アルトの模擬戦
【レンドラ冒険者学院・屋上】
「あーやっぱこのクエストだりぃー」
クエストを始める前はやる気に溢れていたが、実際にやってみるとなかなか難しい。
アルトは人に何かを教えるという経験が全くない。そもそも田舎育ちで年の近い友達もいなければ、両親もいない。話した事のある人物といえば、村のおっちゃんとおばちゃん、それに白銀の大鷲のみんなぐらいだ。
「やっぱ向いてねぇや俺」
アルトは授業前に教科書を読んでどんなことが書いてあるか確認した。
そこに書いてあったのは己のシャルムの使い方、冒険者の心得的なものが羅列されていた。
シャルムとは己に秘められた心の力である。それが自分だけのオリジナルの武器になる、そうかかれていた。
それが教科書に書いてあるのはまだ分かる。冒険者にとっても重要なことだ。
問題は冒険者の心得だ。
そこには、
「冒険者とは、クエストを受注し、成果を得ることで名声を挙げ、お金も沢山手に入れることができる。強ければ強いほど、冒険者としての影響力も強まる」
これではまるで金稼ぎが冒険者の第一の目的であると言っているのと同じだ。
確かにお金も重要ではあるが、クエストをこなして、困ってる人を助けて、報酬はそのついでに貰うというのがアルトの考えだ。金を第一に考えてしまうと、低額報酬のクエストなんて受けれなくなる。だからレンドラの冒険者は金の亡者に成り下がってしまった。
「レンドラのふざけた風習もここまで根強いなんてな」
アルトは屋上で黄昏ながらそう呟いた。
「そろそろ行くか〜」
アルトは背伸びする。
もうすぐ昼休みが終わる。
アルトはため息をつき、面倒くさそうに屋上を後にした。
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【レンドラ冒険者学院、女子更衣室】
シアリーとニーンなど、女子生徒は実践演習に向けて、更衣室で制服から着替えている途中である。
「ねぇ次の実践演習、2組と合同で行うんでしょ?」
「うん、確か、2組にも冒険者の先生が新しく配属されているみたいよ?」
「ええ、向こうはクランランク第3位の緋色のロベリアの冒険者らしいわよ。対して私達の先生はアイツ、何なのよこの格差!」
クランランクとはクランの力のバランスを表したものである。
ランクが高いほど、人気も実力も高い。
シアリーはこの世の不条理に憤慨していた。
方やクランランク3位の緋色のロベリア所属の超一流の冒険者。方や薄汚い、どこのクランに所属しているかも分からない底辺冒険者。
シアリーとニーンなど、女子生徒は実践演習に向けて、更衣室で制服から着替えている途中である。
「まぁまぁ、次の実践演習は私達もロベリアの冒険者に教わることが出来るんだし…」
「まぁアイツもくっついてくるけどね」
クラスを合同にし、先生2人体制にして行う実践演習。クランランク第3位の実力を見たい反面、アルトの腑抜けた授業を受けたくないという気持ちもある。
シアリーがそんなことを考えていると、突然更衣室の扉が開いた。
更衣室で着替えていた女子は一斉に振り返る。そこに立っていたのはアルトだった。
「おおっと、すまんここ女子の更衣室か。何も見てないから安心して着替えな!ん?ちょっとお前…」
アルトはそう呟いてリーンに近づく。
「なっ!」
突然アルトがリーンの腹を触りだした。リーンのヘソの周りには、禍々しさを感じる翼のような紋章が刻まれてあった。
「ちょ、ちょっと、先生?」
リーンが恥ずかしがるも、アルトは全く気にせずリーンの紋章をなぞり続ける。
そして最後にリーンのへそ付近をペシッと叩く。
「ひゃんっ」
リーンは思わず奇声を発してしまった。
「そうか、お前が…」
「なにやっとるんじゃボケェ!」
「ゴホォッ!」
突然シアリーの回し蹴りがアルトを横から捉えた。そして、アルトは綺麗に更衣室の外まで吹っ飛ばされてしまった。
「何が何も見てないよ!ホント、あり得ない…」
シアリーは怒りに体を震わせながら、そして裸を見られた恥ずかしさから、顔を赤くしながらそう呟いた。
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【レンドラ冒険者学院・演習場】
「それでは実践演習を始める!」
実践演習は2クラス合同で生徒同士が模擬戦を行う、実践形式の授業である。
進行をするのはクランランク第3位、緋色のロベリアに所属しているカイラ・ユウセンだ。
カイラは目の前で整列している1組と2組の生徒達の前に立ち、堂々とした振る舞いを見せる。
カイラは赤い髪のショートで左右非対称な髪型の女性で、アルト同様にクエストを受けて1ヶ月間学院の講師を務めている。アルトが1組を担当しており、カイラが2組を担当している。
しかし、合同という事もありアルトは授業の進行を全てカイラに押し付けている状態だ。
その態度がカイラをイラつかせていた。
(何なのコイツ、見るからにショボそうね。何でこんな奴と一緒のクエスト受けなきゃ何ないのよ)
アルトはカイラの視線には気づいてはいたが別に興味も湧かない人物だったため無視していた。
その態度がさらにカイラを苛立たせる。
しかし、カイラはこれをチャンスと捉えた。
自分の株、緋色のロベリアの株を上げるいい方法を思いついたのだ。
「アルト先生、一度私と勝負してくれませんか?ほら、生徒達にお手本を見せると思って」
(アルトと勝負してボッコボコにやっつける。これでイラつくアルトを倒せてスッキリし、更に生徒からも尊敬の眼差しを向けられる。まさに一石二鳥よ!)
しかし、
「えー嫌だよ。だって疲れるし、眠いし」
この返事で生徒達がざわつき始めた。
「え、なにこの温度差」
「いやカイラ先生が気合入りすぎなんだって」
「カイラ先生恥ずかしいな」
カイラの顔が真っ赤になっていく。
(コイツ、私に恥ずかしい思いをさせやがって!こうなったら奥の手だ!)
「ではこういうはどう?勝った方が負けた方に何でも命令できるの!」
「引き受けましょう」
アルトは渋い声で即答した。
「なんだアイツ?」
「ただのスケベじゃねぇか」
「お願い、勝って!カイラ先生!」
生徒が口々に文句を言うなか、シアリーはカイラを一生懸命応援した。
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「ルールはどうすんだ?」
「そうね、ここはシンプルに、膝をついたら負けってのはどう?ただし、殺傷性の高い技は禁止。まぁ貴方はそんなに強い技使えないと思うけど」
「あー分かった、分かった。俺も流石に女性に怪我させるのは気が引けるからそっちの方が助かるわ」
お互いに言葉で軽いジャブを交わす。
「じゃあ貴方、審判やってくれる?」
「わっ私ですか?」
「ええ、貴方しっかりしてそうだもの」
カイラに指名されたのはシアリーだった。
「わっ分かりました!」
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演習場の原っぱが風で揺れる。太陽が燦々と照りつける中、それは始まろうとしていた。
カイラがアルトを睨む。
アルトはどこか遠い目をしている。
「それでは、試合開始!」
カイラはすぐさまシャルムを発動する。そして一本の槍を召喚した。
そして目標を確認する。アルトはただやる気のなさそうに突っ立っている。
(やる気ないならそのまま突っ立ってなさい。ボッコボコにしてやるわ!)
足に力を込めて、目にも止まらぬ速さで一閃する。
はずだった。
「それがお前のシャルムかー。中々かっこいいじゃん」
「なっ!」
背後から声が聞こえた。
アルトの声だ。
(さっきまで前にいたはずなのに……)
慌てて振り返る。
目線の先にはデコピンを構えた手があった。
「今日からお前は、俺の奴隷だ」
でこに強い衝撃を感じた後、カイラの意識はシャットダウンされた。
今回も読んで頂きありがとうございます。少しだけですが、ようやくアルトを戦わせることができました。そしてカイラというニューヒロインを登場させました。これから2人の間で活躍にご期待ください。