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王子は婚約者が悪役令嬢であることに気付かない  作者: 相生土猿
章末外伝・王子の周りも気付かない
10/18

忠犬のご主人様と、ご主人様の婚約者

  ◇


 殿下の付き人フランクです。わんこではないです。忠犬です。


 付き人といいましても、最近の殿下は学園内の行動が忙しいみたいでして、土日ぐらいにしか殿下のお側に居られません。平日は殿下の家庭教師の先生から、我が実家では学べなかったことを教えてもらっております。


 そう、数少ない殿下とともに行動する土日のこと、大事件がありました。殿下のもとに、婚約者であるコーンローズ公爵令嬢がいらっしゃったのです。


 こういうのもなんですが、殿下とコーンローズ公爵令嬢は決して仲が良いとは言えませんでした。悪い関係でもなかったのですけれども。どういうことか。同じ穴の狢であったからなのです。お二人とも、勉強熱心で、本の虫。話が合うかと思えば、そのまったくの逆でした。お互いがお互いに、自分の知識量に自信を持っていて、ことあるごとに意地の張り合いになりました。婚約者同士の、男女の仲ではありません。強敵、ライバル、そんな言葉が似合う二人でした。


 また最終的には喧嘩になるのだろうなあ、と殿下とご令嬢の逢瀬の日を、どんよりとした気分で迎えました。


 殿下のお父上サウスランド大公とご令嬢のお父上コーンローズ公が挨拶を交わしたあと、殿下とご令嬢が二人きりとなりました。あ、二人きりと言いましても、付き人の僕やご令嬢の付き人のご婦人や、侍女などは同じ部屋に居ました。


 そんな中で、殿下がニコニコとしてご令嬢に話しかけたのです。ご令嬢も驚いた顔をしていました。でも、殿下の言葉を聞いてもっと驚いていました。そう、殿下が仰ったのです、学園では知らないことをたくさん学べてとても楽しいんだ、と。もう、満面の笑みで、仰ったのです。


 殿下は続けて仰いました。知ることの楽しみはわかっていたが、まだまだ自分が知らないこと、未知のことがあるという楽しさを初めて理解した、と。自分は何でも知っていると思い込んでいたこれまでの態度も恥ずかしいものだ、と殿下は仰いました。


 殿下の気付きに、僕は感嘆いたしました。殿下は知識量が豊かで、とても頭が回る方である、僕は常々そう思っていました。その殿下が、自分にはまだ知らないことがある、と仰るのです。殿下の器はどれほど大きいのかと、僕は本当に驚きました。


 言わば、毒気が抜けたような殿下のありように、ご令嬢もつられたのでしょうか。これまでお二人の会話は緊張感が張り詰めたものであったというのに、そのような堅い空気はさっぱりと取り除かれてしまったのです。ご令嬢も、学園がどのようなところか大層興味を覚えたみたいで、殿下に様々なことを質問しておりました。


 殿下も嫌な顔を一つも見せず、丁寧に答えておりました。しかし、話しながら、少しずつではありますが、ご令嬢の表情が暗くなっていきました。


 殿下が、ご令嬢を気遣いました。なにか気分を悪くするようなことを言ってしまったかな、と優しくお尋ねになりました。これまでにはあり得ない台詞でした。


 これはこれは、ご令嬢が怒り出されるかと思いました、余計なご心配なぞご無用です、といったように。ところがところが。


 ご令嬢は、呟くように仰ったのです。殿下ばかり、学園で先々と学べるなんて、お一人で先に勉強を進めるなんて、ズルいです、と仰ったのです。


 もう、驚きました。部屋に居る侍女たちはお互いに目を見合わせていました。ご令嬢の付き人のご婦人は、自ら手の甲をつねり上げていました。どれほど驚いたのでしょうか、ご婦人はつねり上げた後も、目をしばたたいておりました。


 周りが驚く中で、殿下は、ちょっと待っていてね、いいもの持ってくるから、と言って部屋から退席なされました。あまりの光景に、僕たちは誰も動けないままにして。皆が内心、この後どうなるの、と思っていたことでしょう。


 どれほどの時間が過ぎたのかわからないまま、殿下が部屋へお戻りになりました。腕の中に、分厚い本や、ノートを何冊も抱えておりました。そして、ご令嬢の隣の椅子に、腰掛けました。


 殿下は、これが学園の教科書や、僕のノートだよ、と言って、ご令嬢に差し出しました。ご令嬢も、見ても良いですか、とお尋ねになる。殿下は、もちろんっ、と仰った。


 その後は、もうご令嬢の質問攻めでありました。表情に明るさが戻り、楽しそうにお二人は話しておりました。


 ふと、思いました。殿下と、ご令嬢。これまでは向かい合って話し合うことはあっても、隣り合って話し合うことが、一度でもあったであろうか、と。そう、殿下とご令嬢は、隣り合う存在ではなく、お互いに立ち向かう存在でありました。そんなお二人の立ち位置が、僕が知る限りでは、初めて変化したのです。


 そのことに気付いた瞬間、ちょっとこのままお二人の空間に居続けるのは、無粋かもしれない、いや間違いなく無粋であろうと思いました。


 殿下には気付かれないように、侍女たちを残して、すっ、と部屋から退室しました。ご令嬢の付き人のご婦人も、同じように退室なされました。お互いの目を合わせ、驚いたような、そして微笑ましいような表情を見せ合います。驚いたことではありますが、そう、殿下とご令嬢の仲が良くなることは、我々家臣にとっては喜ばしいことであるのです。


 その所為ではないですけれども、気を抜いてしまいました。本当に油断しました。気を抜きすぎてしまいました。


 殿下とご令嬢のお二人がいらっしゃる部屋から、侍女たちのつんざく悲鳴が聞こえたのです。もう、何事でも起きたのか、と慌てふためいてご婦人と部屋に乗り込みました。


 何事でもなかったです。ただ、殿下とご令嬢が、お互いのほっぺたを引っ張り合っていました。侍女たちも、もうどうしたら良いのかと、目に涙を浮かべています。


 そりゃそうだ。子供の喧嘩か。そんな言葉を、すんでの所で飲み込みました。


 とりあえずお互いを引き離します。そしてご婦人の折檻の折に、お二人の弁明を聞きました。色気のない話でありますが、どうやら自然科学について楽しく話していたところ、昔に読んだ本の話になり、殿下が無理をして入手した、大陸の大学で書かれた研究書の話になったそうです。


 その書物は、ご令嬢の手元にあるらしく、もう一度読みたいから返してくれないか、と言ったそうで。ご令嬢もそのことには嫌な素振りを見せなかったが、ええお貸しいたしますわ、とはっきり言ったそうで。


 そのあとは、書物の所有権がどちらにあるか、口論になったそうな。殿下は、入手した本を整理するのが大変だと仰って、一度読んだ本は好きにしていいと、ご令嬢や、そして僕にも伝えていました。


 ただ、件の研究書は特別であったらしく、大事にしていました。どうやら王国には一冊しかない代物であったようで。でも、ご令嬢もその書物をじっくりと読んでみたい。ご令嬢は殿下に何度も頼み込んで、そして、本当に特別だからね、とのことで頂いたのだとか。


 僕は、ああ、なるほど、と納得すると同時に、結局痴話喧嘩なんですね、と諦めが入りましたよ。どういうことか。


 殿下は手放す気がなかったけれども、婚約者であるご令嬢のお願いを無下にするのは心苦しかったらしい。なので、ご令嬢には特別に貸してあげよう、と思ったみたいである。


 ご令嬢も、殿下が手放すとは思っていなかったけれども、駄目元で頼み込んでみたところ、特別だからね、とその書物を頂いたつもりであったみたいである。返してほしいとも、今まで言われたことがなかったので、もう自分のものであるとも思っていたとか。


 何ですか、この淡い恋心。独り者に対するあてつけですよね。


 そんなこんなで、ほっぺたを引っ張り合ったとは。犬も食わないって奴です。


 それでも、殿下とご令嬢は、まだ言い争いを続けようとしました。まだ反省しないのかと思いましたが、ご令嬢の付き人のご婦人が、きっちりまとめてくれました。


 いずれお二方は、ご結婚なさり、お二人で一つの家、財産を成すのです。そのお二人ともが、大切に思っている一冊の書物の所有権なぞ、時間が解決してくださいますわ、と言ったのです。


 そして、その言葉を聞いた瞬間に、殿下とご令嬢は、顔を真っ赤にしてしまいました。


 何ですか、この初々しい反応は。


 でも、お二人が初めて顔を合わせたときにも、お二人の婚約が決まったときにも、今までは決して見せなかった、反応でした。


 本当に、大事件でした。


 この大事件が過ぎた後、多少はギクシャクしましたが、お二人の仲は良好となりました。時には学業のよきライバルとして、口論しあうこともありましたが、立ち向かわれる姿勢はなくなり、ともに邁進するといった姿になったのです。


 お二人の隣り合い寄り添う姿が、王家と公爵家の両家の中では、いつしか自然な光景となりました。


 そして、いつかは王国中でも、お二人の隣り合うその姿が、自然な光景になるのでしょう。



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