魔物達の大行進
一度話してからというものの、アルトはシルザ達冒険者とよく修行をするようになった。
シルザ達の冒険譚はどれも面白いものばかりで胸が踊った。いつか自分も冒険をしたい、その夢がますます大きくなっていった。
しかし、
「タァ!」
「うわーやられたー!」
「おーやるなぁアルト!」
アルトがシルザに向かって竹刀を振る。それをシルザはわざと攻撃を貰ってわざと倒れる。
それがアルトは嫌だった。
「だから!真面目にやれよ!俺はシルザみたいに強くなりたいんだよ!」
「でも、お前まだガキだぞ?怪我したら危ないぞ?」
「エルレイトは俺をガキ扱いしすぎなんだよ!」
エルレイト、いつもアルトとシルザの稽古、いや、冒険者ごっこを横で見ている冒険者だ。金髪の長髪を後ろで束ね、キリッとした紅色の瞳は奥に優しさを秘めているように暖かい。
「そういうところが既にガキだな」
「俺もみんなのクランに入って冒険者やりたいんだよ!」
「ガキはいらねぇー」
シルザの言い方にカチンときた。
「あっれぇー?毎日毎日稽古でガキである俺にいつも一撃でやられてるどっかの冒険者がいるらしいじゃないですか〜!」
アルトはシルザをちら見しながら挑発する。
「やっぱただのクソガキじゃねぇか!」
「ガキガキ言うなー!」
「ったく、そんなに冒険者になりたいっていうなら、ほら!」
シルザはアルトにナイフを投げ渡す。
「ナイフ?」
「ソイツでこの森の魔物を狩ってこれたらお前を俺のクランに入れてやるよ!」
クランというのは冒険者の共同体で、シルザやエルレイトは白銀の大鷲というクランに所属している。
そしてどうせできないだろう。やれるもんならやってみろという魂胆が子供のアルトにも分かる。
「いいぜ、やってやる!」
売り言葉には買い言葉。そう言ってアルトは村の奥にある森の中へと走って行った。
(俺だって、冒険者に!)
「いいのか?まだアイツはガキだぞ?」
「なーに、すぐに諦めて戻って来るさ!」
「アルトは負けず嫌いなところあるからなぁ」
シルザとエルレイトは森の方を見る。鬱蒼と茂る森の中に入ったアルトの姿は、既に見えなくなっていた。
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【小さな村、近郊の森】
勢い余って村を飛び出してしまった。子供扱いされるのが嫌だった。かっこいいシルザ達冒険者に追いつくために、まずは一人称を僕から俺に変えた。しかしそれでも子供だとからかわれる。だから飛び出した。モンスターの一匹でも狩ってくれば認めてくれるかもしれないと思ったからだ。しかし、
「くっそー、中々モンスターっていないもんだなぁ」
村の近くに、人の居住区にはモンスターは寄って来ない。
モンスターを寄せ付けない護符が村を守っているからだ。より大きな町となれば、砦が造られ、護符の必要もなくなるのだが。
しかし稀に小さなモンスターが護符の効果をくぐり抜けて来ることもある。
「あ、ゴブリンの子供!」
モンスターの子供はまだ弱いため、護符がモンスターだと認識しない。その為今のように偶然出くわすケースは多い。
「あれだったら俺でも勝てるかも!」
「ギィィッ」
アルトと子供ゴブリンが対峙する。
しかし、
「あっ、こら待て!」
子供ゴブリンは体の向きをくるりと変えて、森の奥へと逃げていった。
「くそ、逃してたまるか!」
子供ゴブリンを追いかけてどんどん森の奥へと入っていく。森の中へ入っていくに連れて、自分のいる場所や方向感覚がなくなっていく。
しかし今はどうでもいいことだ。
(俺はこれで冒険者になれるんだ!シルザ達と一緒に冒険できるんだ!)
やがて、開けた場所に出た。
「おっかしいなぁ、どこ行ったんだ?てか、ここどこだよ」
「グウォォォォォ‼︎」
「…え?」
気付いた時には、何もかもが遅かった。
子供ゴブリンは逃げたのではない。助けを求めていたのだということを。
そして今いる場所は村の護符の庇護下ではないということを。
森の中、四方八方から大型のゴブリンが姿を現わす。その身長はどの個体も2メートルを簡単に超えているだろう。一体のゴブリンの肩に先程追いかけていた子供ゴブリンがちょこんと乗っている。
「は、早く逃げないと…」
アルトは黒眼を泳がせながら逃げ道を探す。しかし、周りをゴブリン達が固めているため、逃げ道はない。
「グウアオォォォォ!」
ゴブリン達が一斉に雄叫びをあげる。
アルトは恐怖に支配されて動くことすら出来ない。
魔物達の大行進、モンスターの大集団を表す言葉だ。例え冒険者であっても、1人でくぐり抜けるのは不可能に近い。
死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ!
声も出せない。これは絶対に死んだ。せっかく助けて貰ったばっかりの命なのに。
「グルオォォ!」
ゴブリンがパンチをアルトにしようとする。
そのパンチは空気を震わせ、風を切る。
アルトは咄嗟に目を瞑る。
しかし、体に来るはずの衝撃はいつまでたっても来なかった。
ゆっくり目を開ける。
「悪りぃ、アルト。怖かっただろう。でももう大丈夫。コイツら全員ぶっ潰してやるから」
目の前に、英雄がいた。
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「シルザ…」
アルトは目の前にいる英雄の名前を呟く。
大型ゴブリンのパンチを片手で受け止めていた。
そしてゴブリンの腕を掴んで軽々と投げ飛ばしてみせた。
「私もいるわよ!」
その声と共に突風が吹き荒れる。その風はゴブリン達を切り裂き、アルトを包み込むように保護する。
「アイナさん!」
アイナ・レイシュリー、シルザのクランの魔導士で、シルザの妻でもある。桜色の短い髪を風に乗せ、颯爽とアルトの前に構え、モンスター達に立ち向かう。
「魔物達の大行進かー、でも、相手が悪かったわね!」
"巡れ、風の使徒達よ。風の王アイオロスの名において命ずる。この詩が聴こえる命ある全ての者へ巡り駆け抜けろ!"
"ヴァンガスト"
アイナの魔法、ヴァンガスト。風を操り、敵を切り裂く魔法だ。目で捉える事は不可能、大抵のモンスターはこれで生きられない。
現に数百体のゴブリンが一斉に目には見えない風に切り刻まれている。
「おーおー、相変わらずすげぇな」
「シルザ、前、前!」
シルザがよそ見をしているところにゴブリンがシルザめがけて拳を振り下ろす。
「シルザ!」
アルトの声が響き渡る。そしてシルザの顔面に直撃した。人間が食らったら確実に殺されるほどの威力だ。
だからアルトは今目の前に広がる光景を信じることが出来なかった。
「なんだぁ?このヘナチョコパンチは」
「な、なんで?」
シルザは微動だにしなかった。確かにパンチは顔に入っている。しかし、痛がる様子も、怪我をしている様子もない。
「グルオォ、オオ?」
「今度は俺の番だな!パンチの打ち方教えてやる。その体に刻め!」
不敵に笑うシルザのパンチがゴブリンの腹に入る。
あり得ない威力だった。かなりの体重があるはずのゴブリンが紙よりも簡単に森の奥まで吹っ飛ばされた。
木々をなぎ倒しながらゴブリンは飛んでいき、辺りは土煙が立っている。
「すっすげー」
「おう!無事か?アルト」
「うん。それより、ありがとう!やっぱシルザはすげぇな!あんなデケェ奴簡単にぶっ飛ばしちゃうなんて!」
「ちょっとー、私の方が沢山倒したんですけどー?」
「あっごめん、アイナさん」
「ま、何にせよ」
シルザが話を本題に戻す。
「本当にすまんかった。お前を危険な目に遭わせちまった」
シルザがアルトに頭を下げる。こんなに真面目なシルザを見たのは初めてだ。
アルトはどうしていいか分からずアイナの方を見る。
アイナはそれにウィンクで応えた。
今なら多分何でも言うこと聞くから今がチャンスだ、そう言われている気がした。
「じゃあ、ちゃんとした修行つけてくれ!シルザみたいに強くなりたいんだ!シルザ達と一緒に冒険したいんだ!修行つけてくれるってなら許してやってもいいぜ!」
「お前みたいなヘナチョコが冒険者になれるかは知らねーけど、まぁしょうがねぇ。修行つけてやるよ」
「うおーっ、やったぁ!」
「泣いたって知らないからな!」
「誰が泣くか!」
その様子を微笑ましく見守るアイナ。
空を見上げると、体を撫でるような優しい風が森を駆け抜けていった。
今回も読んで頂きありがとうございます。次回もよろしくお願いします。