災厄
「出ろ!出ろ!私のシャルム!」
リーンは1人、中庭でシャルムを出す特訓をしていた。夕暮れの差す放課後、もう誰もいない放課後、リーンはひっそりと特訓を繰り返してきた。しかし、何度やっても結果は同じだった。
「なんで私だけシャルムが出ないんだろう」
リーンはため息をこぼす。
「へい嬢ちゃん、お困りかい?」
リーンに声をかけてきたのは、何故かボロボロになっているアルトだった。
「な、なんでボロボロになんですか?」
「ちょっと着地ミスったんだよ。で、何を困ってるんだ、て、見りゃ分かるよな」
「私、シャルムを出せないんです。おかしな話ですよね、冒険者目指しているのにシャルムを出せないなんて。私、才能ないのかな」
「お前に才能があるかないかなんて分からん。ただ1つ言えることはこれは才能云々よりも前の話だってことだな」
「えっ?」
「ちょっと失礼〜」
アルトは突然、リーンの服を上に捲り上げ、リーンの腹を晒した。
「ふぇぇ!」
「安心しろ。すぐ終わらせるから」
「安心出来ませんよ!」
リーンの腹にはルシファーが封印された証である紋章が刻まれている。
アルトは右手で紋章に触れる。すると、紋章は光だし、その光はリーンの体全体を覆っていった。
すかさずアルトはリーンから距離をとる。
「よう、災厄」
「妾を表に出すとは、面白い人間よのぉ」
光が収束する。そしてアルトの目の前にいたのは、リーン、ではなく、リーンに憑依した災厄、ルシファーであった。
目は赤く光り、胸は少し大きくなっており、口から八重歯が少しでている。なんといっても背中から生える翼がその風格を物語っていた。
「お前だろ?リーンのシャルムを邪魔してるの」
「フッフッフ、ちょっとしたイタズラじゃ。妾をこんな所に閉じ込めた罰じゃ」
「俺の顔に免じて許してくれよ、な?」
「フッフッフ、どのツラ下げて言っているんじゃ。でもそうじゃのう。妾の言うものを1つ持って来てくれたら、この娘にシャルムを使わせてやろう」
「一体何を要求するつもりだ?」
アルトは身構える。何せ相手はかつてレンドラを恐怖のどん底に突き落としている張本人だ。シルザとエルレイトを殺した張本人だ。人々がその名を聞けば震え上がる災厄である。きっととんでもない要求がくるに違いない。
「焼きそばパン」
「は?」
「焼きそばパンを食べたい」
「…マジで?」
「マジじゃ」
(えーコイツそんな可愛い要求してくんの?なんだよ変に身構えた俺が馬鹿みたいになってんじゃん!なんだよコイツ)
「オ、オーケー任せろ。売店で買って来てやるから」
「1分で戻って来るのじゃ。さもなくばお前には死んでもらうからの」
「クッ、アハハハハ、封印されて力失った癖に随分と大きく出たなぁ!やれるもんなら…」
"全ての生ける生命よ、災厄の名において命ずる。海に、大地に、大空に、遍く全てを統べる魔界の魂よ、この世の始まりに還れ"
"ダークマター"
アルトの横をものすごい勢いで黒い光の光線が駆け抜けていく。
魔法である。それも最上級の。
アルトがゆっくり振り返る。後ろにあったはずの木々や壁は跡形も無くなっている。
「確かに妾は力を失って全盛期の1割の力も出せん。だが、お前1人消すぐらい簡単じゃ」
「今すぐ買って来まーす!」
アルトはビビリながらルシファーに背を向ける。そこにタイミングがいいのか悪いのか、カイラがやって来た。
「アルト・ステルト!今日こそ貴方を倒しに来たわ!さぁ!勝負をしな…」
「カイラ!今すぐ売店で焼きそばパン買ってこい!いいか1分以内だ!そしたら勝負もしてやるし奴隷も卒業していいから!」
「な、なんなの?まぁ、分かったわ。約束だからね!あれ?そこにいるのはリーン?もうすぐ暗くなるから早く帰りなさい。ってあれ?なんか翼生えて…」
「早く行けぇ!」
「ギャー!」
アルトは中々買いに行ってくれないカイラを蹴り飛ばした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「か、買って来たわ」
よほど頑張ったのだろう。カイラはアルトに焼きそばパンを手渡すと、その場に倒れこんだ。
「これで貴方と勝負出来る…」
「へへ、ご苦労だったな。お前は俺の命を救った恩人だ」
アルトはそう言って焼きそばパンをルシファーに差し出した。
「おぉこれじゃ!妾の望んだものじゃ!早速味見をしようかの!」
「え、リーン貴方随分とキャラが変わったわね」
「バーカよく見ろ。コイツはルシファーだ。後ろに羽生えてるだろ?」
「ル、ルシファー⁉︎」
カイラが身構える。
「安心せぇ、今はこの娘に封印されて力は無い。それよりこの焼きそばパン、中々美味であるぞ」
「は、はぁ」
(そうか、ルシファーはこの子に封印されたんだ。でもなんで今までその事が公にならなかったんだろう)
「って事でもうリーンの邪魔すんじゃねぇぞー!」
「うむ。妾は満足じゃ。おとなしくしていよう。また焼きそばパン食いたくなったら出てくるからのー」
ルシファーがそう言うと、リーンの体が再び光だす。光が収まると、そこにはルシファーの憑依から解放されたリーンが立っていた。
「あれ?私、何を…?」
「よっ、お疲れさん」
「アルト先生、それにカイラ先生も!」
「早速だがシャルムを出してみな」
「でも、私にはやっぱり…」
リーンは力なく下を向く。そんなリーンの頭にアルトは手を置く。
「大丈夫だ。自分を信じることも強さに繋がる。シャルムを出すときは腹に力を入れて、手のひらに力を注ぎ込む様なイメージを持て。そして心の中でシャルムでろーって言ってみな」
「シャルム、でろー!」
リーンはアルトの言った事を復唱する。すると、右手に青い光が収束する。それは少しずつ形を形成していく。
そして最後に杖となってリーンの右手に収まった。
「出せた。これが私のシャルム…!」
「杖か、いいシャルムだ。恐らく魔法特化のシャルムだろうな」
「ありがとうございます。アルト先生!」
「礼はいらねーよ。大変なのはここからだ。シャルムをしっかり使いこなさないとな!」
「はい!」
「よし、もう暗くなるからそろそろ帰れ!」
「さよなら、アルト先生、カイラ先生!」
「ええ、また明日」
カイラはリーンに応える。
「貴方、先生っぽい所あるじゃない」
「…ちょっと馬鹿にしてるだろ」
「別にー。そんなことより勝負よ勝負!」
「へっ、今度は3秒で沈めてやる3秒で!」
「上等だわ!前回みたいにはいかないんだから!」
アルトとカイラは軽口を叩き合いながら中庭を後にする。
その姿をずっと見ている人物達がいた。
「見たか?さっきのは間違いなくルシファーだ」
「まさかあんな所に封印されていたとは」
「しかしどうやってルシファーを表に出したんだ?アイツら」
「災厄の封印先にとてつもなく強大なシャルムの源を注ぎこんだんだろう。災厄はそれに呼応して出てくるからな」
「アイツらにそれほどの力があるって事か?」
「恐らくさっきあそこにいた女、クランランク第3位、緋色のロベリアの1人だ。恐らくルシファーを封印先の表に出したのもアイツだろう」
「ならアイツから叩くか?」
「そうだな、アイツさえやっちまえばこっちのもんだろう」
「よし、では決行は明日、抜かるんじゃねぇぞ?」
今回も読んでいただきありがとうございます。次回もよろしくお願いします。