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勇者とひと騒動①

 やった方がやられる側に回ることなんて別に珍しくないだろ。


 常に勝者でいられるとは限らん。や、そういうヤツもいるけどさ。


 世の中ままならんもんだ。

「しかしな。あの、スミス隊長。本当にいいのですか?俺達がそんな位置にいても」


「ぬ?まあ問題が全く無いとは言わんがなあ」


 護衛騎士隊長のスミスさんと、軽い打ち合わせという名目で宿の酒場で飲んでる俺達。

 ここ数日、宿の飯がえらく気に入ったらしいこの髭の渋いおっさんと、晩になるとこうしてテーブルを共にすることが多いのだ。


「実際どうなんです?ベレッタ殿」


 そして本日迎えている賓客は、ソアル王女の近衛騎士隊長。“鉄の女”と異名をとるきりりすらりとした美女、ベレッタさんである。


 スミスさん率いる護衛騎士隊が王女様御一行全体の警護を受け持つのに対し、ベレッタさん率いる近衛騎士隊はソアル王女個人の警護に専従する存在だ。

 ベレッタさんとは、王女のお茶会の席や、旅の支度を進める中で何度も関わって既に顔見知り。

 加えて俺は、ちと厄介な件での彼女の相談相手だったりもするのだが。


 今日は先程まで打ち合わせをしていて、その後両者ともたまたま時間が空いていたということで、スミスさんから声掛けて連れてきたんだとか。

 ワインを果汁で割ったもので喉を湿らせていた彼女は、相棒の問いに苦笑いで答える。


「そうですね。快く思わない者もいるのは事実でしょう」


「ですよねえ」


「しかし」


 ちらり、と相棒に視線を送るベレッタさん。


「ああ」


「ふむ」


「え?」


 俺とスミスさんはそれだけで理解した。知らぬは相棒ばかりなり、だ。


「殿下のたってのお望みとあらば、表立って異を唱えることはありますまい」


「はあ。ですかねえ?」


 先ほどから俺達が酒の肴代わりにしてるのは、旅の道中での俺と相棒の配置のこと。

 王女様からそれとな~く示唆があれば、それを汲み取らないわけにはいかない哀しき宮仕え。てなわけで、俺と相棒は王女様の馬車の脇という栄えある配置をかっさらっちまったのだ。

 てーか、ぶっちゃけ俺は相棒のオマケ扱いで、とんだとばっちり。


(ベレッタ隊長、殿下がこの間、アディを単独でお茶会に誘っちゃってましたけど?)


(あれはさすがに肝を冷やしました。お諌めしました故、諦めてくださいました。その、此度は)


(次があると?)


(おそらく)


 スミスさんと相棒が女将さんに追加の注文しつつ雑談してる間に、ベレッタさんとひそひそと。


(よかあ、ないですよね?)


(当然です)


(盛り上がっちゃってる感じですか?)


(お側でどれだけアディ殿のお話を聞かされてると思います?)


 うわあ。


(姉妹お揃いでかあ)


(な!?フランシュ殿下も!?)


(《至雄院》でその事を知らないヤツはいませんよ?首飛ばされたくはないから、全員口にしないだけですって)


(なんと!?)


(殿下も《曙光の賢姫》なんて称えられる御方ですから、周囲からの重圧も相当なもんでしょう?)


(はあ。確かにそれは)


(鬱屈が積み重なりやすい環境で、生い立ちから普通の貴族の御令嬢よりその手の耐性も低いっぽい。こりゃ重症になる気配が)


(ど、どうすれば!?)


「…」


「…」


 あ。


 気が付いたら、隊長さんがにやにや、相棒がどことなく恨めしそうに、俺とベレッタさんを見ていた。

 ないしょ話が進む内に随分距離も近くなっちまってて、慌ててお互い距離を取る。


「ほむう。“鉄の女”ベレッタがなあ」


「ち、ちが」


「リウト、俺の状況知っててそれか?いい度胸じゃないか。明日の鍛練で覚えてろよ?」


「…」


 お前には断じてんなこと言う資格ないと思うぞ、相棒。


 はてさて、どうやって誤魔化そうかと思案し始めたところで、あんまり聞きたくない声が大音量で響いてきた。


「一緒に行けないとは、どういうことなんだい!?」


 何事かと、俺達含めた酒場の客の注目が一点に集中するその先。奥のテーブルに陣取っていたのが勇者様御一行。


 そうか、決めたんだな、あの三人。


「クロエが加入することで、ようやく理想的な組み合わせが実現したんだよ!?」


「だから、何度も言っているだろう。我々は自分自身の力で役に立てるようになりたいのだと」


 静かに語りかけるマテスさんの言葉は、多分勇者様に届いていない。


「このままリボックさんと旅をしても、私達はきっと壊れてしまうんです!」


 泣きながら叫ぶエメリカさんの想いも、届いてはいない。


「だから!そんなの僕の加護の力があればどうとでもなるじゃないか!?」


 そうじゃねえんだよ、勇者様。


「それが駄目なのだと!それが辛いのだと!どうしてわかってくれない!」


 初めて聞いたな、コルテの大声なんて。


「…僕のことを、もう愛してくれないのかい?」


 っ!?…馬鹿野郎が。


「あなたこそ、本当に私達を愛してくれているのか…?」


 マテスさんの頬に涙が伝う。


「リウト?」


 ありゃ。無意識に立ち上がっちまってたか。


「わりい。首突っ込んじまってるしな、ちょっと行ってくる」


「あ、ああ」


 隊長さん達にも詫びをいれて騒ぎの中心に向かうと、立ち去ろうとするコルテの腕を勇者様が掴んで引き付けようとしてた。なにしてやがんだお前さんは。


「…っ、離して」


「駄目だ!君達が僕から離れられるわけがないんだよ!」


「いい加減にしろ」


 勇者様の手首をぎりぎり握り締めてやる。技術も糞もない、ただ力任せに。


「ぐうっ!?き、貴様!?」


 握っていた勇者様の手の力が弛んだ隙にコルテが抜け出し、なぜかわからんが俺の背後に隠れてしまった。コルテさんや、それ、あんまりありがたくない行動なんですが?


「また貴様か…」


 手首をさすりながら俺を睨む勇者様の目には、徐々に憎しみの感情が宿りつつあるようだ。


「そうか。貴様がこの三人になにか吹き込んだんだな?」


 やれやれ。なんでそうなるかねえ?


「相談なら受けたよ。だがそれも、お前さんがはぐらかして聞いてやらなかったからだろう?」


「やはりそうか」


 うわ。やっぱ人の話聞いてねえぞコイツ。


「三人とも、随分悩んで考えて話し合って出した結論なんだと思うが、それを汲み取ってやろうって気にはならないか?」


「クロエの時といい、魔物討伐の時といい、今も…」


 なあ、頼むから会話してくれ。


「なあ、コルテさんや」


「なに?」


「この方さっきからずっとこんな感じ?」


「…そうかも?」


 あー、もう。めんどくせえなあ。


「なぜ僕の邪魔ばかりするんだ貴様は…!」


「…もしもし?」


 やべえな。憎しみに加えて、なんか変な感じに目の色が濁ってきてる気がする。


「……だ」


 ん?なんだ?


「…闘だ」


 え。おい。


「決闘だあああああ!!」


「…」


「…」


「…」


「…」


 はあああああ!?


「決闘って。正気か?」


「僕の名誉を散々に汚してくれたんだ!その血でもって購うがいい!」


「リウト殿は関係ないだろう!?何を馬鹿な!?」


「いきなりなにを言い出すんですか!?」


「逝っちゃった。心が」


「安心するんだ、マテス、エメリカ、コルテ。すぐに悪夢は覚めるよ」


 駄目だな、こりゃ。なんか自分の世界に入っちまってる。


 クロエさん、本気でコイツと行く気なのかなあ?無理にでも思い止まらせた方がいいかもしれんとか思えてきたぞ。


「否やはないだろうな!貴様!」


 ガリガリと頭を掻きむしる。


「受けなくていい、こんな馬鹿な話」


 まあな。

 しかし、そんな顔してる君らを放って知らん顔するのは、俺の中の俺が許してくれないんだなー。絶対に。


 おもむろに背後のコルテの頭を撫で回す。「あう」とか「やめ」とか「ごめ」とか言ってるが、構わずぐりなでぐりなでぐりなで。


 ふむ。


 決闘、ねえ?

 もういっそのこと、開き直ってちょいと利用させてもらうかなー。


「おい!貴様!」


「ああ、はいはい。決闘だろ?」


 うん。決めた。


「わかった。受けてやるよ」


「リウト殿!?」


「リウトさん!?」


「…なぜ」


 はいはい騒がない騒がない。


「おいリウト!」


 お前も落ち着け、相棒。


「スミス隊長。ベレッタ隊長」


 近くに控えてくれていた二人に声を掛ける。


「おう。なんだか妙な話になったなあ」


「して、我々になにか?」


 駄目元でね。


「不敬を承知の上で、殿下にお伝え願いたいことがあります」

 物語の主人公が危機を常に潜り抜けるのは、物語の主人公だからだ。


 で、お前さんはどうなんだろうな?


 次回「勇者とひと騒動②」


 試してみろよ。


※2016年5月10日公開予定

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