よって、お前には無敵や魔法のスキルは、無いのだろう!?」
グッと、体を密着させ、刃をさらに突き立てる。
「ま、待ってくれ......じゃあ最後に言いたいことがある」
「何だ?」
「お前、胸デカイんな......」
「クッ」と、歯をくいしばるような声が聞こえると、俺の喉に刃が食い込む、息が出来なくなり意識が遠のく、目の前が暗くなっていくのが分かる。
「......死ね」