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王子は婚約者が悪役令嬢であることに気付かない  作者: 相生土猿
第二章・王子は浮かれて気付かない
12/18

慌てるな、まだ早い

  ◇


 土曜日の朝を迎えた。


 婚約者のリズがやってくる土曜日である。予定では、お昼前にリズが訪ねてくる。


 一日の流れとしては、出迎えの挨拶、歓談。そして、屋敷に呼んだ四重奏団の演奏会を聴く。終わった後は、遅い昼食に、デザートつきのお茶会。そのあと、リズが屋敷を去るまでが自由時間で、その際に告白しろとの屋敷の使用人一同からお達しである。


 本日は公爵令嬢お一人のご訪問。ご令嬢が、日が暮れきる前にご帰宅できるよう、土壇場で決心を鈍らせないでください、とも言われた。親同伴なら夜が遅くなったり、泊まりの訪問でも良いけれども、今日はリズ一人であるし。もっとも、首都にあるコーンローズ公爵邸は、僕の今の住まいであるヘメロカリス公爵邸と、馬車で一〇分と掛からない距離であるけれども。


 兎に角、お膳立ては周りの人間がしてくれた。有無を言わさず押し付けられたとも言えるけど。ありがたいが、若干の気恥ずかしさと情けなさがある。


 遅い朝食を摂った後に、ちょっとそのことが気になったので、屋敷の家政婦長に質問してみた。


 上流の貴族や王族の子女って、告白ひとつするのに、皆お膳立てしてもらうのか? って。


 すると、家政婦長はちょっと困った顔をしながらも、答えてくれた。


 相手を見ずに、当方が気の急いた場合は、お(いさ)めしてまずは手紙からと薦める。相手が急いているのに、当方がのんびりしている場合も、まめにお手紙でも、と薦める。


 それとなく、婚姻にかかわる両家が、お互いの好みや趣味などの情報を交換しつつ、うまくいきそうなら特に殿方を後押しする、とのこと。


 いろいろ考えられているんだなあ、と思いつつも、僕については後押しっていう限度を越えていないか、って思うんだけど。


 僕の納得のいっていない表情を見てか、家政婦長が口を開いてくれた。


 殿下とご令嬢に対しては、後押しではなく、私たちの心からの祝福です、という。


「祝福かあ。それは、うん、皆の気持ちはわかる。そしてありがたいと思う。けど、こうにも場をきっちり整えられるとね」


 他人の(ふんどし)で相撲をとる上に、八百長まで仕組んだ勝ち相撲みたいなのですよ。相撲のない世界なので、うまく家政婦長には伝えられないけれども。


 すると、勘違いをしてはなりませんよ、と家政婦長は言う。


 お客様のおもてなしなど、最高の場を整えるのが私たちの仕事なのですから。ただ私たちの仕事は、殿下のお心があってこそです。殿下のお心が無ければ、最高の場があっても、ご令嬢をなびかせることは出来ませんよ、だってさ。


 ごもっとも。うまく言いくるめられてしまった。


 そして、気合いを入れなおす言葉でもあった。ここまで舞台を用意してもらっておいて、告白できなかったらそれこそ、立つ瀬がなくなるというものである。後ろめたい気持ちなんか忘れて、そう、僕の気持ちは全て、今はリズに向けよう。


 そんなこんなで、迷いがなくなったところで、身だしなみを整えたり、四重奏団の奏者の人たちが来てくれたので挨拶してみたり、服を着替えたりしたところで、リズが家に着いたとの報告を受けた。


 玄関まで出迎えないと。


 心がうきうきとしていて、足取りが軽い軽い。


 玄関に続く扉を開け、リズを目に入れる。


 すぐに目を引いたのが髪型。長い髪を編みこんでシニヨンにしていた。首筋からうなじが綺麗に見える、その白さは吸い込まれそう。


 切れ長の目が、一際大きく見える。一見冷たくも見える美しい目に、どうしてだろう、表情の動きが可愛らしく映し出される。


 そして、瑞々(みずみず)しい唇。唇に(べに)をさしているのか、さしていないのか、いつもよりうっすら明るく見える。なによりも、水に包まれているようで、ぷるん、としていて、本当に瑞々(みずみず)しく思える。


 いつもは、すっと整った顔に気の強さも相まって、冷血にも見られるリズであるが、今目の前にいるリズは、美しい。美しいだけでなく、少女らしい可愛さも見える。


 見蕩(みと)れた。リズから目を離せずに見蕩(みと)れていた。そのことに気付いたのは、リズが声をかけてくれたからだ。


「あの、殿下?」


 おずおずと、窺うように。僕ははっとする。


「ああ、挨拶もせず、すまない。言葉も出ないほどに見蕩(みと)れてしまってね」


 僕の言葉に、少し驚いたのか、リズはその可愛らしい目を大きく開く。


「そんな、お(たわむ)れを」


「そんなことない。いつも綺麗だと思っていたけど、今日は特に大人びていて美しいし、可愛らしく思える」


 リズの頬がほんのり赤く染まる。


「お世辞じゃない、僕の、正直な気持ちだよ」


「殿下」


 リズと、ゆっくり見つめあう。


 リズの侍女が咳払いをした。


「あっ」


 自分でも、間抜けだと思う声が漏れてしまった。最初からクライマックスを迎えようとしたら、そりゃ止められる止められる。


 リズも恥ずかしかったのか、顔を下に向けて照れている。


「あー、遅くなったけどエリザベス嬢」


「はい」


「今日はよく来てくれたね」


「いえ、お招きありがとうございます」


 いつもと変わらない言葉を交わす。礼をしたリズと目が合った。頬は赤いままだけれども、なんだか肩の力が抜けたように見える。たぶん、僕も同じだ。


 少しおかしくて、お互いに、ふふっ、と笑みをこぼした。


「さあ、サロンへようこそ」


「はい」


 そして、僕はリズの手を取る。触れ合ったときに、リズの手は、びくっ、とした。リズの目を見ると、驚きました、と言わんばかり。でも、微笑んで、手を僕に委ねてくれる。


 初めて手をつないだ。初めてなのに、昔からこうするのが自然であるように思えた。



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