ラスボス
「痛ぇ!」
「急に起き上がっても駄目よ。まだ完治してないんだから」
目を覚ますと、アルトは自分の部屋でニーンに治療されていた。
どうやら森で気絶していたところを運んでもらったらしい。
「ありがとうニーンさん、また怪我治してもらって」
「別に大した事じゃないわよ。でももうあんな戦い方しちゃ駄目よ?モンスターと殴り合いっこするなんて。そういうのはもうちょっと馬鹿のすることよ。今から入ってくる彼らみたいにね」
「よっ、目を覚ましたみたいだな」
そう言ってアルトの部屋に入って来たのはシルザ、エルレイト、アイナだった。
(なるほど、コイツらは馬鹿なのか)
心の中で馬鹿にしていたアルトだったが、妙な異変を感じた。
「どうしたの?みんな入って来て」
みんな何故か神妙な顔をしている。アルトは子供ながらそんな雰囲気を察した。
「ほら、アンタが言いなさいよ」
「分かってるよ」
シルザはアイナと言葉を交わした後、深呼吸して、アルトに向かった。
「アルト、聞いてくれ。俺たちは1週間後、この村を出て街に帰ることにした」
「ふーん、そっか。街に帰っても冒険者頑張れよ!」
「あれ⁉︎意外とあっさりしてんな!」
「だってみんなは冒険者だ。こんなところで何日もいられないのは分かってるよ。沢山クエスト受けなきゃいけないんだろ?」
「お前がこんな物分かりのいい奴だったとはな」
いつかこんな日が来ることは分かっていた。その時みんなを引き止めてはいけないということも分かっていた。
彼らは冒険者だ。冒険するのがお仕事だ。
シルザ達は何ヶ月もこの村に滞在してアルトの修行と村の復興を手伝ってくれた。
でも、最後にわがままを言うとすれば、
「最後の一週間、俺の修行しっかりと面倒見てくれよな!」
「ったく、クソガキからいいガキに成長しやがって」
「ちょっと大人になっただろ?」
アルトは笑って返す。
そして、最後の一週間が幕を開けた。
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怪我は2日で回復した。本来なら何ヶ月もかかる怪我だが、そこはニーンの実力だ。
エルレイトが言うには、ニーンは世界でも最高峰の回復役らしい。そこに至るまでの努力も怠らない素晴らしい女性だと、のろけ話を聞かされた。
怪我が治ってからというものの、アルトはひたすらシルザ達からクエストを受けていた。
戦い方も少しずつ覚えていった。
最初のようにモンスターの雄叫びを聴いても動じない。
日を追うごとにクエストの難易度も上がっていき、今やあの因縁のゴブリンの群れさえ自分の力で倒せるようになっていた。
そしてあっという間に最終日を迎えた。
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「今日が最後かぁー、最後はどんなクエストなんだ?」
「ふふ、準備はできてるわ、森に行きましょ」
ニーンはアルトの手を引いて家を後にした。
いつもはアイナとエルレイトがアルトにクエストを渡しているが、今回はニーンの所でクエストをもらうように言われた。
それに、アルトはもう一つ違和感を覚えていた。
「ニーンさん、なんか今日格好おかしくない?」
「…女性にそんなこと言っては駄目よ?」
おかしいというのは似合ってない、変だという意味ではない。
露出度高めの動きやすい服装、左腰にはシルザ達のクランのマーク、白銀の大鷲のデザインをあしらった腰布、右腰には回復薬を沢山詰め込んだポーチ。
まさに完全武装だった。
(もしかして、今からとんでもない化け物と戦うんじゃないだろうな)
アルトがいつ大怪我をしてもいいように、ニーンも帯同しているのかもしれない。
アルトは内心焦りながら森の奥へと進んでいった。
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やがて森の開けたところに出た。
「来たな、アルト!」
そこにはシルザがいた。
「じゃあ2人とも頑張ってね!」
「おう、ありがとうニーン!」
ニーンはシルザと言葉を交わした後、近くにあった切り株に座る。
「えっ?どういうこと?」
アルトはてっきりニーンと一緒にモンスターを狩りに行くものだと思っていた。
しかし、どうやら違うらしい。
「アルト、お前はずっと色んなモンスターを倒して来た。戦い方も少しずつ覚えて最初キラーエイプと戦っていた頃に比べてかなり強くなってる。
だがな、お前はまだ倒してないものがあるんだよなぁこれが」
「何だよそれ」
アルトはこの1週間クエストという形でシルザ達に沢山のモンスターを倒すように言われて来た。
その甲斐もあってか、アルトはだいぶ強くなったと自負している。
しかしシルザはまだ足りないという。
「お前がまだ倒してないもの。それは人間だ」
シルザは不敵な笑みを浮かべている。
そこには狂気すら感じられる。風の音が無くなり、色が無くなる。モンスターには出せない圧倒的な威圧。
ああ、そうか、そういうことか。
これから何をするのか、子供のアルトでも分かった。
「何で俺がシルザと戦わなきゃいけないんだよ!」
勝てるわけがない。いや、それよりも前に、なぜ今日をもって別れてしまう相手と戦わなければならないのか分からなかった。
「人と戦う事なんて沢山あるぞ?お前だって体験したはずだ。山賊から村を守るためにも必要だしな」
シルザ達が初めて村に来た日の事を思い出す。
あの時シルザ達が来なかったら確実に死んでいた。
シルザ達は人間相手でも躊躇なく制圧していた。
恐らく必要とあらば殺していたかもしれない。
「まぁ、今から、お前を殺す気で殺しに行くからお前も殺す気で来い。まぁやばくなったらその場でニーンが治してくれるから」
「死者を復活させれるほど万能じゃないわよ、私は。それに殺す気で殺しに行くって殺す気満々じゃない。アルトを殺したら殺すわよ?」
やはりニーンは大怪我をしてもその場で治せるように一緒に来たらしい。
だったら精一杯足掻いてやる。
「死んでたまるかよ!やってやる!」
アルトは気合いを入れる。
(ここでシルザに見せつけてやる!俺の成長しているところを!)
「さあ、始めよう。俺が!ラスボスだ!」
シルザは両手を空に掲げる。アルトを見つめるその黒眼は獲物を狩る時のそれだ。
そして最後の修行が始まる。
今回も読んで頂きありがとうございます。序章は最初2、3話で終わる予定でしたが、思いのほか長くなってしまいました。しかし、次が序章ラストです。やっと本題に入れます。次回もよろしくお願いします。