腐りきったこの世界
冒険者の街、レンドラにはレンドラ冒険者学院という冒険者を育成する学校がある。
この教育機関のおかげでレンドラは世界一の冒険者の町として発展を遂げ、世界にその名を轟かせている。世界中からもクエストが沢山集まる。その為、大半の冒険者はここに暮らしている。
レンドラ冒険者学院、シアリー・レイシュリーも生徒の一人である。
「ねぇ知ってる?今日から1ヶ月間、本物の冒険者の方々が来て私達に授業をして下さるそうよ!」
黒髪ロングで左側を三つ編みにしているシアリーは育ってきた胸を揺らしながら嬉しそうに話しかける。
「嬉しそうね、シアリー」
シアリーと話す女子はリーン・アセイスという名前だ。
金髪のショートカットという髪型で、シアリーと違って胸はあまり出ていない。
「だって本物の冒険者に教わることができるのよ?嬉しいに決まってるじゃない!」
「そうだね、私も楽しみだよ!」
「隣で受けましょ!」
「うん!」
二人は教室の1番前の長机の1番真ん中に座る。
クラスは男子20名、女子20名である。
その中でもシアリーはリーンと特に中がよく、いわゆる親友同士である。
「緊張する〜!一体誰が来てくださるのかしら!」
「ふふ、楽しみね!」
そして授業開始のチャイムがなる。
それと同時に教室のドアが開かれる。
クラス全員がそこに注目していた。期待の眼差しを向けていた。
しかし、
「はい、こんちゃー」
猫背で白髪のボサボサ頭にシャツもズボンから出ている。靴の踵も踏まれている。
見た目はとてもだらしなく、頼りない。
シアリーは内心がっかりしていた。
(なんかとてもだらしない人ね。本当に大丈夫かしら。にしてもとても若いわね)
「じゃあ自己紹介、アルト・ステルトです。はい、以上ー」
(短っ!)
満場一致で心の中で突っ込んだ。
この人から本当に教わることがあるのかといよいよ不安になってきた。
「早速授業といこうか!教科書の56ページを開いてくれ!」
生徒達が戸惑っている間に授業が始まった。さっきまでの不安を払拭するかのように、透き通った声に一瞬でクラス全員が聞き入った。
もしかしたら最初だらしない雰囲気を出していたのは、生徒達の注目を集める為だったのではないか、自己紹介が短いのは無駄な時間を使わず、生徒達の勉強に当てたいと考えていたからではないかと思うほどだ。
「みんな開いたな?あーお前ら教科書の持ち方習わなかったのか?そんな風に横端を持ってたら力はいらねぇよ」
なるほど、持ち方まであるのか。きっと集中力が上がって教科書を暗記しやすくなるのだろうとシアリーは解釈した。
(この人、私の知らない冒険者だけど、やっぱりすごいのかも…)
「持ち方はこうだ。教科書の上の真ん中、つまり背表紙の上の方をしっかりと両手で掴むんだ!」
アルトが教壇でやっているようにみんなも真似する。
(これが正しい教科書の持ち方!)
しかしアルトはシアリーの、生徒全員の期待を見事に裏切った。
ビリッ、ビリビリビリビリィ
「セイヤー!」
突然アルトは教科書を真っ二つに破った。
静寂が教室を包み込む。みんな唖然としている。
1番前に座っていたシアリーはフルフルと怒りに震えている。
「お、落ち着いて、シアリー?」
リーンがなだめるも、すでに遅かった。
「い、一体どういうことですか⁉︎」
勢いよく立ち上がってアルトに詰め寄る。
「いやー、この教科書読んでると無性にいらついてなー、何書いてある意味わからんし」
テヘペロ☆
舌をだし頭に手をグーにしてくっつける。
その仕草を見てシアリーの怒りは最高潮に達した。
「真面目にやれぇ!」
「ゴホォッ!」
シアリーは至近距離で手に持っていた教科書を投げつけた。そして後悔する。
(最初に期待した自分が馬鹿だった)
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「一体なんですか!あの冒険者は!」
レンドラ冒険者学院、校長室。
そこに1人の教師と校長先生が話している。
実際は教師が一方的に怒鳴り散らしているだけではあるが。
「あのやる気のなさそうな目、不潔な格好!本当に冒険者なんですか⁉︎名前も聞いたことないですよ!もっとマシな冒険者は居なかったんですか⁉︎」
教師がまくりたてる。
「いやぁ、半年後に王都会議があるじゃろ?優秀な冒険者や大きなクランに所属している冒険者は軒並みそっちのクエストに行ってしまったんじゃよ。そっちの方が報酬もいいからの」
クラン、簡単に言えば、冒険者が集まりる共同体である。クランに入ればクランとしてクエストを受けることができ、クラン全員で1つのクエストを受けることも、クラン内でクエストを譲渡することもできる。全員で難易度の高い、高額報酬のクエストも受けることも可能だ。
強いクランはそれほど人気も高く、クランランキング上位は常に入隊志願者が絶えない。因みに、シルザ達は昔、白銀の大鷲というクランに所属していた。
「このアルトという男はクランにも入っていない、恐らく高難易度クエストを受けた事がないのでしょう。報酬も手に入らない、だからあんな不潔で貧相な格好をしてるんですよ!なんで追い払わなかったんですか!」
「いや〜もうすでに報酬も払って貰ってるし、追い返すと我々の利益がないじゃろ?」
「このままやらせても利益は出ないと思いますがね!」
教師の叫び声が校長室に響き渡る。
冒険者という理由で自分を差し置いて生徒達に授業をしているアルトが憎くてたまらなかった。
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「えっと、えーっと、人間はシャルムとポイントという力を使って戦う事が出来ます。えーっと、それで、シャルムは人それぞれ違った武器を持っていて個性を出すことが出来ます。ポイントはモンスターを倒す事で5種類のポイントが手に入ります…で合ってんのかなこれ」
アルトは一生懸命自分で破った教科書を繋ぎ合わせ、教科書を読んでいく。
(全然ダメだコイツ…)
シアリーは大きなため息をついた。
教科書の文字列をただ読んでいるだけ、おまけに説明も分かりづらい。
こんな授業ならいつもの先生の方が100倍マシだ。
「あの先生、説明がただ教科書を棒読みで読んでいるだけですし、既にその範囲は学習済みです!」
「えっ、そなの?」
「だから次の範囲を教えて下さい!」
「オ、オーケー。だから右手に構えてる教科書を下ろそう…」
シアリーは投げつけようと構えていた教科書をそっと机に置く。
しかし、
キーンコーンカーンコーン
授業の終わりのチャイムが鳴った。
「お、ラッキー!昼休みだ!」
アルトは一目散に教室を出ようとする。
そして教室を出る前に生徒達の方を向く。
「それでは生徒諸君、次の授業でお会いしましょう。BYE〜☆」
そう言いいながらウィンクしながら教室を出る。
シアリー達生徒は全員ぽかーんとしている。
「なんなのよあの冒険者は!」
シアリーはもうそこにはいない残念な冒険者に叫んだ。
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昼休み、俺はは屋上でサンドウィッチを食べながらレンドラを見下ろしていた。
(もうここに来て2年経つんだな)
2年前、俺は冒険者に憧れてこの町にやって来た。冒険者になる為に村でたくさん体を鍛えた。
困っている人の役に立ちたい。世界の真理を追求したい。俺の憧れであるあの人達みたいになりたい。
俺は強くそう願った。
だけど、現実は違った。
自分は何もないただの砂漠を彷徨っていたと気づいたのが遅すぎた。
冒険者はみんな偉い人の為、金の為に働いていた。高額報酬のクエストはこぞって奪い合われ、低額報酬はクエストボードの隅っこに追いやられていた。
俺が描いていた冒険者は全てまやかしだった。
誰も人の役に立ちたくて冒険者をやっていない。
どいつもこいつも金、金、金。
金さえあればなんでもいい。レンドラの冒険者達は全員がそうだ。
冒険者が冒険しない。この世界はそういう世界だった。
何もかもが馬鹿らしくなった。
可笑しくなった。
冒険者が冒険をしない。これほど面白いものはない。
一体彼らは何を持って冒険者を名乗っているのか。
こんな世界あってたまるか。
その時だった。
この世界に絶望したとき、体が突然光に包まれた。
「この光は、あの時の…」
初めてシャルムを発動した時、同じ光に包まれたことをよく覚えている。
「これは、まさか…」
光が収束したあと、自分の手を見ると、俺のシャルムであるグローブを装着していた。
ただし、いつものただのグローブではなく手のひらに両手の甲に紅色の宝石が埋め込まれていた。
そして目の前に炎で書かれた文字が現れた。
未完成な道、そう書かれていた。
そしてその文字はシャルムに吸い込まれていく。
「こ、これが、シャルムの覚醒…」
10年前、エルレイトの言っていた言葉を思い出す。
「世界を、そして自分自身をな。それが自分の目にどう映るか、お前はどんな世界に生きるのか、それを感じ取ってほしい」
それがシャルム覚醒の鍵だと。
俺はこの絶望しかない世界を生きていく。それを感じとったからシャルムが覚醒したのだろうか。
そして未完成な道は俺の新しいシャルムの名前。
未完成な道、アルトは確かにあの時からずっと歩いてきた。シルザ達と修行を始めたあの日から。
しかし今、その道はオアシスのない砂漠なのだと気づいた。
ああ、もうどうでもいいや。こんな世界。
アルトはそのまま干からびていった。
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しかし2年後、そんな俺にも転機が訪れた。
「あら、貴方は…」
「ニーンさん!」
実に12年ぶりの再会である。
体が震えた。憧れの人に自分の干からびた姿を見せてしまった。自分の世界と現実のギャップに潰されてしまった姿を見せてしまったのだ。
「12年ぶりね。本当に冒険者になってたなんて…」
「冒険者って言ってもクエストボードの隅っこにある低額報酬のクエストをテキトーにこなしてるだけっすけどね」
俺は嘲笑混じりに答える。
「でも、それが貴方の描く冒険者なんじゃない?」
「えっ?」
「報酬なんて関係ない。クエストの大きさなんて関係ない。ただ困ってる人を助けたい。そして何より冒険をしたい、貴方は子供の頃そう言っていたわよ?」
何でこんなに嬉しいのだろう。
ここに来てから、誰からも理解されるはずがなかった。勝手にそう思ってた。
でも、理解してくれた。何よりも憧れていた人に理解してもらえたことがとても嬉しかった。
「あ、ありがとうニーンさん」
「私はなぜお礼を言われてるのかしら?それより、今受けてるクエストあるの?」
「いや、今はフリーっすけど」
「ならこれ受けて!1ヶ月学院の教師!」
「あ、他を当たって下さーい」
「どこへ行く?」
逃げようとするアルトをニーンがすかさず捕まえる。
(は、はぇー)
ニーンは既に現役を引退しているがその反射神経は健在だ。
そして、怖さも健在だ。
「話は最後まで聞きなさい。その学院に私の娘が通っているのよ。ルシファーをその身に宿す女の子よ」
ルシファー、9年前レンドラを襲った大悪魔である。
その災厄は突然空から現れた。
空間を切り裂き、そこから現れた悪魔はレンドラを火の海へと変えていった。
数多くの冒険者が立ち向かうも、その絶大な力の前に抗う術が無かった。
しかし、悪魔は2人の冒険者によって1人の少女に封印された。その代償は、2人の命だった。
その2人というのがシルザとエルレイトだ。
レンドラに来るまでアルトはそのニュースを知らなかった。
憧れは、もういない。
おまけに世界は腐っている。
俺が干からびるのは必然だった。
「娘さんも冒険者を目指しているんだね」
「ええそうよ、それと、シルザとアイナの娘もね」
「シルザとアイナさんの娘も…」
「名前はリーンとシアリーよ。2人に貴方のノウハウを教えて欲しいのよ」
「ノウハウねぇ」
アルトは少し考えた。
(もしかしたら変えることができるかもしれない)
この腐敗した冒険者業を、金にしか目にないというこの現実を。
冒険者の卵、生徒達の意識が変われば何かが起こるかもしれない。
「分かりましたよ、引き受けましょう!」
「このクエストを理解してくれたようね」
(変えてやる、この世界)
ニーンは干からびたアルトに水をくれた。
昔のようにクエストをくれた。
クエストとという水が、干からびたアルトを再び蘇らせた。
今回も読んでいただきありがとうございます。今回から第1章スタートです。アルトが大人になった世界です。これから沢山の経験をしていきながら無双します。ぜひ次回もよろしくお願いします。