表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/30

とある村娘の決意③

 なにもかもスッキリてなわけにゃいかないが、ケリはつけといた方がいい。


 そっから先は、また考えりゃいいって。

「おんや?」


 疲れ果ててぶっ倒れて。

 目が覚めて起き上がってみたら、なんか違和感が。


「痛くないな。どっこも」


 顔も腫れてない。上着を脱いでみたが、どこにも痣がない。


「ちょ、ちょっと」


 横から慌てたような声がしたんで視線を送ると、クロエさんが座っていた。


「…ひょっとして、治してくれたりとか?」


「馬鹿な男二人がやり過ぎてたから、仕方ないでしょ。それより服!」


「あ。悪い」


 いそいそと服を着直す。

 ふと見ると、近くに相棒も転がってて、同じく治療されていた。


「…」


「…」


 うん。こりゃ気まずいね。


「あー。礼は言っとくよ」


「別に」


 実は、俺も相棒も普通に《治癒》は使えたりするが、そいつは今は秘密だ。


「アディは、英雄の器だってこと?」


 唐突だな、おい。


「さあ?そんなことは知らない」


「じゃ、どうして」


「アディには人を惹きつける力がある。それは村での暮らしでもそうだったんじゃないのか?」


「…」


 沈黙は時に、雄弁ってな。


「《至雄院》でも、王都からこの村への道中でも、コイツといて退屈はしなかった。厄介ごともたくさんあったが、楽しかったぞ」


「…」


「求める者がいれば、すぐに首を突っ込んで、力の限り為せることを為す。お人好しで、騙されそうになったことも一度や二度じゃない。でもな、コイツの歩む道のそこかしこで、笑顔が見れるんだ。いろんな人の笑顔が、な」


 起こしてた身体をまた倒し、大の字になって仰向けに寝る。


「クロエ」


「!?」


 俺のかわりに、今度は相棒がむくりと起き上がった。クロエさんに背を向けて。


「…なに」


「俺はもう、お前の騎士には成れない。そうなんだな?」


 相棒の声は穏やかだったが、少し震えていた。


「そうなる、かな」


 クロエさんの声もまた、震えている。


 別れて暮らしていた五年の間の擦れ違い。


「そう、か」


 かくん、と、相棒の頭が落ちたのが見えた。


「あなたと、きちんと話をして、あなたとの関係にけじめをつけないままで、リボック様と結ばれたこと。それは、悪いと思ってる、謝る」


 相棒に向かって、深く頭を下げるクロエさん。


「だけど」


「…」


「私は、あなたが村を出ていくまで、私自身で世界を見ていなかったんだと思う。親や、あなたの横で、あなた達が見ているものを、自分自身で見ていると勘違いしていただけ。そう思うの」


「…」


「馬鹿だと、子供じゃないんだからと、笑われたって。『物語の英雄のような男の人の伴侶になりたい』。これは、私自身がひとりで考えて育んだ夢なの。あなたの夢にただ寄り添うだけじゃなくて、自分で掴みたいと思った、私だけの夢」


 おいおい責任重大だぞ、勇者様。

 よけいなお節介なんだろうけど、こうなると、アイツともちとお話しといた方がいいのかもな。


「だから私は、けじめをつけなかったこと、それ以外のことで、あなたにも誰にも謝ったりしない。どんなに責められたって、詰られたって、絶対に謝ったりしない」


「…」


「あなたがそうしたように、私も自分の夢を掴む機会を得た。だから掴む。それだけのことなの。そのことで、誰かに悪いと思うことなんて、ないから」


「…そう、か。クロエの、夢」


 俯けていた頭を持ち上げて、空を仰ぐ相棒。彼女と再会したあの時と同じ様に、じっとなにかを堪えて。


「リウトさん」


 あれ、俺?

 寝転がったまま、頭を彼女の方に向ける。


「私、負けませんから」


「へえ?」


「多分、今のリボック様では、あなたになにひとつ敵わない。そうでしょう?」


「…」


 ふむ。


「どうなんだろうな?やってみなけりゃわからないが?」


「そう?なんかそんな気がするのだけど」


 そこでクロエさんは、なぜだか突然艶めいた空気をかもし出す。


「出会ってから、今こうしてお話をしてみて、それはほんの短い間ではあったのだけど」


 なんでそんな濡れた瞳で俺を見てるのでしょうか?


「私を誘ってくれたのが、あなただったらよかったのに、とか、ちょっと思っちゃった」


「「!?」」


 相棒がすんげえ速さで振り向いて俺を見た。針のように目が細くなっていく。めちゃくちゃ怖え!


「よしてくれ。友達の想い人だと知ってんだ。その時点で、誘う気も誘われる気も失せるよ」


 だからその目は止めろ、相棒。


 そんな俺達の様子を見て、クロエさんはくっくっと笑う。


「そうなのね。そういうところでは、ある意味リボック様の勝ちなのかも?」


 はいはいはい、なんとでも言ってくれ。どうせ女の人がらみではへたれ者ですよー。


「…あなたの言ったとおり、私はもう後戻り出来ない。なら、リボック様には、《神託の渡り人》の中で最高の男になってもらわなきゃ」


 ほお?


「夢を叶えて、後悔なんてしないためには、是非ともそうなってもらわないと。ううん、なってもらうわ。だって私はそのために、今までこの手にあった大切なもののほとんどを捨てるんだもの」


 立ち上がったクロエさんが、俺達に背を向ける。


「そうでなければ、惨めすぎる…」


 最後にそう呟いて、彼女は駆け去っていった。

 その頬の辺りから雫が散ったように見えたのは、多分、気のせいなんかじゃない。


「…」


「…」


「リウト」


「おう」


「…」


「…」


「終わってしまったのかな?」


「…だろうな」


「…」


「…」


「俺、どうしたらいい?」


「そりゃ、なんとも難しい質問だな」


「…」


「とりあえず」


「え?」


「王女様の依頼だ」


「あ、え?」


「それが終わったら、なんかまた次の仕事探す」


「…」


「で、お前の“根っこ”を探そうや」


「…枝葉を枯らさない、果実を腐らせないために、か」


「ああ」


「…」


「…」


「帰るか」


「だな」


「今晩、奢れよ?」


「はあ!?ずうずうしいヤツだな!」


「傷心の俺を労れよ!」


「はっ!寝ぼけんな!」


「…」


「…」


 ん、そうだ。

 心の整理はそう簡単に出来やしないだろうが、これで一応、相棒は特定のお相手がいない状態なわけだよな?


「リウト」


「んあ?」


「お前、なに考えてる?」


 にゃろう。なかなか鋭いじゃねーか。


「なんも?」


「嘘だ!その顔はなんか悪巧みしてる時の顔だ!」


 いやいやいや。そんなこたあございませんぞ?


 ただね、相棒のことを諦めきれていない女性が、それはもう大勢いましてですね?そんな彼女達に、この素晴らしい特報を伝えないわけにはいかないかなと、左様に思うわけでして。

 きっととっても喜んでくれて、楽しませてくれるんじゃないかなー、なんてね。


「なに企んでんだか知らないが、止めてくれ。ろくなことにならん気がする」


「ふ。そいつは出来ねえ相談だ」


「やっぱり企んでんじゃないか!」


「心外な。君の傷心を癒そうとしているだけだよ?友として」


「怪しすぎる…」


 ほてほてと歩きながら、ぎゃーぎゃー騒ぐ男が二人。

 農作業をしている村の人達に怪訝な顔をされながら、俺と相棒は村へと帰っていった。

 晴天の霹靂?


 いやいや、そうじゃない。


 次回「勇者とひと騒動①」


 わかろうとしねえなら、わかるわけがないだろ?


※2016年5月9日公開予定

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ