復活の産声
アイナはアルトをゆっくり抱きしめ、アルトを全身で実感する。
今となってはアルトの方が身長は高く、時間の流れを実感する為にも、アルトを抱きしめる他なかった。
「本当に大きくなったね。来るのが遅いよ、バカ」
「ごめん、ごめんなさい、アイナさん」
少し言葉を交わしたアイナはゆっくりアルトから離れシアリー達に向き合う。
「貴方達も、お帰りなさい。旅行は楽しめた?」
「うん!お母さん!」
「じゃあ、話は中に入ってからね!」
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「それで?相手をよく確認せずに魔法をぶっ放したと…そういうわけね」
「はい、反省してます…」
「そもそも横にいる娘に気付かないなんてどういうことよ!」
「ごめんなさい…」
家の中にある共有スペースでアルトはリーンから治療を受けてる途中、ずっとアイナはニーンとシアリーから説教を受けていた。
「にしても、貴方、よくアイナの魔法を食らって生きてるわね。……強くなったじゃない」
「へへ、当然だ!」
やはり憧れの人に褒められるというのは何歳になっても嬉しい。
「確かにアルトじゃなかったら確実に殺してた勢いだったわ。うさぴょん改良しなきゃ」
うさぴょんというのは、先程アルトに向かって炎を発射してきたとんでもない兎ぬいぐるみだ。アイナが魔法で生成したもので、技の威力、愛嬌に絶大な力を持っている。
「その話は置いといて、突然尋ねてくるなんて、一体どうしたの?」
「いや、俺はシアリーとリーンに招待されたんだぜ?まぁそれとは別に、これを渡したかったんだ」
アルトはそう言うと、ポケットの中からミルラ王国の市場で買ったダリアのブローチを取り出し、2人に差し出す。アイナには金色、ニーンには銀色のブローチだ。
「へぇー、綺麗」
「でも一体どうして?」
アイナに聞かれたアルトは目を瞑った。自分の言葉で伝えなければならないことがある。その為にここへ来たのだから。
「2人にお礼を言いたかった。そして謝りたかった。俺の10年間を創ってくれた2人にお礼もせずに、ただ何もない時間を過ごしてた。街でニーンさんに会うまでずっと干からびてたんだ。勝手に憧れて勝手に冒険者になって勝手に絶望した。そんな自分が嫌だった。情け無い姿を2人に見せたくなかった。ごめんなさい!」
「何カッコつけてんのよ。アンタがニーンと街で会ったのは知ってるけど、ちゃんと冒険者してたみたいじゃない!」
「そうよ!前会った時にも言ったでしょ?貴方は貴方の信じる道を進みなさい!貴方は間違ってなんかないんだから!」
「アイナさん、ニーンさん……」
顔を上げる。上げた先には2人の眩しい笑顔があった。
ああ、俺のやってきたことは間違いじゃなかったんだ。
2人の笑顔につられてアルトもはにかむ。
側で話を聞いていたシアリーとリーンも顔を合わせて笑顔になる。
全てが報われた瞬間だった。
「ねぇねぇ!このブローチつけてよ!」
「じゃあ私もお願いするわ!」
「え、俺がつけるの?」
カイラもそうだった。女性というのは人にアクセサリーをつけてもらうのが好きなのだろうか。
アルトは仕方なしという風にため息を吐きながら2人にブローチをつけてあげる。
「わぁ、2人とも似合ってるよ」
「そりゃ当然、素材がいいからね!」
「いや、おばさんじゃん」
「シアリー今日の晩御飯無しね」
「何をしょうも無いことでケンカしてるのよ」
アイナとシアリーのケンカにニーンが仲裁に入る。
普段は真面目なキャラのシアリーも母親の前ではちょっとしたイジリキャラに変身するらしい。アルトはそこにシルザの面影を感じた。
そしてふと、アルトはなぜここに呼ばれたのかを疑問に思った。
「なぁリーン、お前らは何で俺をここに招待したんだ?」
「あっ、そうだった!ほら、シアリー!」
「ちょ、ちょっとリーン⁉︎」
いがみ合いを続けているシアリーをリーンが無理矢理引っ張り出す。
シアリーはアルトを前にすると、さっきのような元気が失せ、下を向いている。
「おいおいどうしたんだ?俺はまだ教科書も破り捨ててないし、女子更衣室も覗いてないだろ?なんでそんなに落ち込んでるんだ?」
「あら貴方のしわざだったのね。突然学校側からお金貰えたから一体何事かと思ったわ」
「おいちょっと待てニーンさん、その金額は1億ゼリーか?」
アルトはいつぞやのロウファムとの会話を思い浮かべる。
「あら、詳しいわね」
「アンタのしわざかぁ!」
アルトは思わず頭を抱える。この事を盾に王都会議のクエストを受けさせられたのだ。思わぬ形で真相が解けてしまった。
「あの、アルト先生!」
アルトはシアリーの方へ向き合う。顔が赤い。シアリーが緊張していることが嫌でも伝わってくる。
何を言おうとしているのかは分からない。言葉にするのに、どのくらいの時間を要するか分からない。だが、アルトはいつまでも待とうと心に決めた。
シアリーが緊張して言葉が出てこないなら、ここを一歩踏み出して乗り越えて欲しかったから。
「あ、あの、アルト先生……」
緊張して、口が回らない。頭が働かない。ただ一緒にクランを創りたい。そう伝えるだけなのに。
(あれ?頭に何も浮かんでこない⁉︎)
頭が真っ白になってしまったその時、左手に温もりを感じた。
リーンが手を繋いでくれた。
不思議だ。何もかもが解れていく。私は憧れの人と一緒にいたい。応援してくれる親友と一緒にいたい。
(ありがとう、リーン)
「アルト先生!」
みたび、名前を呼ぶ。
「おう」
(いい目になった)
「私達とクランを創ってくれませんか⁉︎」
「は?」
しばらく無音が家中を包む。
アイナとニーンも知らなかったのだろう。2人ともキョトンとしている。
だがアルトにとって重要な所はそこではない。
(愛の告白じゃねぇのかよぉ!)
アルトは後ろを振り向いてガッカリする。
淡い期待をしていた。この緊張した雰囲気、そして頬を赤らめる女の子。条件は揃ったはずだった。
「あ、あの、アルト先生?」
不審がるシアリーがアルトの顔をのぞく。
「あ、ああ、いや、何でもない。うん、なんでもない。クラン、そうクランの事だが……俺ってやっぱコミュ障だし?人と関わるのもめんどくさいって思っちゃう男だからさー、悪いけどこの話は受けれな……」
適当な戯言を述べているうちに気付いた。俺は一体何をやっているんだと。
(シアリーは本気だからこそあれだけ悩んだ。あれだけ苦しんでいた。それを適当な返事で返すのか?最低にも程があるだろ)
頭を掻きながらアルトはゆっくり言葉を紡ぐ。
「ごめん、今のは無しだ。お前の勇気に本気で応えさせてくれ。俺はお前の提案には乗れない」
「……理由を聞いてもいいですか?」
「俺の入りたいクランは、たった一つだけだ。今はもう無いクランだけどな」
シアリーの手が震える。目には涙を浮かべる。憧れの人に振られた。シアリーはそう捉えた。
しかし、そこに救いの手が差し伸べられた。
「だったら3人で入ればいいじゃない。白銀の大鷲に!」
「アイナ、それグッドアイデアよ!」
助けてくれたのは母だった。
「で、でも白銀の大鷲はもう無いんだろ?アイナさんとニーンさんも冒険者引退してるんだろ⁉︎」
アルトには理解出来なかった。無いはずのクランに入れというのは少々無理がある。
「何言ってんのよ!白銀の大鷲は休止してただけよ!アルト、貴方がリーダーになって頑張ればまた復活するわ!」
「それにさ、あんまり見たくないんだよねー、娘が振られているところ。生意気でも私の娘だから」
「別に、振られてなんかない……!」
シアリーは涙を隠しながらアイナに訴える。
しかし、その言葉に母の温もりを感じた。
「俺でいいのか?」
「貴方以外に誰がいるのよ」
「白銀の大鷲は一度地面に落ちたわ。だからアルト・ステルト!アンタが再び羽ばたかせなさい!これは命令よ!元白銀の大鷲メンバーとして、新白銀の大鷲リーダーへの命令よ!」
アイナの力強い言葉にアルトは不敵な笑みを浮かべて返す。
「あーもう、しゃーねーなぁ!わかったよ!やってやんよ!」
アイナとニーンはめんどくさそうに、でも本当は喜んでいるアルトを見て、微笑む。
始まる。思いもしなかった形で新たなスタートが切られる。憧れのクランで、憧れの人達に背中を押されてアルトはまた大きな一歩を踏み出す。
「シアリー、リーン。お前らに頼みがあるんだ」
「「はい!」」
「お前らの命、俺に預けてくれ」
「「はい‼︎」」
天気は快晴。今、新たなクランが結成された。かつて最強だったそのクランの名は白銀の大鷲。その復活を象徴するかの様に、小さなホームで大きな産声をあげた。
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【レンドラ・ギルド】
ギルド長、ロウファムは書類を整理していた。
王都会議の結果、その間に起こった冒険者失踪事件。そして犯人の謎。課題は山積だ。
窓から見える夕陽が、沈もうとしている空を背にひたすら書類に目を通す。そんな時、ノックも無しに、ドアを蹴り開ける音が聞こえた。
「失礼するぜー」
顔見知りのアルトだ。
「……今回の件、助かった。お前に行かせて正解だった」
今回の件というのは、恐らくレイロンが暴れた件を指しているのだろうというのをアルトは察した。
「ああ、俺がいなきゃ確実にミルラ王国は滅んでたなぁ。もっと崇めてくれたまえ!」
胸を張るアルトを他所に、ロウファムは話を変える。
「そんな事を言いに来るだけで来たのか?要件はなんだ?」
「ああ、俺が言いたい事は3つだ。1つ目は俺はクランに入った」
「何の冗談だ?家賃もろくに払えないお前が?」
「おい、今家賃関係ねぇだろ」
アルトはツッコミを入れてみたものの、家賃を半年ぐらい滞納していた事を思い出し、少し気まずい。
「まぁ2つ目はそれに伴い、クランのホームで生活することになったから、引っ越しする」
白銀の大鷲と、アイナとニーンの全員で話し合った結果、今、シアリーとリーンの住んでいる家を白銀の大鷲のホームとして復活させ、アルトもそこで一緒に住むことになった。だから大家であるロウファムに伝えなければならなかったのだ。
「ちゃんと滞納分も払ってから出ていけよ」
「それは今回の活躍に免じてチャラということで!」
「……まぁいい。それで、どこのクランに入るんだ」
「白銀の大鷲だ」
「フフ、これはまた大きい看板背負ったな」
「ぼちぼち頑張るさ」
「それで、3つ目はなんだ?」
「ああ、最後に忠告しとこうと思ってな!」
「忠告?」
「今回の王都会議のクエスト、そこに加わった500人が失踪した」
「ああそうだ。それをお前が鎮めてくれた」
「いいか?今回の敵は結局俺たちを襲った奴とクレアを襲った奴のたった2人だ。たった2人に500人もやられたわけだ」
アルトは新聞を読み、今回の事件の全容を知った。
敵は2人、目的も不明。更にシャルムを使わない、代わりに謎の力を使っていたという内容の記事だ。
アルトは嘲笑を含んで言葉を吐く。
「このままじゃあ冒険者は居なくなるぞ。アンタらギルドが本腰を入れて冒険者の意識改革を行わないと手遅れになるぞ……!」
今まで冒険者が冒険をしない、楽なクエストで楽にお金を稼いでいる弊害が今回の事件を生んだとアルトは指摘する。
簡単にお金が手に入るのならば誰も努力などしない。
「ならばギルドは冒険者の首を大量に切ればいいのか?弱い者は淘汰されろと?」
「違うな、弱いなら強くなればいい。この世の中には大した実力もないくせにそれなりの報酬を貰ってる冒険者なんて沢山いるだろう?……いらねぇんだよそんな奴。強くなってからデカいツラしやがれ」
アルトの話しに耳を傾けていたロウファムは静かに眼を見開く。
「ウハハハハッ、いいな、お前らしいぶっ飛んだ意見だ。だがなアルト、私も同じ意見だよ。冒険を出来ない冒険者は居なくなるべきだ。努力を出来ない冒険者は淘汰されるべきだ。だから私も今回の事件を受けて動こうと思っていたんだ。アルト、お前に紹介しよう。入ってきてくれ!」
ロウファムが扉の方に声をかける。
そして、扉が開く。
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「サイアスよ、アルト・ステルトはどうだった?」
暗闇から声が聞こえる。
サイアスは声が聞こえた方向な膝をつき、こうべを垂れる。
「はっ、少なくとも、霧風、クレアに勝てなかった私では恐らく手も足もでないでしょう」
「そうか、レイロンもダメだったようだな」
「申し訳ございません」
「いいさ、お前が生きて帰っただけマシな収穫だ。ゲートの力をもっと使いこなせるよう励め」
「はっ!」
サイアスはすぐさま霧に包まれその場を去る。
暗闇の中、声の主が独り言を呟く。
「面白い。これがお前の言っていた最後の希望か。シルザ……」
今回も読んでいただきありがとうございます。この回で第2章は終わりです。次回もよろしくお願いします。