魔法をぶっ放せ! よっつのうちのよん
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ゲームの世界なのに、大きなイベントが起きないなあ、などと言ってごめんなさいでした。大ヘビを狩ることになった、王子クロードです。
いや、ホント無理無理。前世? あれ、僕って日本で死んだからゲームに転移してきたのかな。いや、それはまた後で考えよう、兎に角前世で、小学校に入る前であったと思う、虫やら蜘蛛やらヘビやら、キワモノ系小動物が大好きであった父親に、青大将を何の気もなしに、ほいっ、と手渡されたときから、ヘビはもう大の苦手なのである。
あの妙にひんやりした体温に、濡れているのか濡れていないのかよくわからない触感。ファーストインパクトで、もう大っ嫌いになりましたとも。
蜘蛛とか毛虫とか蛾なんかは、もふもふっ、としていて可愛く思えたんだけど。
兎に角、ヘビ! 大ヘビ! 大蛇! ちゃっちゃと討伐するのです。
だから、作戦会議を行なうことにしました。残り時間、五分くらいの。
「やっぱり、火を避けるっていうぐらいだから、火が弱点なのかね」
最初に口を開いたのは、推定友人のショーン。発火するのに必要なものは、魔法力と答えた脳みそ筋肉系魔法使いである。貴重な眼鏡キャラなんだから、頭を使おうよ。
「いや、火を嫌うというのは、獣や魔物の本能と聞きます。火を弱点とみなすのは、いささか短絡的であるかと」
丁寧に話す律儀系。眼鏡がなくてもちょっと賢そうに見える。
「僕も、そう思う」
最後に話すのは、口数少ない、内向系。三人の中では、魔法の腕がもっとも秀でている。
そして、視線は僕に集まる。ショーンなんかは、良い考えないの? と聞いているようでもある。
答えちゃって良いんだろうか、少し悩んで黙っている。
すると、意外にも口数少ない内向系の彼が、口を開いた。
「殿下に聞いたら教えてくださると思う。でも、それでいいの?」
ショーンを見据えて、そう言った。はっきりとそう言った。意志の強さが窺えた。
「そうですね、殿下のお言葉は、きっと正しいでしょう。まずは、私たち三人で考えましょう」
律儀系が助け舟を出す。
「うーん、頭を使ってみますかー」
外見だけ理知系の残念系が折れました。
「魔物って言っても、元はヘビなんだよなあ、ヘビってどんな生態だっけ」
お、意外に勘は鋭く目の付け所は良いショーンである。
「この国に住む毒のないヘビは、暖かい水辺や湿気た場所を好んで住む、はず」
内向系の言葉に律儀系も、うんうん、と同意する。
「ああ、寒さに弱いんだっけ、温度の何動物だっけ?」
「変温動物、のことですね。寒い季節は冬眠したりすると習いましたね」
そうそれそれ、とショーンは手のひらをこぶしで打つ。もう礼儀正しさはどこかに消えてしまったな。
「ヘビが弱いのは寒さ。炎は牽制にして、氷の魔法で攻撃する。でも、氷の魔法、使えるの?」
その言葉に、律儀系は目を伏せる。ショーンも首を振る。だが、その目は笑っている。何か解決策があるんだろうか。
「氷なんて得意なのは一人しか居ないじゃない。アイスクリームも魔法で作れちゃうんだよって自慢されちゃったこともあるし」
ショーンはにやにやと笑って、僕を見据える。まったく、軽快な態度である。
「殿下の超火力は禁止です、っていわれたけれども、火の力じゃなければ、殿下の力、存分に借りても何の文句もないよな?」
文句はないよ、文句は。ただ、最終兵器扱いはやめてください。
それに加えて、魔法なら何でも使えるであろう誤解も解いておかねばならない。
「ショーン、僕がこの場で使えるのは、冷たい風を吹き荒ばせる魔法か、氷を生み出す魔法だ。魔物を凍え凍らせる魔法を使えるわけじゃない」
ショーンはびっくりした顔を見せる。一体僕のことを何だと思っているんだ。
「殿下に、不可能、なんて言葉は存在しないと思ってたのに」
短い付き合いながら、僕のことをとても買ってくれる代え難い良い友人だけれども。全能の存在、とは思われたくないなあ。
「あああ、ならどうしようかぁー」
ショーンは頭を抱えた。本気で、殿下に任せました! と思っていたのか、コイツ。後でシメよう。累計二つ目のシメだ。
「殿下、お願いがあります」
律儀系くんから、顔を伏せてのお願い。
「殿下には冷たい風の魔法で、大蛇の動きを鈍らせて欲しいのです」
本当に丁寧なお願いである、思わず苦笑してしまう。
「そんなにかしこまらなくて良いよ、今はヘビ退治の仲間じゃない。あと、そういうからには、大ヘビにとどめを刺せる魔法があるってことかな」
「はい、稲妻の魔法が使えます。ただ、魔物など動く相手に稲妻を打ったことはありません」
なるほど、当たれば倒せるかもしれないが、止まった相手でないと当てる自信はないということか。
すると、内向系くんが口を開く。
「じゃあ、僕は殿下の風に合わせて、雨を降らしてみる」
雨混じりの風で、ヘビから体温を奪い、水に濡らすことで雷を落としやすくするつもりであるみたいだ。
「ヘビの牽制は、残った俺か。火炎の魔法で良いんだよな」
ショーンが確認するように言う。ショーンには、魔法を直撃させないよう、注意しておく。
大まかな方針が定まったところで、大蛇が来るぞ! との先生の声が響く。
ひゅんっ、と心が、引き締まる。
草むらの向こうから、索敵先生が走ってくると、そのすぐ後に、鎌首をもたげた大ヘビが現れた。体長はよくわからない。が、その鎌首は大人三人分の高さもあろうかというほど。灰色の肌に黒い縞模様。胴体はドラム缶と変わらないほどの太さか。しっかり、見ていられない。
正直に言って、気味が悪い、気持ち悪い。怖いのである。
大ヘビの目がまっすぐこちらを見据えているようにも思えた。心が、竦む。
すると、ショーンが突然大ヘビの鼻先に火炎魔法を打ち込んだ。大ヘビの鎌首と同じ高さの火柱が、ドンッドンッドンッ、と三発も燃え上がる。
「殿下っ!」
大丈夫かっ? とでも続くような、ショーンの心配する声が掛かる。
ああ、大丈夫。僕は、先程決めたとおり、魔法を放つことに集中する。
その結果。
特に問題もなく、物事は進んで大ヘビは無事討伐できました。
ショーンは大ヘビを逃がすこともなく、そしてこちらに近づけることもなく、火炎魔法で牽制し続けた。戦闘系魔法使いとでも称するべきか。ひらりひらりと舞うように動き続けながら、魔法を何発も打ち続けたのである。ショーンの働きは、まさに縁の下の力持ちであった。
次に続いた内向系くんと僕の魔法は、予想以上に効果的であった。雨混じりの風は温度を下げ続けて吹雪と化したのである。みるみるうちに、大ヘビの動きは鈍っていった。
とどめは、律儀系くんの稲妻。ぶっ放した魔法の一撃は脳天直撃、見事に命中させて、大ヘビの命を仕留めたのである。
先生たちも一連の流れを称賛してくれた。本当に見事な手際であったと、自分でも思う。そして、僕が腰を抜かさなければ、実習の最後に格好もついたんだけどなあ。
そう、思っていた以上に、僕は恐慌状態に陥っていたみたいで、討伐を終えて街道まで戻ってきた瞬間に、へたり込んでしまったのだ。
ショーンは、大ヘビが現れたときから気付いていたみたいで、すぐに体を支えてくれ、よく気遣ってくれた。
僕たちの様子に先生たちも驚いたのか、治癒師の先生が駆けつけてくる。どうしたのですか、ととても心配してくれた。
だから、小さな頃からヘビが大の苦手で、そのヘビの大きな姿がとても怖く思えて、腰が抜けただけなんです、と伝えるのは、少し心苦しかったのだ。
先生たちは、王子殿下が苦手であるヘビの魔物、大蛇の退治を押し付けてしまい申し訳ありませんでした、というような負のオーラを纏ってしまうし。
初めての魔法学実習は、結果だけ見れば大成功であったけれども、ほろ苦さを残した思い出となりました。




