とある村娘の決意③
なにもかもスッキリてなわけにゃいかないが、ケリはつけといた方がいい。
そっから先は、また考えりゃいいって。
「おんや?」
疲れ果ててぶっ倒れて。
目が覚めて起き上がってみたら、なんか違和感が。
「痛くないな。どっこも」
顔も腫れてない。上着を脱いでみたが、どこにも痣がない。
「ちょ、ちょっと」
横から慌てたような声がしたんで視線を送ると、クロエさんが座っていた。
「…ひょっとして、治してくれたりとか?」
「馬鹿な男二人がやり過ぎてたから、仕方ないでしょ。それより服!」
「あ。悪い」
いそいそと服を着直す。
ふと見ると、近くに相棒も転がってて、同じく治療されていた。
「…」
「…」
うん。こりゃ気まずいね。
「あー。礼は言っとくよ」
「別に」
実は、俺も相棒も普通に《治癒》は使えたりするが、そいつは今は秘密だ。
「アディは、英雄の器だってこと?」
唐突だな、おい。
「さあ?そんなことは知らない」
「じゃ、どうして」
「アディには人を惹きつける力がある。それは村での暮らしでもそうだったんじゃないのか?」
「…」
沈黙は時に、雄弁ってな。
「《至雄院》でも、王都からこの村への道中でも、コイツといて退屈はしなかった。厄介ごともたくさんあったが、楽しかったぞ」
「…」
「求める者がいれば、すぐに首を突っ込んで、力の限り為せることを為す。お人好しで、騙されそうになったことも一度や二度じゃない。でもな、コイツの歩む道のそこかしこで、笑顔が見れるんだ。いろんな人の笑顔が、な」
起こしてた身体をまた倒し、大の字になって仰向けに寝る。
「クロエ」
「!?」
俺のかわりに、今度は相棒がむくりと起き上がった。クロエさんに背を向けて。
「…なに」
「俺はもう、お前の騎士には成れない。そうなんだな?」
相棒の声は穏やかだったが、少し震えていた。
「そうなる、かな」
クロエさんの声もまた、震えている。
別れて暮らしていた五年の間の擦れ違い。
「そう、か」
かくん、と、相棒の頭が落ちたのが見えた。
「あなたと、きちんと話をして、あなたとの関係にけじめをつけないままで、リボック様と結ばれたこと。それは、悪いと思ってる、謝る」
相棒に向かって、深く頭を下げるクロエさん。
「だけど」
「…」
「私は、あなたが村を出ていくまで、私自身で世界を見ていなかったんだと思う。親や、あなたの横で、あなた達が見ているものを、自分自身で見ていると勘違いしていただけ。そう思うの」
「…」
「馬鹿だと、子供じゃないんだからと、笑われたって。『物語の英雄のような男の人の伴侶になりたい』。これは、私自身がひとりで考えて育んだ夢なの。あなたの夢にただ寄り添うだけじゃなくて、自分で掴みたいと思った、私だけの夢」
おいおい責任重大だぞ、勇者様。
よけいなお節介なんだろうけど、こうなると、アイツともちとお話しといた方がいいのかもな。
「だから私は、けじめをつけなかったこと、それ以外のことで、あなたにも誰にも謝ったりしない。どんなに責められたって、詰られたって、絶対に謝ったりしない」
「…」
「あなたがそうしたように、私も自分の夢を掴む機会を得た。だから掴む。それだけのことなの。そのことで、誰かに悪いと思うことなんて、ないから」
「…そう、か。クロエの、夢」
俯けていた頭を持ち上げて、空を仰ぐ相棒。彼女と再会したあの時と同じ様に、じっとなにかを堪えて。
「リウトさん」
あれ、俺?
寝転がったまま、頭を彼女の方に向ける。
「私、負けませんから」
「へえ?」
「多分、今のリボック様では、あなたになにひとつ敵わない。そうでしょう?」
「…」
ふむ。
「どうなんだろうな?やってみなけりゃわからないが?」
「そう?なんかそんな気がするのだけど」
そこでクロエさんは、なぜだか突然艶めいた空気をかもし出す。
「出会ってから、今こうしてお話をしてみて、それはほんの短い間ではあったのだけど」
なんでそんな濡れた瞳で俺を見てるのでしょうか?
「私を誘ってくれたのが、あなただったらよかったのに、とか、ちょっと思っちゃった」
「「!?」」
相棒がすんげえ速さで振り向いて俺を見た。針のように目が細くなっていく。めちゃくちゃ怖え!
「よしてくれ。友達の想い人だと知ってんだ。その時点で、誘う気も誘われる気も失せるよ」
だからその目は止めろ、相棒。
そんな俺達の様子を見て、クロエさんはくっくっと笑う。
「そうなのね。そういうところでは、ある意味リボック様の勝ちなのかも?」
はいはいはい、なんとでも言ってくれ。どうせ女の人がらみではへたれ者ですよー。
「…あなたの言ったとおり、私はもう後戻り出来ない。なら、リボック様には、《神託の渡り人》の中で最高の男になってもらわなきゃ」
ほお?
「夢を叶えて、後悔なんてしないためには、是非ともそうなってもらわないと。ううん、なってもらうわ。だって私はそのために、今までこの手にあった大切なもののほとんどを捨てるんだもの」
立ち上がったクロエさんが、俺達に背を向ける。
「そうでなければ、惨めすぎる…」
最後にそう呟いて、彼女は駆け去っていった。
その頬の辺りから雫が散ったように見えたのは、多分、気のせいなんかじゃない。
「…」
「…」
「リウト」
「おう」
「…」
「…」
「終わってしまったのかな?」
「…だろうな」
「…」
「…」
「俺、どうしたらいい?」
「そりゃ、なんとも難しい質問だな」
「…」
「とりあえず」
「え?」
「王女様の依頼だ」
「あ、え?」
「それが終わったら、なんかまた次の仕事探す」
「…」
「で、お前の“根っこ”を探そうや」
「…枝葉を枯らさない、果実を腐らせないために、か」
「ああ」
「…」
「…」
「帰るか」
「だな」
「今晩、奢れよ?」
「はあ!?ずうずうしいヤツだな!」
「傷心の俺を労れよ!」
「はっ!寝ぼけんな!」
「…」
「…」
ん、そうだ。
心の整理はそう簡単に出来やしないだろうが、これで一応、相棒は特定のお相手がいない状態なわけだよな?
「リウト」
「んあ?」
「お前、なに考えてる?」
にゃろう。なかなか鋭いじゃねーか。
「なんも?」
「嘘だ!その顔はなんか悪巧みしてる時の顔だ!」
いやいやいや。そんなこたあございませんぞ?
ただね、相棒のことを諦めきれていない女性が、それはもう大勢いましてですね?そんな彼女達に、この素晴らしい特報を伝えないわけにはいかないかなと、左様に思うわけでして。
きっととっても喜んでくれて、楽しませてくれるんじゃないかなー、なんてね。
「なに企んでんだか知らないが、止めてくれ。ろくなことにならん気がする」
「ふ。そいつは出来ねえ相談だ」
「やっぱり企んでんじゃないか!」
「心外な。君の傷心を癒そうとしているだけだよ?友として」
「怪しすぎる…」
ほてほてと歩きながら、ぎゃーぎゃー騒ぐ男が二人。
農作業をしている村の人達に怪訝な顔をされながら、俺と相棒は村へと帰っていった。
晴天の霹靂?
いやいや、そうじゃない。
次回「勇者とひと騒動①」
わかろうとしねえなら、わかるわけがないだろ?
※2016年5月9日公開予定