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王子は婚約者が悪役令嬢であることに気付かない  作者: 相生土猿
章末外伝・忠犬のふたつの疑問
17/18

忠犬と、後の大学アイス

  ◇


 殿下の忠犬、フランク・ミルナーです。


 夏のバカンスも目の前にして、王子殿下が広場で愛の告白!


 首都アストラガラスは、そんな話題で持ちきりで、にわかに活気付いております。目ざとい人などは、数日後に殿下とエルガー嬢がおそろいの指輪を身につけていることに気付いて吹聴しだしておりますし。


 宝飾商の方々は、殿下に足を向けては寝られない、などと言っているみたいです。婚約者同士で、愛の告白からのペアリングの交換、といったことが流行りだしたそうで。貴族の婚約ですと、やはり家同士の結婚の色が強く、婚約指輪も代々伝わるものを渡すだけであったそうで。結婚の当事者同士が、真摯に言葉を交わし、自分たちだけのおそろいの指輪を身につける。このことが、世の中の男女の琴線に触れたみたいです。


 やはり、楽しいニュースがあると、世の中が賑わうみたいです。おかげさまで、魔法アイスクリーム屋も大繁盛です。本格的に忙しくなる前に、殿下が番頭さんを連れてきてくださったので、僕が監督するよりも、業務が円滑に進むようになりました。


 もっとも、決済の判子はいまだに任されたままですが。


 殿下がお連れになった番頭さんは、とても優秀な方でした。難航していた生乳や果物の仕入先の選定も、あれよあれよという間に決まってしまいました。さらに、番頭さんは港の街カメリアや、避暑地ヘメロカリスにも屋台を進出することを狙っているみたいです。カメリアでは、氷を削ったカキ氷なるものを、ヘメロカリスでは、ちょっと高級感のある高原アイスを売り出そうとしているとか。


 もう、決済の判子は手放しても良いと思うのですが。


 さておきまして。


 魔法アイスクリーム屋に(たずさ)わって以来、ずっと不思議に思っているのです。どういう仕組みでアイスクリームを作っているのか、肝心なところがわからないのです。


 という訳でして、殿下が暇そうにしているときに、聞いてみることにしたのです。


「うーん、ショーンにも聞かれて、説明したんだけど」


 どうやら、ショーン卿には納得してもらえなかったそうです。


「とりあえず、フランクは屋台の構造を把握しているよね」


 アイスクリームの屋台は、簡単なものです。丸く仕切られた鉄板、殿下はアルミニウムと仰いましたが、その鉄板が冷えておりまして、鉄板の上に決められた分量の生乳や果物などの材料を投入し、後は鉄ベラで空気を含むように混ぜるのです。すると、材料が冷え固まり、アイスクリームが出来るのです。


 そして、冷えた鉄板の下には、液体を入れる丸い鍋が取り付けられており、もくもくとした冷たい煙が吹き出しています。一日に何回か、魔法使いの方が液体を補充するみたいで、決して勝手に触らないように、そして火の気は近づけないように、と厳命されているみたいです。


 僕がわからないのは、まさにその液体のことなのです。何故、モノを冷やすのに氷でなく、液体を使うのか。一体あの液体は何なのか、僕も触ってはいけないといわれているので、さっぱりなのです。


「うーん、聞いて信じてもらえるかわからないけど、あれはもともと空気なんだ」


 聞いてもさっぱりでした。


 空気って、目の前にあるけれども、透明で見えない、この空気のことですよね。それがどうして液体になるんでしょう。そもそも、この空気がどうして冷たいんでしょうか。


「まず、物質の三態って習っているよね」


 水で言うと氷、水、水蒸気ですよね。温度を上げたり下げたりすることで、移り変わる状態のことですよね。


「空気も思いっきり冷やすことで、液体になるんだ。大体、摂氏マイナス二〇〇度ぐらいだったと思うんだけど」


 摂氏って何ですか。


「水が氷になる凝固点を零度、水が沸騰する沸点を一〇〇度とした温度の尺度のこと」


 初めて聞く知識であった。殿下の知識に、何の言葉も出ない。


「まあ、兎に角、空気を冷やしに冷やしまくって、液体になるまで冷やしたものを、アイスクリームを作るのに使っているわけ。そして、温度が上がると勝手に気体になるから、液体空気を補充する必要があるんだ」


 殿下のお話を聞き、どうしてアイスクリームが出来るかはわかりました。わかりましたのですが、また、さらに疑問が浮かび上がりました。


 どうして殿下は、空気が液体になる? ほどの魔法を使えるのでしょう。空気を冷やす魔法や、氷を作る魔法は、殿下とともに魔法を習う際に見たことがありますけど。


 その質問をぶつけると、殿下はこめかみに指を当て、困った表情を見せました。


「断熱膨張って言って、圧縮した空気を温度を下げた後に、膨張させると空気がさらに冷えるんだけど」


 ダンネツボウチョウ?


「まあ、その現象を魔法で最初に試した際に、加減を間違えて、液体になっちゃったんだよ」


 失敗の結果が魔法アイスクリーム屋につながった、と殿下は仰る。


 殿下がさらに仰るには、空気をそのままの状態で温度を下げようと想像すると、空気の粒の運動を抑えることしか思いつかなかった、とのこと。この時点で、僕にはもう理解できませんでした。


 自身が体感したことのある冬の空気や、ハイランドの冬の寒い夜の空気までは魔法で再現し、冷たい風という現象の再現は出来たのだが、さらに空気そのものの温度を下げるイメージがまったくわかず、断熱膨張か冷たい空気を上空から持ってくるしか手が無かったとか。


 その後も、殿下よりいろいろとご説明頂きましたが、結局ショーン卿と同じく私も納得することは出来ませんでした。


 結局、わからないことがわかったのですが、最後の最後に、気になった点を尋ねました。


「その、殿下以外に理解できる人がたくさんいると思えないのですが、ではあの屋台に、殿下が仰る液体空気を補充しにくる方たちって、一体何をしている人たちですか」


「ああ、言ってなかったっけ? アストラガラス大学の学生さんや、大学に勤める研究員の方たちだよ」


 その言葉に、僕は唖然とするしかありませんでした。


 殿下はそんな僕の心情など露知らず。何のこともないように、液体空気の作り方を伝えた後に、その研究費を去年から寄付していて、その代わりに屋台に液体空気を分けてもらっているんだ、と簡単に仰る。


 ああ、だから液体を補充する彼らにお給金は必要なかったのですね。そして、殿下の手に渡ったアイスクリーム屋の儲けがどこに消えていたかもわかりました。わかりましたけれども。


 国の未来を明るくするために、最先端の研究や勉強をしている方々の魔法が、アイスクリームに使われていたなんて。そんなアカデミックなアイスクリーム、屋台で気軽に売っていていいのでしょうか。



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